メイドの日2
「相馬君、私は今日、私のアイデンティティだったものを見直し、これからの自分を見出したい、そう思います」
「唐突に……あぁ、今日、そうか。そういうことか」
五月のMayに、十日をドと読み、メイドの日。うん。去年の陽菜も自分を見つめなおしていた気がする。
「そういうわけなので、相馬君。ご命令を」
「僕が命令を下すのが苦手だって知っているだろ」
「はい。ですが、メイドらしくと言われても私はさっぱりわからなくなりました」
「とは言っても、一年前の陽菜にメイドらしさを聞いても、多分答えられないよ」
「な、どうして」
自分の身体に染みついているものを答えろと言われても、わからないだろう。
そんな会話をしていたら、乃安が朝食を運んできた。
そして、おもむろにケチャップを構えると、大きくハートを書き、LOVEと書く。
「相馬先輩も構えてください」
「え?」
手にハートを作り、僕を見つめる。
なぜ、と思いながら合わせる。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ、萌え萌えキュン」
「……は?」
「はい、美味しくなりましたー」
「陽菜、乃安は具合が悪いらしい」
「大丈夫です。正常です。不安でしたら私もやりましょうか?」
「やめてくれ」
見たいけど見たくない。
手にすでにハートを作っていた陽菜はどこか残念そうに手を下ろした。
「まぁ、私が作ったものですのでこんなギャグみたいなおまじないに頼らなくても美味しいですよ」
各方面に喧嘩を売りながら自分の分と陽菜の分をささっと用意してしまう。
「そもそもメイド喫茶って、陽菜先輩からしたらどうなのですか?」
「私は良いと思いますよ」
「意外ですね」
「コンテンツとしてのメイドと私たちのメイドは違いますから」
まぁ、突っかかっても意味の無い話だ。それに多分、僕は行くことは無い。あのノリについて行けないだろう。
「あっ、そうだ、陽菜」
「はい」
「学校行く気が起きないから、寝る」
「……はい」
勉強は陽菜に頼っていれば大丈夫な気がする。というか、ここまで二年と少し、ずっとセンター試験の対策をしてきた僕だから、恐らく本番もいけるだろう。あとは志望校のここから通える国立大学の対策すれば進学は問題ない。
なら、もう高校に通う意味がない気がしてきたのだ。
そうなると、部屋で寝ていたくなったのだ。
「というわけで、おやすみ」
「……私は、どうしたら」
「陽菜先輩、なぜそこで固まるのですか?」
「相馬君の意思を尊重すべきか、それとも、相馬君を世間的に正しい道に引き戻すか、私には、わかりません。私は、どうすれば」
メイドとして、どちらが正しいか。
「今まででしたら、いえ、今までこのような状況を想定したことが無かったです」
相馬君がこうなるなんて、誰が予想、いえ、私が楽観視していただけ。
メイドとして、ご主人様がどのような精神状態になったとしても対応できるようにしておくべき。
「さて……難題ですね」
相馬君はたまに学校をサボる時がある。それは、誰かのためであることが多い。その面で見れば、自分のために楽しようとしているのは、ある意味良い傾向ともとれる。が、
「さて、どうしましょう。私も寝たくなってきました」
あまりにも想定外過ぎて、考えるのをやめたくなってきました。が、気持ちはすぐに切り替わる。
「相馬君のためにどうすれば良いか」
そう、すべては相馬君のため。
考える。そして、すぐに歩き出す。
「相馬君。入りますよ」
布団に潜り込んでいる僕を見て、陽菜は呆れなかった。
「急にどうしたのですか、本当。話してみてください」
「呆れないんだ」
「それが私です」
「そうだったね」
そんな陽菜に何回も救われた。
「それで、どうして急に学校に行きたくないと?」
「んー。もっとやるべき勉強がある気がする、というのはただの言い訳だな、違う気がする。なんだろう。正直、怠い、といった所かな」
「ふむ……」
心底くだらない理由を聞いたはずの陽菜は、呆れることなく考え込む。
「わかりました。私も休みましょう。一緒に」
「いや、陽菜まで付き合わなくても」
「それがメイドであり、朝野陽菜ですから。そして、明日は一緒に行きましょう」
陽菜だ。へこたれた時、隣に座って、そして、立ち上がれると思ったら手を引いて立ち上がらせ、背中を押してくれる。陽菜だ。
「さて、だらけましょう。一緒に」
「乃安はどうするの?」
「乃安さんはセットです」
……災難な立場だよ。全く。
結局のところ、陽菜はメイドが染みついている。だから、陽菜の自分らしさにいつまでもついてくるだろう、メイドは。
「三つ子の魂百までってやつですね」
という話を学校に向かう電車の中で話したら、そう答えてくれた。
五月病という奴だったのだろう。次の日はどうにか行く気が起きた。
ちなみに、昨日は三人そろって二度寝をした。乃安は慣れ切っていた、二度寝に。陽菜は寝たい時に寝れると自分で言っていたので、多分二度寝とは違うのだろう。
それだけで一日を消費することに罪悪感はあるけど、でも、なんかお得な気分でもある。
「私は自分らしさを、そこまで追求する必要が無い、そういうことでしょう」
そう、自分らしさなんて、勝手に着いてくるから、わざわざ探す必要なんて、無いんだ。




