後輩とバレンタイン
乃安√ バレンタイン回
「先輩、チョコレート食べますか? 莉々用に作ってみたものなのですけど」
「……あぁ、甘さ控えめなんだ」
「はい。莉々、甘いの嫌いだそうで」
「えっ? そうだっけ……?」
自分の記憶力は欠片も信用してないけど、顎に手を当てて、指をこめかみに当てて思い出してみる。
「……いや、そんなはずは無いな」
「そうなんですか?」
「うん」
僕の記憶には、甘いいちごのショートケーキを美味しそうに頬張っている君島莉々の顔がすんなりと頭に浮かんだ。
「では、なぜ莉々は甘いのを食べたくないと……?」
「さぁ」
彼女の習性とかはわかっても、考えている事なんてわかりはしない。
「とりあえず、どっちの味も用意しましょうか」
「それでいこう」
「……そうだ、先輩も作りませんか?」
「僕?」
「私としては相馬君が台所に立つことはあまり推奨したくありません。メイドとして」
「私はメイドを辞めるつもりなので。そうですね……カップルの交流とでも思ってください」
細かく刻んだチョコレートがキッチンに甘い香りを漂わせる。そして温めた生クリームに投入、溶かしていく。
「はい、先輩、そのくらいで良いでしょう。大丈夫です。ちゃんと、人にあげられるものが作れます。しかしながら陽菜先輩、相馬先輩に一回お菓子作り教えた事、ありますね。やり方に面影があります」
「はい、ご明察です。去年の文化祭の時に」
乃安の言う通り、そして時折陽菜のアドバイスを聞きながら進めて行く。
卵を入れて解きほぐして、混ぜる。混ぜる。混ぜる。
「優しくですよ。先輩。莉々の顔を思い浮かべてください」
「……うん」
何故ここで、乃安は自分ではなく、莉々の事を思い浮かべろと言ったのか。
何となくわかる。彼女は、きっと僕がまだ後悔していることを、わかっているんだ。
でも、人を傷つけた後悔は、一生抱えて行くことになるんだ。だから、人は人を傷つける時、躊躇するんだ。抱える荷物が増えるから。
温めておいたオーブンに入れて一時の休憩を得た。
「デコレーションはどうしますか?」
「しなくて良いよ。するとしても、乃安に任せる。僕が作ったとは言わないでね」
「莉々みたいなこと言いますね。はい、先輩。チョコレート。あげますね」
「私からもどうぞ」
二人から貰うチョコはおいしそうで、さっきまで匂い匂いに包まれていたのに、食欲がわいた。
「乃安の、少し多いね」
「愛情の重さとでも思ってください」
「……あっ、マシュマロも混ざってる」
久々に食べた。独特の柔らかい食感、チョコの苦みとマシュマロの甘みが口の中で溶けあう。サクサクのチョコクッキーと柔らかいマシュマロは、組み合わせとして抜群で、一つの袋に共存しても嬉しいものだ。
「そろそろできましたね。では、任せておいてください、デコレーションは」
「頼んだよ」
そして、当日。莉々の手に苦味と甘みが贈られた。
「莉々からのメッセージ。マシュマロを贈るってあなたが嫌いって意味、知ってる?」
「なるほど、乃安から貰ったあれって君のと乃安のが混ざってたのか」
「そっ。あのガトーショコラ、あんたでしょ。気づいているんだから」
「でもさ、マシュマロってお返しの時じゃないとその意味、持たなくない? あなたの気持ちを柔らかく包んでお返しますとか」
図書室で向かい合わせに座る二人に、気まずい沈黙が下りた。
莉々の目に殺気が宿り、顔が羞恥に染まる。
「み、見るな、こっちを」
「なんで?」
「うるさい」
本棚の向こうで乃安がこちらをニヤニヤと見ているのに気づいた。乃安、気づいていたな、莉々の間違いに。
「あんた本当、嫌い! 柔らかく包んで返すまでも無い!」
「僕は好きだけど」
「うるさい。図書室では静かに!」
「君に言いたい」
肩を怒らせて出て行く背中を見送る。あんな彼女は初めて見た。
「可愛いですね。莉々」
「うーん。もう少しうまくフォローしたかったな」
「私からしておきますよ」
頼れる彼女だ。二人と付き合いながら僕にも莉々にも不満を感じさせない乃安。愛に飢えていたがためにドストレートに濃い気持ちを常に抱き、貪欲に愛を贈り、返って来た気持ちを味わい、さらに求める。一種の依存。
「でも、その代わり、今夜は寝かせませんよ」
「それって君より僕が言うべき台詞な気がする」
「知りません」
三月十四日、帰って来たのはキャンディーだった。あれ口の中にしばらく残るから苦手なんだよな。面倒になって噛み砕けば歯にくっつくし。彼女なりの意趣返しってやつか。
思わず苦笑いしながら口に放り込んだ。