第4話[凡人は超天才の姉と語る]
「グレイちゃん、お部屋に引きこもっちゃいましたね」
「いつものことさ。紅茶でよかった?」
「あ、はい!」
ネアはカップを両手で持ち、湯気とともに立ち昇る紅茶の香りをしばし楽しむと、早速一口含んだ。
ほっとする味に自然と頰が緩む。
「安物でごめんね」
「いえっ、とても美味しいです!」
「あはは、ありがと。いやー、それにしてもあのグレイに友達ができるとはね」
アンナもまた、椅子の背もたれに片腕を引っかけながらカップを煽る。
気さくな笑顔とラフな格好、そして女性らしさの薄い仕草がとても似合っていた。
この人が『最も偉大な魔法使い』の孫娘で、絵本作家のアンナ・バーンアウトか……
ネアはあらためてそう思いながら、
「今まではいなかったんですか?」
と、グレイの話を続ける。
「うん。あの子、ずっとおじいちゃんと山奥で暮らしてたし」
「おじいちゃんって、あの『最も偉大な魔法使い』アデルソン・バーンアウトさんのことですよね? それに血が繋がってないとか」
「そうだよ。おじいちゃんとグレイに血の繋がりはない。もちろん私とグレイのあいだにもね。グレイは赤ん坊の頃、おじいちゃんに拾われたの」
「拾われた……?」
聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
けれど、アンナは、
「発見したのは森の中だったらしいわ。その森には危険な魔物もたくさんいたんだけど、連中はグレイを警戒してまったく近寄ろうとしなかった。それを見たおじいちゃんはグレイの潜在能力を察して、自分の孫として育てようと決意したんだって」
他愛のない思い出話のようにグレイの生い立ちを語った。
「なんだか夢みたいな話です」
「わっはっは! 当時の私も同じことを思ったよ。でもやっぱり妹ができるのは嬉しくてね。おじいちゃんとグレイの世話役を奪い合ったこともあったなぁ」
遠い目で記憶の彼方を見つめるアンナ。
そこには在りし日の祖父と二人の孫娘の姿が映し出されているのだろう。
「愛されてますね、グレイちゃん」
「……家族の愛情だけでは足りないんだけどね」
少し、アンナが悲しそうに笑った。
「ネアちゃん。あの子はお世辞にも性格がいいとは言えないし、そばにいるといつも劣等感を覚えさせられるし、魔法使いの才能と見た目が可愛いことくらいしか取り柄がないけど、どうか仲良くしてあげて。私からのお願い」
「もちろんです! もう私たちは友達ですから!」
「ありがとう、ネアちゃん。じゃあさ、ついでと言っちゃなんだけど、学校でどんなことあったか教えてくれない? 取材料は……、そうね、今夜ウチに泊まるってのはどう?」
「え、いいんですか!?」
「よくなーい!」
そのとき、グレイが勢いよく自室から飛び出してきた。
前面全体に『芋焼酎』と縦書きされた謎のTシャツを着ている。
誰が見てもこう思うだろう。
──部屋着だとしてもどんなセンスだ。
「あ、出てきた」
もちろん同居しているアンナがそんなところにツッコむはずもなく、野良猫を見つけたときのような調子で言った。
「何勝手に決めてんの!? コイツが家にいること自体が嫌なんだけど!」
「居候に拒否権はありませーん」
「でも!」
「わっはっは、観念しなさい」
なおも食い下がるグレイを、アンナは華麗に躱し、
「それにせっかくできた友達を邪険に扱うものじゃないよ」
「だから友達じゃないって!」
あ、そういえば、泊まるんだったらお母さんに言っとかないと。
ネアは不意に思いつき、視線を滑らせて電話機を探し、そして見つける。
「お母さんに連絡したいので電話借りてもいいですか?」
「いいよー」
「くっ、あんたも少しは遠慮しろ!」
吠えるグレイを無視して受話器を取り、自宅の電話番号を押すと、ツーコールで繋がる。
「──あ、お母さん? うん、今日は友達の家にお泊りさせてもらうから。うん、うん、わかったよ。じゃあね」
お行儀よく静かに受話器を戻す。
「許可出た?」
と、アンナ。
「ばっちりです!」
ネアは舌を出して親指を立て、おちゃめに答える。
「よっしゃ! そうと決まればまずは昼飯だ! ネアちゃん、料理できる?」
「ちょっとだけ!」
「じゃあ手伝って。ぶっちゃけ家事に関してはグレイは役立たずだから」
「了解しました!」
「っ……」
グレイが俯いて震え出した。
腰の横で、拳をぎゅっと固く握り締め、その姿は今にも泣きそうなのをこらえている子供に似ている。
「あんたらなんか……、あんたらなんか大嫌いだ! 二人まとめて死んじまえバーカ!!」
幼稚な捨てゼリフを残して、グレイは自室に引き返した。
ガチャン、と鍵のかかる音がする。
「ありゃりゃ。怒らせちゃったみたいですね」
ちょっぴりの罪悪感。
でも大半は、そんなに怒ることないのに、という感情。
「いいのよ別に。あの子だって他人にひどいことしてるんだから。いわゆる天誅ってやつ!」
姉であるアンナがそう言ってくれるなら随分気が楽だ。
ネアはグレイに対して抱えていた思いを頭の片隅に追いやった。
「さ、ご飯作るよ!」
「はい! あ、でも、グレイちゃんは食べてくれるでしょうか?」
「お腹が空いたらほっといても出てくるわよ」
かくして、ネアとアンナはおしゃべりしながら昼食作りに取り掛かった。
メニューはカレーだ。
二人で談笑を交えて食べていると、グレイが不機嫌そうに部屋から出てきて、「食べる?」と尋ねたアンナに「食べる……」と小声で返した。
アンナは、ほらね、とネアにウィンクしてみせた。
*****
「ふぅー、食った食った! ごちそーさん」
「ごちそうさまでしたっ」
「……ごちそうさま」
「洗い物、私やりますよ」
「マジ? 助かるわー。よろしく〜」
「かしこまりです! ……ん?」
ふとテレビに目が留まった。
ニュース番組だ。
キャスターとゲストが神妙な顔で向き合っている。
『つまり、この街にテロリストが潜伏していると?』
『ええ、その可能性は非常に高い。まだ詳しいことはわかりませんが、警察の調べによると確実に痕跡はあったとのことです』
「ふーん、テロリストねぇ……」
頬杖をつきながらつぶやくアンナ。
「くだらない。所詮ザコでしょ」
半眼で腕組みして応えるグレイ。
「そりゃあんた基準だ。一般人からしてみりゃおっかないっての。ねえ、ネアちゃん?」
「んー、あんまり実感が湧かないのでなんとも……。まあでも、きっと誰かがなんとかしてくれますよ」
「もしかしたら学校に潜んでるかもよ〜?」
「そんなまさか……、あっ。だから今日、緊急会議になったのかな」
「かもね。グレイ、あんたはどう思う?」
「……どうでもいい」
椅子から降りる。
自室の前まで歩く。
「入ってきたら殺すから」
そう言って乱暴にドアを閉め、鍵をかけた。
アンナが大きなため息をつく。
「グレイちゃんっていつもあんな感じなんですか?」
「昔はもっと明るかったんだけどねー。ああまで素っ気なくなったのはおじいちゃんが死んでからだよ。やっぱ寂しいのかね、あの子」
「…………」
それは本人にしかわからない。
周りがどうこう頭をひねろうと推測は推測でしかなく、たとえば雲を一つの形に押し留めるようなものだ。
雲はどんな形にもなり、時に消えることさえある。
是と決めることはまるっきり無意味だ。
「っと、ごめんごめん、暗い話しちゃって」
「いえ、まだ最近のことですし、引きずるのは仕方ないと思います」
「ありがと。ネアちゃんはいい子だね。いっそ嫁にきてくれたらいいのに」
「あはは、女の子同士じゃ結婚できませんよ」
「そりゃそうだ! したけりゃ同性婚を認められてる国に行かなきゃな! わっはっは!」
「さて、そろそろ洗い物始めちゃいます。ついでにお茶も淹れましょうか?」
「そーね。んじゃあたしは、そのあいだにお菓子でも買ってくるよ。まだまだしゃべり足りないしね」
「はい! お願いします!」