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第2話[超天才は早退する]

 マジむかつく。

 なんなの、あのネアって女。

 人のことめちゃくちゃ振り回しやがって……


 グレイはコートのポケットに両手を突っ込み、組んだ足を机に乗せて座っていた。

 ちょうど教室の真ん中の席だった。


 神経は類を見ないほど逆立っている。

 その原因が無理矢理グレイを教室に引っ張ってきたネア・リーグネスであることは言うまでもない。

 しかも、なんと彼女とは席が隣同士で、当のネアは「すぴー、すぴー」とのんきに寝息を立てているのが無性に腹立たしかった。

 周りの生徒が怯えながら奇異の目を向けてくるのもうっとうしい。


「……チッ」


「え、えっとぉ〜……、バーンアウトさん、教科書はどうしたんですかぁ?」


 舌打ちしながら足の交差を入れ替えたところで、魔法基礎理論の担当教師、フラウディア・フルクハウスが教壇から蚊の鳴くような声で尋ねてきた。


 フラウディア・フルクハウスは丸眼鏡をかけた猫背の冴えない女性だ。

 深緑色のセミロングヘアーを三つ編みにして背中に垂らし、スカートタイプのスーツを着ている。

 耳の上から飛び出したおくれ毛は彼女の不器用さを垣間見せる。

 スーツのほうもどこか着られているという印象だった。


 同じ教師であってもフレアとは実に対照的だ。

 彼女を見ていると、昔いじめられてたんだろうなーとか、勉強ばっかりしてて恋愛したことなさそーとか、結構失礼なことを考えてしまう。


 そんなフラウディアでも、素行の悪い生徒に声をかける勇気はあったらしい。


 もっとも、声をかけるだけで言うことを聞かせられるような迫力はこれっぽっちもなかったが。


「教科書? ああ、内容は全部暗記してるし、すでに知ってることしか書いてなかったから処分した」


「そ、そうですかぁ……」


「信じられないんだったら暗唱してあげるよ。今やってるトコ、魔法の成り立ちについてだよね? 


『──魔法とは神が人類にもたらした"火"である。

 かつて地上を支配していた魔物を、人類は"神の火"によって退けたのだ。


 魔法は魔力によって為され、魔力は魔素と固有因子の結合によって生まれるが、固有因子に含まれる四大元素の割合(EB因子。エレメンタル(Elemental)バランサー(Balancer.))によって個人の得意とする属性が分かれる。

 EB因子は人体がそうであるように非対称性を含んでおり、人工的に調整した場合を除いて完璧な均衡が保たれているということはありえない。

 また、後天的に変化することはなく、遺伝的に両親のEB因子の影響を強く受ける。

 他にも性別、育成環境、精神状態、肉体からのフィードバックなどの様々な要因もあるが、この原理だけは絶対である。


 魔法の行使には前述した魔力の他、詠唱や魔法陣といった変換プロセスが必要となる。

 これらの多くは、より高い効果をもたらすべく偉大な先人たちの手で幾度となく繰り返し編纂され、今日(こんにち)を生きる我々のために受け継がれてきた。

 魔法とは人類の叡智、そして歴史そのものであり、健全な肉体と健全な精神を以って利用されなくてはいけないのである』


 ねえ、まだ続けたほうがいい?」


「い、いえ、結構ですぅ……」


 チャイムが鳴る。

 一時限目終了の合図だ。


「き、今日はここまで! 次は四大元素について詳しく掘り下げますから予習してきてください! それではぁ!」


 荷物をそそくさと片付け、フラウディアは逃げるように教室を飛び出していった。

 それから「にぎゃっ!」という短い悲鳴と何かが落ちる音が聞こえたが、おそらく廊下で転んだのだろう。


「退屈……」


「おいてめえ」


「あ?」


 ぼやいていると、不意に声をかけられた。


 短髪で目つきが悪く、年齢のわりに大柄な男子生徒だ。

 制服を着崩しているあたり一目で不良だとわかる。


「急に出てきたと思ったら何でかい態度取ってんだ。ナメてんのか」


 どうやらグレイが気に入らないらしい。

 さすが傭兵育成機関、今朝の不良三人組といい、血気盛んなやつが多い。


「ハ、自分より目立つヤツが現れたから潰しとこうって魂胆? 猿山の大将も大変だね」


「このっ……! 生意気な口ききやがって!」


 机を蹴り飛ばされ、グレイは椅子から転げ落ちる。

 と思ったら、胸ぐらを掴んで持ち上げられる。

 背の低いグレイはつま先立ちになるしかなかった。

 あちこちで悲鳴があがっていた。


「痛い目見なきゃわかんねえか、あぁ!?」


「…………。……あ、髪にゴミついてるよ。右耳の上んところ」


「は?」


 男子生徒はグレイに言われたところを触った。


「だめ、取れてない。ちょっと見せて」


「お、おう」


 前屈みになる。

 彼の頭にグレイの手が届くようになる。


 だから──、ゴミを取るふりをして、男子生徒の顔面を倒れた机の角に叩きつけてやった。


 ぐしゃ! と嫌な音が鳴って、さっきよりも大きな悲鳴があがって、グレイは素敵な感触に楽しくなった。


 男子生徒は額が切れてたくさん出血していた。

 真っ赤な血が綺麗だ。


 だから──、もう一度同じことをしてやった。


「むぅ」


 でも、最初ほど楽しくなかった。


 では、どうするか?


 ──別のやり方に変えるまでだ。


 空いた片手を男子生徒の腹にあてがう。


「《エクスプロード》」


 唱えるは爆炎の呪文。

 赤い光とともに熱の塊が炸裂する。


 炎熱の奔流を腹に受けた彼は、机や椅子を巻き込んで廊下側の壁まで吹き飛んだ。


 他に被害は及んでいない。

 そうなるように威力・範囲・方向を完璧にコントロールした。

 

 無事(?)、本日二人目の焼死体(死んでいないが)の完成である。


「無様だねぇ、お猿さん。弱いくせにイキがると痛い目見るよ? って聞こえてないか。あはははははははは!!」


 教室にはグレイの高笑いだけが響く。

 地べたを這いずり回るしか能のない虫ケラに、誰の手も届かない塔の上から岩を落としてやったときの気分だ。

 逆らう者も意見する者もいない。


 ──ただ一人を除いて。


「ちょっとグレイちゃん! 何やってんですか!?」


 例外の一人、ほっぺたに袖の跡をくっきり残したネア・リーグネスがグレイの前に立ちはだかった。

《エクスプロード》の爆発音でようやく目覚めたらしい。


「チッ、永眠してればいいものを」


「そこまで寝坊助じゃありませんよっ!」


 うざい、うるさい、こいつとはなるべく関わりたくない。

 彼女の顔を見た時点で気持ちがとっくに萎えていた。

 グレイはコートの乱れを整え、ポケットに両手を突っ込んでネアの横を通り過ぎる。


「つまらない。帰る」


「だめです! 怪我させたんだから謝らないと!」


「知るか」


「だめですってば!」


 後ろから抱きつかれるが、それで止まるグレイではない。

 首にネアをぶら下げたまま廊下に出る。

 どうせそのうち諦めるだろうからこのまま──


「うぉぉぉぉ大型犬と散歩してるみたいぃぃぃぃ!」


 予定変更。


「ごへっ!」


 一本背負いをかましてから拘束呪文(バインド)を唱え、首、鎖骨、みぞおち、腰、膝の五箇所を太い光輪で締め上げる。


「誰がワンコだ、このやろう」


「あっ、猫派でした?」


「そういうことじゃねえよ」


 ツッコミがてら腹を踏む。


「あぐおえっ!」


「ちなみにあたしは犬も猫も両方好きだ。人間よりもな」


「人間の友達がいないから?」


 もう一発。


「んごっ!」


 体を丸めて震えるネア。


 グレイはそれを眺めながら、いちいち悲鳴が汚いなとか意外とタフだなこいつとか、そんなことを考える。

 罪悪感は一切なかった。


「うぅ……、やりすぎですよ、グレイちゃん! 弱者をいたぶって楽しいですか!?」


「楽しいよ」


 即答。

 ネアがぎょっと目を剥く。


「地上最強種と呼ばれるドラゴンでさえあたしには敵わなかった。あたしが本気出したらみんなすぐ死んじゃう。じゃあどうやってこの退屈を埋めればいいの? 手加減して、手加減して、手加減して、手加減して、手加減して、死なないようにいためつけるしかないじゃん」


 そう、すべては退屈を埋めるためだ。


 グレイ・バーンアウトは不可能を可能にする超天才。

 どんなことも簡単にこなせてしまう分、どんなこともすぐ飽きる。


 戦いはその最たる例。

『最も偉大な魔法使い』と呼ばれた祖父でさえグレイには敵わなかった。

 全力を出せていたのはせいぜい八歳くらいで、傭兵の仕事を表向きには祖父が受けたということにしていくつかやってみたが、やはり結果は同じ。


 グレイの人生はあまりに退屈だった。


「ははぁ、なるほど。グレイちゃんは寂しいんですね」


「は?」


 呆気に取られて口が開く。


"退屈"ではなく"寂しい"?


「だってそうまでして他人と関わりを持ちたいんでしょう? 退屈だから弱いものいじめする──、ってことはつまり、グレイちゃんにとって弱いものいじめはコミュニケーションの一つなんですよ」


「い、意味がわからないんだけど。あたしが寂しい? 寝言は寝て言いなよ」


「じゃあどうして私にはさっきの人ほど暴力を振るわないんです? 私のことが嫌いなら力尽くで黙らせればいいじゃないですか」


「そ、それは」


「こうしてちゃんとお話しできてるからその必要がない。違いますか?」


 ネアはまっすぐこちらを見つめていた。


 見下ろしているのは自分のはずなのに、グレイは得体の知れない恐怖を感じて数歩あとずさる。


 ──恐怖? このあたしが?


 いや、これは不快感だ。


 誰にも知られたくない秘密を無遠慮に暴かれたときの感覚だ。


「……キモい。あたしのことなんにも知らないくせに知ったような口叩いて。何様だよ」


 ネアをまたいで歩き出す。


「あっ、ちょっと!」


 しかし、ネアは制服の汚れやスカートがまくれるのも気に留めず、芋虫みたいに体を伸び縮みさせて追いかけてくる。


「せめてコレほどいてってください!」


「…………」


 よく考えたらこのまま帰っても延々とつきまとわれそうだ。


 片手を振り払う動作で《バインド》を解除し、コートの内ポケットから小瓶を一つ取り出す。


 小瓶に入っている青く透明な液体は、グレイが調合した回復薬(ポーション)だ。

 その効力は市販品と比べ物にならない。


 それをネアに投げ渡す。


「わっ、たっ、とっ」


 お手玉しながらなんとかキャッチするネア。


「飲ませれば死にかけの老人でも全力疾走できるようになるから。もう関わらないでね。ばいばい」


 まだ午前だが、ひどく疲れた。

 今度こそ家に帰ろう。

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