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第10話[超天才は蹂躙する]

 屋根を突き破り、電撃を弾き、状況把握を済ませるまでに要した時間はおよそ一秒弱。

 ネアはまだ生きている。

 どうにか間に合ったらしい。


「グレイ・バーンアウト……!? なぜここに!?」


 あからさまに動揺するフラウディアを前に、グレイはとびきりの笑顔を作った。


「ちょっと野暮用があってね。あんたたちが素直に帰ってくれたらかなり苦労が減るんだけど、どうかな?」


 忌々しげな舌打ちが響く。


「……ふん、戯言を。いくらあなたが強かろうと彼らの生殺与奪権(いのち)はこちらの手中です。お友達が大好きなあなたは何もできない」


 しゃべり終える頃、フラウディアの表情は勝ち誇ったものとなっていた。

 自身の敗北など微塵も考えていない、グレイからすれば滑稽極まりない愚笑(ぐしょう)

 呆れのあまり、思わずため息が出る。


「やれやれ。耳が悪いのか、それとも頭が悪いのか。そんなんでよく今まで生き延びてこられたね。悪運だけは強いみたいだ」


「バーンアウト! 下手に刺激するな! 生徒たちが犠牲になる!」


 必死に訴えるフレア。

 前代未聞の問題児が決して失敗を許されない場面で帰ってきたのだ。

 その心境は想像にかたくない。

 今、最も余裕のない人物といえば彼女に他ならないだろう。


 だからこそ、


「その心配はないよ。すでに手は打ってある」


 グレイは彼女に言ってやった。


「「何……!?」」


 フレアとフラウディアの声が重なった。


「うわっ!? なんだこいつ!?」「すばしっこいぞ!」「おい捕まえろ!」


 直後、武装兵が作る円陣に異変が起こる。

 何かが彼らのあいだを疾風のごとく駆け抜け、それを捉えようと陣形が崩れたのだ。


 ぴょん、ぴょんっ、ぴょーん、というリズムで高く飛び上がったのは、額に赤い宝石を輝かせた緑の体毛のウサギ。


 不思議なウサギは人質の真ん中にいた生徒の頭の上に降り立った。


「あれは……、伝説の幻獣カーバンクル!?」


《きゅきゅーん!》


 フレアの驚愕に対し、まるで自己の存在を主張するかのようにカーバンクルが鳴く。

 すると、緑がかった薄い膜が生徒たちを取り囲む。

 まるでシャボン玉だ。


「なんだよ、こんなもの!」「撃ち抜いてやる!」「割れろっ!」


 武装兵は膜を破壊するため、炎の、氷の、水の、風の、土の、雷の、魔法を全方位から放つ。


 そして、


「ぎゃああああっ!?」「がふっ!?」「ぎ、ぎぎ……!?」


 それらすべてが反射された。


「無駄だよ。普通の人じゃカーバンクルの反射結界は破れない」


 ──カーバンクル。

 幻獣と呼ばれる強い魔力を持った生物の中でも最上位に座す種族の一つ。

 攻撃力こそ皆無だが、その防御力はたとえ大陸が滅んでもカーバンクルだけは生き残ると言われるほどだ。

 警戒心が強く、臆病で、滅多に人前に姿を表せないことから伝説の幻獣とされている。


「これで人質の意味はなくなった。次は地獄の業火に焼かれてもらおうか」


 グレイ以外には突然の、しかもありえない出来事に見えただろう。

 体育館の屋根が丸ごとひっぺがされる。


 降り注ぐ光は太陽の白ではなく炎の紅蓮(あか)


 獅子の頭に山羊の角、猿の体に牛の尾を持つ、燃え盛る毛皮を纏った巨大な怪物が見下ろしていた。


 四大元素の頂点を極めし高次元魔法生命体が一角──、炎の神霊イフリート。


「バカな、イフリートだと……!? グレイ・バーンアウト! あなたは自然現象そのものを司る神さえ従えているというのですかっ!?」


「冥土の土産だ。その目に焼き付けろ」


 イフリートは屋根を完全に剥がし、グラウンドのほうに投げ捨てる。

 それから巨腕を体育館の中に突っ込み、武装兵をいくらか掻っ攫うと、爪に引っかけて自身の目の前にぶら下げた。


《グレイよ。こやつらは喰ってもいいのか?》


 火山の噴火を思わせる荘厳な声。

 イフリートのものだ。


「いいけど、お腹壊さないでね」


《わかった》


 イフリートは武装兵を丸呑みした。


 断末魔は聞こえない。

 彼を前にそんな暇は与えられない。


 文字通り、跡形もなく()滅したのだ、最初の犠牲者は。


 当然ながら他の武装兵は逃げ出した。

 死に物狂いで出口に向かった。


 そこに待ち受けていたのは炎の壁。

 火事などという生易しいものではなく、製鉄所の窯に匹敵しそうな火力が空間を赤く染めている。

 しかし、フレアと建物はわずかにも焦げていなかった。


 神霊とはいうなれば自然現象の化身。

 あらゆる炎はイフリートの支配下にあり、特定の対象、特定の座標、特定の範囲にのみ火焔(げぼく)を這わせることは呼吸の容易さに等しい。

 

 武装兵の始末が終わるのは、もはや時間の問題だ。


「あらためて訊くよ、黒幕さん。おうちに帰る気になった?」


「……ふ、ふふ……」


 フラウディアはへたり込む。


「神霊を使役しても息一つ乱さない膨大な量の魔力……。その様子だと隠し玉はまだまだあるのでしょう? 我々の完全敗北です。よもやここまでとは思いませんでした」


「少し賢くなったね。じゃ、拘束するね」


 グレイはフラウディアに歩み寄った。


「……バカめ! 死ねぇ!」


 不意打ち。

 座った姿勢から最短最速の動きでナイフが繰り出され、グレイの腹部に滑り込む。


「バーンアウト!」


 混乱に乗じてステージに向かっていたフレアが金切り声を上げた。


「はっはァ! ざまぁみやがれ! いくら才能があろうと所詮はお子様なんだよォ! ……お?」


"グレイ"の姿が消える。


 本物はフラウディアの真後ろだ。


「こっちこっち」


「な!? ざ、残像!?」


「凡人の考えることなんて」


 上段回し蹴りで顎をかすめる。


 脳をシェイクされ、フラウディアはあえなく膝から崩れ落ち、


「お見通しなんだよ」


 さらにその頭蓋へ踵落としを叩き込むと、白目を剥いて昏倒した。


 まだ終わりじゃない。


「あたしさ、こう見えて今めちゃくちゃ怒ってるんだよね。《リプレイス》」


 唱えたのは時空魔法。

 増幅器に閉じ込められたネアとステージに横たわるフラウディアの位置を空間ごと入れ替える。


 グレイは満身創痍のネアを抱き起こした。


「無事?」


「きてくれたんですね……、痛っ……!」


「しゃべらないで。傷は癒せても失った体力までは戻せないから」


 治癒魔法ヒールを使うと、ネアの全身に広がっていた外傷はたちまち消えてなくなった。

 しかし、ネア自体は依然としてぐったりしており、とても自力で立ち上がれるような状態ではない。

 焦点が定まっていないあたり、意識も朦朧としているのだろう。


「バーンアウト! リーグネスは大丈夫か!?」


 フレアがステージに到着、階段を使わずジャンプのみで登壇する。

 息は荒く、首筋に汗が滲んでいた。


「フレア、ネアをお願い」


「あ、ああ。やつはどうするつもりだ?」


「こうするつもり」


 増幅器に《ライトニング》を撃つ。


 するとどうなるか。


 答えは簡単──、中にいるフラウディアはネアと同じ運命を辿る。


「ぎゃあぁああぁぁあぁああぁぁぁぁあぁぁああぁあああ!?」


 すさまじい発光と悲鳴の中、グレイは静かに口角を吊り上げた。

 最高の寝起きドッキリだろ?


 光と音の嵐が止み、白煙で埋め尽くされた増幅器の内側には、焦げて黒くなったフラウディアの腕が見える。


 目を凝らすとわずかに指が動いていた。


 ()り損ねたのではない。


 わざとだ(・・・・)


「お、上手く手加減できたみたい。それじゃあ《ヒール》と《ライトニング》が交互に発動するように設定して……」


 増幅器を満たす緑の光。

 フラウディアの傷は瞬く間に癒えていく。


 直後迸ったのは白の雷。

 治ったばかりの体を絶叫ごと焼き尽くす。


 完治、感電、完治、感電、完治、感電、完治、感電、完治、感電……、エンドレス。


 交互に与えられる癒しと痛み。


 すべてはグレイが仕組んだ通りに作動していた。


「く、く、くははははは!! 完璧! これで心が壊れるまでネアにした拷問を味わえるよ! やったねフラウディア先生!」


「ゆ、ゆるじで……」


 何度目かの《ヒール》が発動したタイミングで、フラウディアの命乞いが聞こえた。


 一度、魔法による拷問を中断する。


「助かりたい?」


「たすけて……、だずげで……」


「うーん、どうしよっかなー」


「なんでもじまずがら……、こごがらだじでぐだざい……! おねがいじます……!」


 泣きながら地べたに額をこすりつけるフラウディア。

 あー、なんてカワイソウなんだろー。

 これは許したくなっちゃうナー。


「しょうがないなぁ、いいよ」


「本当!?」


「嘘」


 魔法を再起動、電撃が炸裂する。


「あああががががが!?」


「バーカ、許すわけないだろ。廃人になるまで徹底的に苦しめてやるから感謝しろ。おまえはもう人間には戻れない」


 フラウディアが仮初めの希望を手にした瞬間、信じられないくらい機敏に起き上がったのがおかしくて、グレイはしばらく思い出し笑いした。


 だんだん叫び声が小さくなってきているのを感じ、《ライトニング》の威力を少し弱めに調整する。

 今度は《ヒール》のほうが相対的に強くなりすぎてしまい、動く余裕を得たフラウディアは舌を噛み切って自殺しようとした。


 死ぬのはだめだ。

 一人くらい残しておかないと情報を聞き出せない。

《ライトニング》の威力を戻す。


 再びスパークと断末魔のハーモニーが奏でられ、グレイはまた盛大に笑った。

 笑いすぎてちょっとお腹が痛くなった。


《グレイよ。すべて喰い終わったぞ。帰っていいか?》


 頭上、役目を果たしたイフリートが尋ねてくる。


「うん。ご苦労様」


 ねぎらいの言葉をかけると、イフリートは燃え散るように消えていった。


「カーバンクルももういいよ。また今度よろしくね」


「きゅきゅ!」


 カーバンクルも反射結界とともに消える。


「んじゃ、これにて一件落着ってことで」


 グレイは晴れやかな気分で言った。

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