初恋は実らないっていうけれど
武 頼庵(藤谷 K介)さま主宰「初恋」企画参加作品です。
18歳成人になった時代のお話です。
シャワーを浴びるだけでこんなにドキドキするのは初めてかもしれない、なんて思う。
あと1時間ちょっとで日付が変わる。そうしたら、わたしの誕生日。
18歳。わたしは成人になる。
8年前、大人になるのが20歳だと思ってたあの頃。
冬樹君との約束。まだ「ふー君」って呼んでた頃の、幼い約束。
“大人になったら、わたしと結婚してね”…わたしの方からねだった約束。あれは、皐月ちゃんから、冬樹君が女の子に人気があるなんて言われて焦ったせいもあるけど。でも、わたしの本心だったことは間違いない。
だって、わたしはずっと冬樹君のことが好きだったから。
3つ上の皐月ちゃんと1つ下の冬樹君は、毎年夏休みの間だけうちに遊びに来てる。
冬樹君のお母さんは、うちのお父さんの妹だ。だから、わたしと冬樹君は従姉弟ってことになる。
冬樹君のお父さんとお母さんも従兄妹同士だ。おじさんも、子供の頃は毎年夏休みにうちに遊びに来ていたそうだ。
わたしの初恋は、5歳の時。
あの頃、冬樹君は、わたしにとって弟みたいなものだった。どっちかと言うと、皐月ちゃんと遊ぶ方が楽しかったし。
でも、あの時。
家族で出掛けたお祭りで、わたしは迷子になった。
いつもならお母さんと繋いでる左手を、その日は冬樹君と繋いでた。だからはぐれたんだと思う。
そう言って詰り、泣いたわたしを、冬樹君は励ましてくれた。
「だいじょうぶ。ちゃんと帰れるから、なかないで」
優しく笑いかけてくれた冬樹君は、年下なのに頼れる男の子だった。あの時の“だいじょうぶ”という言葉は、わたしの宝物だ。
あの時から、わたしは夏休みに冬樹君が来てくれるのを心待ちにして、冬樹君がいる間はほとんど傍を離れなかった。
わたしが10歳になった夏休みに、初めて冬樹君が1人で遊びに来た。
お盆になってから来ることになってた皐月ちゃんは、とっくにわたしの気持ちに気付いていて、電話で2分の1成人式のことを教えてくれたんだ。
「20歳になると成人っていうの、知ってる? 菫は今度10歳になるでしょ。2分の1成人っていうのよ。半分大人って意味ね。
半分大人だから、結婚の約束まではできるのよ。
冬樹、学校じゃ結構女の子に人気あるみたいだから、早いとこ唾つけといた方がいいよ」
皐月ちゃんにわたしの気持ちを知られてたのも驚いたけど、もっと驚いたのは、冬樹君が女の子に人気あるってこと。
考えてみれば何の不思議もないことだけど、わたしはライバルがいるなんて考えてもいなかったから、ちょっと焦った。
冬樹君が来る前にお母さんにねだって、一緒にお祭りに行く用に、わたしの浴衣と冬樹君の甚平を準備してもらって。
お祭りでは、冬樹君に射的で可愛い指輪を取ってもらった。
わたしのために真剣な顔で狙いをつける冬樹君の横顔は、すごく格好良くて。わたしのお願いを聞いて一生懸命になっている冬樹君に、胸がきゅんとなった。
そうやって取ってもらった指輪ってことで、すっごく嬉しくて、お盆にやって来た皐月ちゃんに見せたら、
「ちゃんとはめてもらった?」
って訊かれた。
なんのことかわからなくて聞き返したら、
「大人ってね、結婚の約束する時、左手の薬指に指輪をはめるのよ。婚約指輪っていうの。
冬樹に貰った指輪なら、はめてもらって結婚の約束しちゃえばいいじゃない」
って。
お盆が終わると、おじさんやおばさん、皐月ちゃんが帰って、冬樹君だけが残って。
わたしは、10歳の誕生日に、冬樹君の部屋に指輪を持って行った。
「ねえ、ふー君、これつけて」
右のてのひらに指輪を載せて、左手を出して。
冬樹君は、何のことかわからないって顔をしながら、それでもわたしのお願いをきいてくれた。
いつも、そう。冬樹君は、わたしがお願いしたら、必ず叶えてくれる。
「あのね、ふー君。
結婚はね、大人にならないとできないんだって。
でもね、わたしは、今日で半分大人だから、結婚の約束はしていいんだよ。
ほんとの大人になったら、わたしと結婚してね」
「うん」
「じゃあ、約束。誰にも言っちゃだめだよ。大人はね、指切りの代わりにこうするの」
わたしは、約束の印として、冬樹君にキスをした。
誓いのキス。わたしと冬樹君の初めてのキス。
「わたしが20歳になったら、冬樹君から言ってくれる?」
「うん、いいよ。ぼくがすみれちゃんに“結婚して”って言えばいいんだね」
「約束ね?」
「うん、やくそく。じゃあ、ゆびきりの代わり」
あの夏、結局わたし達は、3回キスをした。
3回目は、冬樹君が帰る日。
「毎年、ぜったい会いに来てね。約束だよ」
「ぜったい、すみれちゃんに会いにくるよ。
ぼくは、お父さんみたいにうそはつかないから」
そう言って、冬樹君はキスしてくれた。
そんな約束に拘ったのには、わけがある。
冬樹君のお父さんは、おばさんと「来年も会いに来る」と約束していたのに、翌年来なかったから。
その後もなかなか会いに来なくて、おばさんが23歳になるまでずっと待たせてた。お互い好き同士だったのに。
おじさんは、今でもお盆にうちに来るたびにお父さんとおばさんから文句を言われてる。
冬樹君は、約束どおり毎年会いに来てくれた。
中3の、受験準備で忙しかった時も、たった3日間だけど来てくれた。
「僕は、菫ちゃんとの約束は絶対守るよ」
って言って。どれだけ頑張って時間を作ってくれたか、わたしは知ってる。
皐月ちゃんからは、時々冬樹君の近況報告が来る。冬樹君はわたしには何にも言わないけど、かなりもてるらしい。
平均すると1年に4回くらいは告白されてるけど、「僕、彼女いるから」と言って、全部断ってるそうだ。
わたしもたまに告白されるけど、同じようにごめんなさいしてる。離れていてもお互いを信じ合っていられるって実感できるのは、とても幸せなことだと思う。
バレンタインもホワイトデーも、直接渡せないのは残念だけど。
あと30分で18歳になる。
18歳で成人って、法律が変わったから、わたしはもう大人だ。
本当は、20歳になって冬樹君からプロポーズしてもらえるまで待ってるつもりだったけど、わたしが大人になった証が何か欲しい。
だから、18歳になったら、冬樹君のところに行こう。
今年も会いに来てくれた冬樹君と、もう一度約束しよう。
部屋の前に来ただけで、ドキドキしてる。
夜に冬樹君の部屋に来るのなんて、何年ぶりだろう。
「冬樹君、起きてる?」
戸を開けると、冬樹君は勉強していた。
夏期講習の隙間を縫って会いに来てくれてる冬樹君は、夜、勉強してたんだ。
「あ、菫ちゃん? えっと、ああ、誕生日おめでとう」
突然やってきたわたしに戸惑いながらも、最初に誕生日を祝ってくれる。冬樹君は、そういうところも優しい。
「はい、プレゼント」
「ありがとう。あのね、わたしは、さっき18歳になったの。
今日から大人だよ。
だからね、もう一度約束してほしいの。
冬樹君が大人になったら、結婚して」
「もちろん。僕は菫ちゃんが好きだからね」
「わたしも。冬樹君が好きよ。
だから、指切りの代わりね。
わたしは、もう大人だから、キスじゃ足りないの」
「いいの?」
「冬樹君に、大人にしてほしいの」
「菫ちゃん」
「菫って呼んで? わたしも冬樹って呼ぶから」
「わかったよ、菫」
「冬樹、大好き」
そして、わたしは、名実共に大人になった。
初恋は実らないっていうけれど、わたしの初恋は、ちゃんと実った。
翌朝の父
「おじさん、お話があります」
朝っぱらから神妙な顔をして、冬樹がやってきた。
こいつと菫は、従姉弟で幼なじみ、そして初恋同士だ。
秋桜と紅葉の昔を思い出させるが、冬樹が秋桜と違うのは、毎年必ず菫に会いに来てるところだ。菫と約束したのを、律儀に守ってるらしい。
冬樹が来るのを心待ちにしている菫の姿は、本当に昔の紅葉そっくりだ。
今日は菫の18歳の誕生日。要するに、そういうことなんだろう。そんなところまで紅葉とそっくりだ。
ちゃんとうまくやれたんだな。そこも秋桜とは違うようだ。なら、これから言うこともわかってる。
「僕が社会人になったら、菫と結婚させてください」
随分とストレートだな。やっぱりこいつは秋桜とは違う。
「菫が望んでるんだ、したけりゃすればいい。
お前なら大丈夫だろうが、菫を幸せにしてやってくれ」
「はい、必ず」
まったく。放置されたらされたで腹が立つが、さっさと持ってかれるのも、案外面白くないもんだな。
※
「夕日の思い出」後日談の山崎菫視点の物語です。
後日談からスピンオフってどうよ? って感じですが、よろしければ元作品もお読みください。