~別れ~
どうも皆さん。鷹飛 諒でございます。
ほんと毎度のこと遅れまして申し訳ない。
これからも生温かい目で読んでやってください。
では!
幾つもの槍が突きたてられたウルクの亡骸を目の前にジート達は涙をしながら抱き合った。雪辱を晴らし、過去を自分の力で乗り越えられたのだと深く実感したのだろう。
だがオレは違っていた。
必死にあたりを見回し、彼の姿を視界に捉えようとしていた。
湧き上がる不安を振り払い、よろめく足に鞭打ち、必死に探す。
「マルコ!」
地面に横たわる何かを見つけた途端、オレの口は動いていた。
つまずきそうになりながらも一秒でも早くマルコの元へと駆け寄る。
オレの声でジート達も気づいたようで、オレの後を追いかける形でマルコに駆け寄った。
マルコに近づいていくたびに不安が確信めいたものにオレの中で変わっていく。
「マルコ……そんな……」
頭がくらむような感覚と視界に死神が這い寄るような黒い靄が見えた気がして、それを振り払うようにマルコを抱き上げる。
「マルコ! マルコ! しっかりしろ‼」
抱き上げたマルコの体は右の脇腹は陥没し、折れたあばら骨が内からマルコを貫いていた。腹部は横一線に切り裂かれたようにぱっくりと裂け、マルコが微かに脈打つたびにそこから大量の血が失われていく。
「魔法部隊! 何をやってんだ! 回復魔法をかけろ! ありったけ魔力全部を注ぐんだ!」
ジートは焦りからか罵声にも似た迫力叫びをあげ、魔法部隊の奴らを急かせる。
「待ってろ、今直してやるからな!」
魔法部隊を近くに呼び、回復魔法をかけさせる。
だが、オレの手に冷たくなった手が重ねられた。
「もう、いい」
マルコがか細くなった声でそう呟いた。
「は? 何言ってる⁉ いいから黙ってろ‼」
オレは思わず怒鳴った。
「もういい、自分の体は……自分が、よく、わかっています」
マルコは困ったような笑みを浮かべながら、オレを見上げる。
大きな涙のしずくを構わずにマルコの頬に落とすと、悲しみが声になって嗚咽がこみ上げてくる。
「私たちは……勝ったんです、よね……」
「ああ、勝ったさ。完全勝利だ。だからもういい、しゃべるな
おい‼ 回復はまだか‼」
「……だめです。これ以上は、もう」
「あきらめるなよ‼」
くそ、オレは怒鳴ってばかりだ。八つ当たりのように声を張る自分も、無力な自分も、心底腹立たしい。
「和人、もういい。少し、静かにしてくれますか。傷に響く」
「マルコ……」
弱々しく呟くマルコに叱られる自分の弱さに苦笑してしまい、それと同時にマルコがもう助からないとようやく悟る。
マルコの体がどんどん冷えていくのを感じる。それを必死に温めようとしてマルコを抱く腕の力も無意識に強くなる。
「……あ…………」
「なんだ、マルコ」
苦しそうにつぶやくマルコにオレは耳を近づける。
「願わく、ば……和人に、私の命を、終わらせてはもらえないだろうか」
「……はっ?」
オレは自分の耳を疑った。それはオレだけじゃない、ジート達も同様だった。
「正直なところ……この状態は、辛い……。それに…………」
マルコは口から血を吐き出しながら、息も絶え絶えで苦痛を堪えながら、自分の醜さも自覚しながら、吐き捨てた。
「私は、人として死にたい。あんな怪物に嬲られる家畜としてより、私は、私はみんなの手で……皆の手の中で一人の人間のマルコとして、死にたい」
吐露するように、しかし力強く語られるその言葉の重みがオレに圧し掛かる。
すると、マルコは震える手で柄の折れた槍をオレに手渡す。
目じりに涙を溜め、懇願するような表情を浮かべる。
「オレは……オレは……」
手渡された槍のおかげでマルコが本気だということを思い知らされる。震える自分の手がその願いの深刻さ主張をしているようだ。
「間違ったことを、頼んでいるのは、分かって……います。でも……辛いんだ」
「……っ!」
「なんで……こうなって、しまったんだろう…………戦争なんて、なければよかったのに……そうすれば、今頃…………」
マルコはしばらくするとうまく呼吸もできなくなっていた。歯と歯の隙間から空気漏れ出ているような耳障りの悪い高い音がマルコから精気を奪い取っていく。
正直、マルコの姿は見ていられない。脳幹にまで刺激が届きそうなグロテスクな有様も、狂気にも似たマルコの憎しみも、嘆きも、すべてから目を逸らしたかった。
自然と槍を握った手がマルコの胸を捉えていた。
――でも。
「オレには、できない」
「和人、やってくれ」
「楽に……させてあげてくだせぇ」
「…………」
ジートとトンパが眉を顰め、必死に本当の気持ちを押し殺し、オレの肩を握る。
ワイリー槍を握ったまま、ただ一点を見つめ、何も言わない。口を開けば、本心を吐き出しそうになるからだろう。
「お前らっ――!」
「なにも……言うな……」
消え入りそうな声を嗚咽と共に吐き出すと、ジートは肩を握る手に俯きながら力を籠める。
――全員、分かってるんだ。
オレはマルコを見つめる。
既にマルコは虫の息でオレ達へなんの反応も見せることはなくなった。
手が、震える。両手で震えを抑えようとしても、初めて魔物を殺した瞬間とは比べ物にならないほどの震えが、オレの動揺を誘う。
「ハァ――ハァ――ハァ――」
刺そうとするほど呼吸が苦しくなっていく。恐怖と罪悪感と悲しみがオレを容赦なく襲ってくる。
「……すまない」
「――っ‼」
マルコの呟きで、オレの中で何かが固まった気がした。
それまで震えていたオレの手は何事もなかったように空中で留まり、吸い込まれていくように槍の刃はマルコの胸を深く刺しこんでいく。
マルコの体は異物が入り込んで驚いたようにびくっと震えた後、ぴたりと動かなくなった。マルコの瞳は輝きを失っていき、目じりから一筋の涙が冷たくなった顔の表面を伝う。
感覚が、感触が、確かに伝わってくる。マルコの亡骸も殺したあの時あの瞬間のすべてがオレの感情に纏わりついてくる。
オレは洞窟の暗い天井を見上げる。涙はもう流しすぎてもう枯れていた。
「……本当に、なんでこうなってしまったんだろうなぁ…………」
オレは行き場のない怒りがどこにも衝突することなく燻っている。
「……すまない」
ジートは自分の下唇を噛み切り、血を流し、オレに顔を見せないよう俯いていた。
「……あやまるなよ」
――オレのやったことが間違いだったみたいじゃないか……。
そんなことは絶対に口にしてはいけない。ジート達に、オレ自身に、マルコに対して失礼に当たるからだ。
これまでの訓練も、戦いも、思いも、死も、これまで経験したそのすべてが間違いではないし、無駄でもない。
そんなことは全員が分かっている。
「……他の奴らの怪我は?」
「……野郎の攻撃で、腕が折れたりぐちゃぐちゃになっちまった奴はいるが……命に問題はねぇ」
「…………そうか」
長い沈黙。実に長く感じた。呟いた声がとてつもなく明瞭に聞こえた気がした。
静けさが続く洞窟で衣擦れの音や、何かを必死にたたく音が微かに耳に届く。
「いくぞ」
音のする方へと歩みを進める。
ジート達は何も言わず、オレの後を追う。
何か行動しないと、精神が押し潰されそうな気がしたからだ。
進むのは洞窟のさらに奥、洞窟入り口から個々の開けた場所までの一本道のように、薄暗く不気味な道だった。
これから先何が起ころうがもう驚かないだろう。
オレは自分の中に渦巻く何かのことしか頭になかった。
薄暗い一本道を進むと左右の壁には、壁を単純にくりぬいたような簡易的な牢屋があった。
牢屋内はもぬけの殻で、あるのはおびただしい数の血痕と鎖の残骸、血の匂いと男女の情事が行われた後のような臭いが混ざったような気持ちの悪い臭いだけだった。
「……ぁぁ」
か細い声が聞こえ、松明をその声の方へ向ける。
「生きてるやつが、いたか」
明かりの先の牢屋には衰弱しきった老若男女の人々が壁にもたれかかったり、横たわっていた。
ジート達は迅速な初動で牢屋を壊し、人々に手を差し伸べていく。
「もう大丈夫だ、一緒に帰ろう」
ジートは栄養が行き届いてなく、しわしわにやせこけた手を取り、老婆に言った。
「我々は、解放されるのでしょうか……」
「あぁ、あんたらが命懸けで逃がしたマリーも生きてる。もう、終わったんだ」
「……ぅぐ、くぅ……よう、やく……私たちは……」
緊張の糸が切れ、マリーのことを伝えると老婆の嗚咽が洞窟に響き、その声が周りへと伝播していく。
「生きてくれてありがとう」
オレも老婆の元へ駆け寄り、片方の手を取り、本心からそう声をかけた。生きていてくれただけでマルコが報われた気がしたからだ。
みんなの嗚咽が激しくなっていく。生きて帰れることを実感し、隣にいる奴と抱き合ったりしていた。
それを見るだけで心が救われる気がした。
するとオレの手元に細かく小さな石がパラパラと落ちてくる。
しばらく動かないでいると微かに洞窟自体が揺れているようだ。
「ジート、トンパ、ワイリー、魔法部隊と騎士部隊を半分ずつに分けて、半分はみんなを連れて洞窟を出ろ。もう半分はオレについてこい」
『わかった』
三人はさっそく隊を半分に分け、救助や進軍の段取りを行っていく。
話し合いの結果、トンパは囚われていた人と一緒に洞窟出ることになり、ほかの二人はオレについていくことになった。
「じゃあ皆を任せたぞ、トンパ」
「任せてくだせぇ、しっかりと守らせてもらいやす。和人さんもお気を付けて」
半分に分けた隊はそれぞれ逆の方向へと別れていった。
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