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ストラテジー~知略の勇者~  作者: 鷹飛 諒
第一章
23/31

~最終決戦~(3)

どうも! 鷹飛 諒でございます。

いよいよ決着! これからも生温かい目でお読みください。

では!



「ああ、連発はな」


 誰かが囁いた瞬間。


 ウルの上半身が消し飛んだ。


 轟音と共に胴体もろとも失ったウルの下半身は無くなった物を探し回るかのようにふらつきながらしばらく歩くと、粉塵と共に赤黒いどろっとした液体をまき散らし、膝をつき、地に伏せる。


「なっ……」


 ウルクはその光景をすぐには受け入れられなかった。


 魔法はしっかりと放たれていた。それを受け切り、ウルは攻撃に転じたのだ。


 それにもかかわらず、一瞬目に何かが通り過ぎたと感じた時にはすでにウルの上半身は視界から消えていた。


 いったい何が起きたのか全く分からないという様子だ。


 オレは今がチャンスと言わんばかりに声を張り上げ、騎士部隊の後ろからファランクスに参加する。


「今だ! 押し切れええぇぇぇぇぇぇ‼」


「ガッ⁉」


 この戦いの中で何度も聞いたあの憎たらしい家畜の声で意識が引き戻されたウルク。力を取り戻したウルクの眼にはジート達の血走った幾つもの眼が映る。


 その風貌からは予想もしないぎょっとした表情をこちらに惜しげもなく見せながら、身体は後ろへと体勢を崩していく。


「グオオオォォォォ‼」


 瞬間に起こる意識の交錯、野生の本能を目覚めさせたウルクはとっさに火事場の馬鹿力だと疑わない剛腕で棍棒を振るう。


『ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』


 ウルクを倒す好機と体が硬くなったのか、はたまた慢心かどうかは分からないが雑に振られた棍棒にジート達は直撃し、身体はくの字になり、足は大地から離れていく。


 騎士たち全員を巻き込みながら吹き飛んでいくその様は、口を開けずにはいられない。かく言うオレも吹き飛ばされた一人なのだが。


「がはっ⁉」


 体を地面に叩きつかれ、肺が潰れたようにうまく呼吸ができない。それでも懸命に体を起こし、ウルクを警戒し続ける。


 ウルクも後ろへ体勢を崩したようで背中を地につけていた。


 ジート達を見渡すと、特に目立った外傷はなったようだが、最前列の右翼側にいたジートとマルコの大盾はくの字に歪んでおり、使い物にならなくなっていた。


「ジート、マルコ後列の奴と盾を取り換えろ、取り換えた奴はすまないが壊れた奴をそのまま使ってくれ」


 オレは盾を取り換えるように指示し、隊列を組ませる。


「ここでとどめを刺せなかったのは惜しいが……残り一体だ。気張れよ!」


『おう‼』


 オレは最前列で皆を鼓舞する。背中から聞こえてくるこの声はいつ聞いても頼もしい。皆を鼓舞するはずが鼓舞されているのは自分のようだ。


 ウルクは棍棒を杖のようにして立ち上がる。その目は真っ赤に充血しており、ひしひしと怒りが伝わってくる。


 肉体は切り傷でいっぱいになり、骨装備はほぼ布と化し、棍棒はウルク自身の血で染まっている。


 棍棒を構え、警戒をするが依然とウルクの頭にあるのはなぜウルが死んだかで一杯になっているだろう。


 動揺して揺れる瞳は距離の離れたオレからでも確認できた。


 お互い油断ならない中、ガラガラと岩が崩れるような音が耳に入る。音のする方へ視線を向けると、オレの身長ぐらいの直径はある巨大な岩の塊が洞窟の壁にめり込み、亀裂を入れていた。


 塊の奥にはウルの飛び散った肉片と血が四方八方に広がっており、棍棒の破片が崩れたがれきと一緒に落ちていく。


「ウルは確かにあの時てめぇらの攻撃を受け切ってみせた。それなのにあのバカは負けた」


「どうして、か?」


「…………」


 ウルクは忌々しそうにオレを睨みながら、口をつぐむ。


「……お前が気になっている通り、魔法は受け切られ反撃されそうになった」


「じゃあ――」


「ちゃんと全員の魔法を受け切ったらの話だけどな」


「なに?」


 ウルクの体が思わず緩む。だが、オレが不敵な笑みでひとにらみすると棍棒の先をこちらに向け体を強張らせる。


 そうだ、警戒しろ。オレの一挙一動見逃さず警戒し続けろ。休憩の暇なんて絶対に与えてやらねぇからな。


「オレは鼻から全員に魔法を打たせてたわけじゃあない。ある程度の人数を休ませながら交互に打たせてたんだよ。確かに魔法の連射ができるほどの猛者はうちにはいないが、訓練によってその威力は馬鹿にはできない奴ばっかだ。ちなみにいうとウルの胴体を吹っ飛ばしたのはたった一人の力だ。ここの洞窟に入ってから一つも魔法は打たさずただ力を溜めることに専念させた。すべてはあの一瞬のためにな」


 ウルクの表情が驚きを帯びていく。


「もうわかったか。この状況をある程度見越して、オレ(・・)は(・)指示(・・)した(・・)。すべてはオレの掌の中なんだよ。片手で事足りる。最後まで道化を演じてくれよ――ウルク君」


「あり……えない」


 ウルクが呟く。


 オレは歯を見せ、嗤う。


 そうだ、頭を回せ。すべてを疑え。


 ウルクは疑念を持つだろう。自分の動作一つ一つが既に予想されていたものだとしたら、誘導されたものだとしたら、今この瞬間が既に奴の手中だとしたら。


 ウルクは途端に背筋が寒くなる。ウルをけしかけたあの言葉も仕草も、自分をここまで追い詰めた戦略も戦術もすべてはあの男から生み出されたと思うと、恐怖を通り越して……。


「面白れぇ――」


 嗤った。


 途端に自分の肝が冷える感覚が襲う。でっかい岩を背負っているような重圧が肌を粟立たせていく。


「……こりゃあ」


――余計なことしちまったかなぁ。


 オレは頭を掻き、内心溜息を吐いた。ウルクに不安と警戒心を抱かせ、判断力を鈍らせようとしたが逆に闘争心を引き出してしまったようだ。


「和人さん、ありゃあやる気満々って感じですぜ」


「どう見ても逆効果だね」


「…………」


「…………」


「うるさい。みなまで言うな」


 トンパとワイリーが面倒くさそうに溜息を吐き、ジートとマルコは引き攣った顔のまま動かない。


「ウガアアアァァァァァ‼」


 ウルクは自分の頭に残った雑念を振り払うように棍棒を地面に叩きつける。


 立ち上る砂煙がオレ達を包み込む。


 それを吹き飛ばしたのはウルクの横薙ぎ一閃だった。


「もう、てめぇらを家畜とは思わねぇ。今度は……」


 ウルクは自分の体の周り赤黒い靄を揺らめかせ、足の筋肉を肥大させる。


「鬼人化かよ、くそ」


 オーガの特性である鬼人化はオーガ自身の能力を飛躍的に上昇させる。馬鹿力にさらに馬鹿力が重なるのだ。傍迷惑ったらありゃしない。


「今度は……敵だっ‼」


 突如、ウルクの後ろが爆ぜた。


 凄まじい勢いでウルクが迫ってくる。肉薄した間隔で両者の思考が交錯する。


「死ねぇ!」


「くっそっ……‼」


 思考してる暇はない。凶悪な棍棒は既に俺の首、ジート達を狩るためすぐそばまで迫っている。


――反応しろ!


「紡ぐ、紡ぐ、糸の如く紡ぐ、運命の理を捻じ曲げ、強固な意志を槍とする!」


 オレは瞬時に右手に魔力を溜め、魔力を圧縮するように練り上げる。魔力操作だけはエミリアに太鼓判されるほどだ。


 オレの掌で練り上げられた魔力は周囲の空気を巻き込みながら、目に見えるほどの密度で回転していく。


 オレは棍棒を見据える。


「喰らいやがれっ」


 オレは込めた魔力をウルクではなく棍棒に力の限りぶつけた。


 棍棒といつのまにか槍の姿をした魔法がぶつかり合うと、鋼と鋼がぶつかり合ったような甲高い音が響くと、破裂したように消えたオレの魔法は敵味方関係なく強風をオレ達の顔に打ち付けてくる。


 振り下ろされた棍棒はまるで風と鍔迫(つばぜ)り合いするように、空中でガタガタと震えていた。


「ガアアァアァァァァ‼」


「アアアアアアァァァ‼」


 オレの魔力とウルクの棍棒がぶつかり合い、お互いに空元気の咆哮を上げる。お互い満身創痍。体力の限界。余力もわずか。ここで主導権握らなければ勝ちが薄くなる。ここは何としても流れを手に入れたい。


「おおおあああぁぁぁぁぁ‼」


 オレは懸命に棍棒の軌道をずらし、地面を抉らせる。


「意志を力に! 過去のしがらみもすべて超えてこい‼」


 オレは抑揚一杯に声を張る。


「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


――そうだ、お前らなら応えてくれる!


「ファランクス―――――!」


 ジート達とウルクの強靭な肉体がぶつかり合う。


「そうだ! 殺し合おうぜぇえ‼」


「お前を殺して、今度こそ勝つんだ!」


 ジートは血走る狂気の笑みを開放し、ジート達は勇猛果敢にありったけの感情を、力をぶつける。


「素晴らしい」


 ここにきて、ジート達のファランクスの練度が上がっている。思わずにやけるほどだ。……おっといけない。オレはオレのやるべきことがある。


――ギイイィィィィィィィン‼ と火花散る中央でジート達はウルクと肉薄した戦闘をいまだ続けている。


地面は彼らの汗で濡れ、戦況が目まぐるしく変わるたびに水滴が跳ねる。


地鳴りのように響くジート達の足音は次第に激しくなり戦いの凄まじさを自分の鼓動と共に感じさせる。ウルクの棍棒を受け流し、ジート達の攻撃は上から叩き伏せられる。


棍棒と盾がぶつかる衝撃で両者は大きくのけ反り、何かに後ろへ引きずられるように距離があく。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


「かっはぁ、はぁはぁはぁはぁはぁ……」


 お互い肩で息をし、腕がこれ以上動かすなとすでに悲鳴を上げている。心なしかウルクの周りを漂う赤黒い靄も薄く弱っている印象を受ける。


「まだ行けるか?」


「当然」


 ジート達の前に立ち、ウルクを睨みつけたまま皆を気遣う。


 絞り出した答えでもやる気満々なのはお約束で、こうも頑張られると力になってあげたくなるのは自然なことだ。


「これで決めるぞ。最後の力振り絞れよ」


「いつでも行けますよ」


 マルコがオレの隣に立って盾と槍を構える。


「何覚悟決めた顔してんだ、これで終わりなわけじゃねぇだろ」


 ジートも不敵な笑みで横へ並ぶ。


「勇者様は緊張してるみたいだね」


 ワイリーものんきなこと言いながら前へ出る。


「たとえ火の中水の中、ですぜ」


 トンパも肩に槍をかけて一歩前へ。


 それに続いて、ほかの奴らも何とも勇ましい顔で次々とウルクを見据え、武器を構えていく。まったく可愛い奴らめ。


「行くぞウルクウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼」


「来い、野郎共おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』


 両雄、駆け出す。


――これが正真正銘最後の戦闘。これですべてが決する大一番。なら最後は大胆にいかねぇとなぁ‼


「散れえぇぇぇぇぇぇぇ‼」


 オレの声で一斉にウルクを取り囲むように縦横無尽に駆け回る。


「なっ⁉ ここでか‼」


 ウルクは面食らったようで、手当たり次第に棍棒を振り回すが、むなしくも空気を切り裂く音だけが聞こえるだけ。


「魔法部隊!」


「グオオオオオォォォォォォ‼」


 魔法部隊の奴らも駆け回り、全方位からウルクを打ち抜く移動砲台と化している。


 四方八方から炎の球を打ち抜かれ、衝撃で体を大きく揺らしてながらも耐えるウルクの体は赤黒い靄を一層輝かし、最後の力と言わんばかりに棍棒で地面をたたいた。


「ガアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ‼」


「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 蜘蛛の巣状に地面は亀裂が走り、遠く離れた場所で駆け回る騎士たちまで亀裂が入る。そのあとはもう天変地異としか言いようがない。亀裂が入ったところから瓦礫と化した岩がゆっくり浮き上がったかと思うと、重力を無視するかのように勢いよく上昇する。


「この馬鹿力がっ!」


 オレは苦虫を噛み潰したように吐き捨てるが、その足は停めずに一直線にウルクへと向かう。


「皆殺しだああぁぁぁぁ‼」


「やってみろおおぉぉぉ‼」


 ウルクの決死の咆哮をものともせず四方八方一斉にウルクへと駆け出した。


「なっ⁉」


 ウルクは三六〇度囲まれた状態からの攻撃に一瞬判断が遅れる。


「こっちだ木偶の坊」


 オレはウルクの真正面に立ち、魔力を掌に集める。


「がっ⁉ ……なんで⁉」


 突然、頭が揺れたような、視界が歪む、感覚に襲われ膝をつく。


「和人おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


――くっそ。ここにきて魔力切れか。


 こういう時に自分の不甲斐なさを痛感する。本当に恨むぜ、神様……。


「死ねぇぇぇぇぇぇ‼」


 横から棍棒が迫ってくるのがわかる。自分の命がここまでだと予感してしまう。


――ちくしょう……。


 潔いというのも考えもんだが自然に自分の目が自分の役目がもうすぐ終わることを感じ取ったのか無意識に視界を閉ざしていく。


「和人おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 霞んでいく視界に、突如声と共に手が伸びてくるのが映り、自分の体が押されていることに気付く。


 目を見開くと、そこにはマルコが必死の形相でオレを見つめている。


 体勢が崩れていく過程で得体のしれないものを感じる。死とは別で何か、失うような嫌な感覚。


 気づけばオレはマルコに手を伸ばしていた。


「マルコ!」


「かず――」


 マルコの指先にオレの指先が触れた瞬間――マルコが視界から消える。


 マルコの体が大きく歪み、何かが拉げたような鈍い音が耳を貫いた。


 棍棒の軌道のまま吹き飛ばされるマルコは痛みなど感じていないかのように、ただ叫んだ。


「とま、るな……やれええぇぇぇぇぇぇぇ‼」


「マルコオオオオオオォォォォォォォォォ‼」


 ふとマルコへ駆け寄ろうとしたが踏みとどまる。マルコが作った一瞬を無駄にはできない。


 かき集めろ。全身がだるくても関係ない。一滴残らず体中から集めるんだ。ここで根性見せなくていつ見せるんだ!


「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 掌に魔力が集まるのを感じる。どうやら体は言うことを聞いてくれたようだ。


 渾身の一撃をウルクにぶつける。


風弾(エア・バレット)――‼」


 狙うのはウルクの足元。


 打ち抜かれたウルクの足は後ろへ大きく吹き飛ばされ、砂埃を巻き上げ、うつ伏せに倒れていく。


「ガアアァァァァァァァァ‼」


 巨体を地面に強くぶつけ、呼吸ができないようで大きく呻く。


「オレが攻撃に加わるとは思わなかったか?」


 膝をついて満身創痍な状態だが、出来るだけ繕って声をかける。


「ハッ……ちくしょう、くたばれ」


 そう呟いた瞬間、ジート達の槍が一斉にウルクを貫いた。


「…………」


 束の間の静寂、皆が噛み締めているのは勝ったという事実だけ。


 オレは拳を高く振り上げた。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼』








最後までお読みいただきありがとうございました。

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