恋夜
「44だな、通れ」
いつもの簡易検査を済ませ外に出る。
待ち合わせ場所は駅だと連絡があった。今朝使ったあの駅らしい。
別に同じ場所に住んでるんだから一緒に行けばいいだろうと問うたら
「こういうのは雰囲気なんですよ。雰囲気…まぁ、つまりそういうことです。ズボラな瑞希さんには分からないでしょうけど。雰囲気が大事なんですよ」
と言われた。
ちなみにその駅というのもそれなりの距離があるんだがあいつは歩いて行くつもりなのだろうか。ちなみに今の時刻は7:10だ。
(あぁ、めんどくせぇな)
思わず頭を掻き毟る。いや、頭というより髪の毛か?まぁどちらでもいいか。
よし。バイクで行くか。幻は念のため温存しておきたい。
キーを捻り座席からメットを取り出し被る。いつもの流れだ。それから跨り更にキーを回しエンジンをかける
ドゥルゥゥゥンと音が響く。
周囲に人がいないことを確認し車庫から出してスロットルを捻る。
久しぶりに感じる風を切るような感覚。
最高だ。無理をしてでも免許を取った甲斐があった。当然取ったのは組織の施設なのだが。
「44番か。連絡は来ている。通れ」
裏門から外へ出る。正門と違い職員とかまぁ関係者しか通れない道だ。一般人は先ず通れない。というより特殊な工作がされていて道自体知っていなければ見えない。
舗装されていない道を走る。ガタガタだ。そろそろ舗装されるらしいが、早めにお願いしたいね。
暫く走り正門と公道とを繋ぐ道に出る。
人は歩いていない。組織で働く人間はほぼ皆住み込みだ。通勤する人間はほぼいない。
一般人もこんな辺境にまで来ない。こういう事をするのにうってつけの場所だと所長は言っていた。俺には原理とかよく分からないが。
駅に付いた。時刻は7:20早すぎたな。
その辺にバイクを止めて零亜のヤツを探す。がやはりいない。
10分待った。約束の時間。まだこない。まぁ仕方ないな。
そして午後7:50になったわけだが、まだこない。
何をしているのだ奴は。電話をかける。プープープー。
折り返し電話がかかってきたのが午後8:00
裏門で待っているから迎えに来いとのこと。
俺を執事か何かだと勘違いしていないかあいつ。
結局入店したのは午後8:30だ。
店員に誘導されるまま席に付く。
「いやー、どこ行ってたんですか?迎え遅いですよ」
むしろ俺がどこ行ってたのかをお前に聞きたいよ
「考えてくれ…」
「うーん。考えても分からないのでとりあえず食べます。サーモン!」
分からない?本当に分からないのか?
「サーモンおいしぃですっ!」
「あ、サーモン!」
「サーモンにサーモン!サーモン取ります!」
「サーモン天国ですよ!天国!」
「サーモンサーモンサーモン。さっきからサーモンしか流れてませんよ!サーモンフェスタですね!」
横でサーモンサーモンうるせぇな。
隣に座っている零亜がバクバク寿司を食べている。いや今はそんなことどうでもいい
端末を取り出しメール受信履歴を確認する。
「何がどうでもいいんですか?」
(俺声出してないよな?)
「出てませんよ。」
「心を読むな」
「いや、そんな凄い力持ってませんよ。私。顔ですよ。顔に出てます。あ、サーモン」
また呑気に寿司を頬張り始めた。ご満悦らしい。
「で、どうしたんですか?そんなに焦って」
「お前が分からないなんか言うから焦ってんだよ」
「?、とりあえずサーモン食べていいですか?」
きょとんとほんとに理解できないような顔をする
俺の中で漠然と漂っていた不安は確信に変わる
「おい、出るぞ。」
「え?だってまだ、サーモン2千円分食べてませんよ?」
こいつの呑気さにイライラする。こっちは切羽詰まってんだよ。理解しろ
「いいから、早くしろ!」
無理やり手を引き、立たせる。
「い、痛いです!」
そもそもこの店に入った段階から異常だったのだ。
「お前、何も感じないのか?」
「?」
客が俺達を除いて誰もいない。いくらド田舎平日の夜8時半だとしてもこれは不自然だろう。それに何故かは分からんが寿司がサーモンしか回っていない。メニューにもサーモンしか載っていない。以前来た時はもっとメニューがあったはずだ。
「くそっ!」
直感だ。言うことを聞かない零亜を抱き抱えて後ろに飛び遮蔽物の影に身を隠す。それとほぼ同時に俺達の座っていた席が蜂の巣になっていた。横に目をやると何かが突き出ていた。壁の固定砲台にやられたらしい
「え?」
零亜がマヌケな声を上げる。
「ちっ。ドブネズミだろぉ?!ドブネズミらしく蜂に狩られろや」
聞き覚えのある声が響く。厨房の方からだ。いや、もうここは寿司店ではない。ちなみに寿司はまだ回っている相変わらずサーモンしかないが。
つか…ここは…感覚を研ぎ澄ませる。俺達は幻覚を見せられていたらしい。ここは廃墟だ。見ていた幻覚が砂のようにぽろぽろと崩れ去る。
まんまと強制転移か何かをさせられたというわけか。
「だが逃げ回るドブネズミもそれはそれでいいが、出てこいよドブネズミ正々堂々やらねぇか?」
こっちに向けてマシンガンを放り投げてくる。ガシャンと音を立て正確に俺の目の前に落ちた。ガサツそうな見た目して意外と丁寧な投げ方するじゃないか。
名前までは分からないが組織で仕込まれたのと同じ操作方法なら使えるんだが…同じらしいな。有難く拾い本当に弾が出るのか天井に向け1発。よし。
にしても正々堂々か…巨漢のフルアーマー男がよく言うなほんと。
壁から少し顔を覗かせ見ると奴の足元にさっき俺たちを案内したあの店員の死体が転がっている。いや、初めから死体だったのかもしれないが
「うめぇ寿司を食いながら死ねるって幸せじゃぁねぇかぁ?ドブネズミぃぃ?あれは俺様が握ってやった寿司だぜぇぇぇ?美味かったろぉぉぉ?」
「だってよ」
横にいる零亜に話しかける
ったくどうしようもない状況ってのは逆に余裕が出来るらしい
「おぇっ…」
「ドブネズミぃぃ?俺様の寿司が食えねぇってのかァァァ?」
マシンガンを乱射し始めた。またいつかの銃弾の雨を思い出すな。
さて、どうするか。
俺1人ならまだまだ何とでもなるだろうが、横には戦力としては何も期待出来ない女が1人。正直お荷物だ。
急に乱れ打ちが止んだ
「おい?オスドブネズミ?」
俺のことか?
「そのメスドブネズミをこっちに寄越せ。そしたらてめぇは生かしてやるぞ」
俺は零亜に視線をやる
「信じてますよ。瑞希さん」
その言葉を無視し男まで聞こえるように声を出す
「あー、悪くないな。少し時間をくれ。考える」
「え、嘘ですよね?ちょ、瑞希さん?!!!」
俺の肩を掴み前後に揺さぶる零亜
「いいぜぇぇぇ?ドブネズミぃぃぃ?だが3分だぞぉぉぉ?」
ガトリング男と交渉する
「すまん。5分貰えんか?」
「はっはぁぁぁぁぁぁ!今日の俺は優しいからいいぞぉぉぉぉ?何せてめぇの女の命日になるからなぁぁぁぁぁ?最後に思い出作ってけぇぇぇぇ?尻尾巻いて無様に逃げろよなぁぁぁぁ?」
話が早くて助かる
「ちょ、瑞希さん?」
「少し黙れ」
零亜を睨む。それだけですくみ上がり黙る。
俺も俺で仕込みに入る。5分もあれば十分だ。
「あっ…」
「悪いようにはしない」
零亜の手を握ってやる。小さい頃からこうしてやれば落ち着くらしい。
気付けばさっきまであんなに気丈に振舞っていたのが嘘のように涙を流している。それを指で拭ってやる
「兄ちゃんが付いてるから安心しろ」
「さぁて5分経ったぞドブネズミィ?俺にとっては狩りの時間お前らは食われる時間だ。答えは決まったかァァァ?」
銃弾の雨は止んでいる。おもむろに立ち上がると俺は歩き出す。
「やっぱり考えたんだがなぁ、女を殺してまで生きたくねぇわ。」
「つまりなんだぁ?貴様の命であいつを見逃せとぉぉ?いいぜ?」
「いや、違う。俺がお前を殺し2人で帰る」
「はっ?!気でも狂ったか?!ドブネズミ?!いいぜ!益々気に入ったわお前!俺を前にしてそんなたいそれたこと抜かした奴はあんまりいねぇぞぉ?」
「そりゃ光栄で」
「別に褒めてねぇんだがな?愚かだなぁ愚か!で?ドブネズミてめぇどうして俺と闘う事にしたんだぁ?」
「ここで命惜しさに女を売って逃げたとなれば顔向け出来ないんでね」
言って俺は気付いた。誰に顔向け出来ないんだろう。あいつか?なんだこの気持ち悪い違和感は。いや今は気にしていても仕方ない
「ほんで抜かなくていいのか?ガキ。てめぇの得物それじゃねぇだろ?」
マシンガンに目を向けている。言われた通りたしかに銃はあまり使わないな.
「…『黒虚』」
刀の銘を呟き虚空から抜刀する。ヌメリと一切の光を飲み込み闇に隠れるような刀だ。
「ほー、いい刀だな。」
たしかにいい刀だが、
「おっさん刀なんて分かるのか?」
「いいや分かんねぇぜ?けどな俺も武器を握る人間だ。武器がどれだけの魂を背負っているかくらいは分かるもんだぜ」
武器が魂なぞ背負うわけないだろう。いつだって背負うとすれば担い手だ.
「馬鹿らしいってか?顔に出ているぞ?」
こいつ…最初に出会った時も感じたが普通の人間にしてはやばいな。
「お前を見ているとなぁ、その刀が哀れに思えるぞドブネズミ。お前はその刀の成り立ちに思いを馳せたことはあるかぁ?」
ないな
というより何故俺はこいつとお喋りに興じているんだ
あいつもだ。何故攻撃してこない
だがしないならしないでいい。先に仕掛ける
「何故俺がこんなに話しているかが気になるか?」
まただ
偶然か?思考を読まれているのか?
「読んでいるんだよ。俺は昔からな他人の心を読むのだけは上手くてな。お前がしようとしていることも分かる。そしてその結果俺が死ぬことも分かっている。勝敗は初めから決していたのだ」
何を言っているこいつは
「俺もなぁ昔はブレイカーだった。読心。対象の心や思考と言われているものを読み取る能力もあった」
「昔は?それに何故そんな話をする。殺り合うのではなかったのか」
理解不能だこいつが。
「気が変わったんだよ。お前を見ているとなドブネズミ。懸命に足掻くお前を見ているとな昔の自分を思い出したようになる」
そう言うと男は懐から何かを取り出した
「決して逃れられぬ道を走らされ、なおお前は外れようと足掻く。外れられぬと分かっていながら」
「さっきから何を言っている」
「もう老体の出る幕はないってこった。持っていけ」
男は取り出した何かを俺に放る。受け取るべきか悩んだか受け取った
「何だよこれ。つかあんたは誰なんだよ。いきなり出てきたと思えば訳分からねぇ事抜かしやがって」
「中身を見れば理解できる。
俺か?俺はな…誰だろうな忘れちまったよ。もう。疲れたんだよ何かのために誰かのために狂人の真似事をするのもな。
そのメモリー大事に取っとけ。俺が俺達の仲間が命を賭して集めた情報だ。この40年間気付けばもう、仲間は皆死に俺だけとなっていた。名も知らん糞ガキのネズミに頼むのも癪だが、続きを作ってくれ。お前が出来なきゃ誰でもいい他人に流せ。この世界を変えろ」
男は自分の頭に銃を突き立てる
「おい!意味分からないことべらべらほざくなよ」
「何でもかんでも人に聞くなクソガキ。答えは自分で見つけるんだよ」
男は最後に笑ってから黙って引き金を引いた。
「何だったんでしょうね彼」
零亜が俺に話しかける
「俺が知るわけないだろ。俺も意味が分からん」
二つの死体は燃やして処理した。
帰ってきたのが9:30だ。服などとくに汚れていなかったのが幸い、何も起きなかった。そういう事にしておこう。報告も面倒だ。
零亜は食堂で1人飯を食べ直すそうだ。
俺は、と言うと恋夜の部屋に来ていた
向かい合うようにソファに腰掛ける俺と恋夜。間にはローテーブルがある
「この落とし前どうつけてくれるんだ?瑞希?今日は大事な大事な用があったんだが」
「すまない。」
恋夜は煙草を吸っている。
「はぁ、まぁいいわ。過ぎたことだ愚痴愚痴言っても仕方ない」
「俺を呼んだのは?」
理由を聞く
「いや、なに、俺も暇でね。ちょっと付き合えよ」
そう言って立ち上がると流しの方へ向かった。
久しぶりに来たこの部屋を見回す。何も変わらない。簡素な部屋だ。寝るためだけにあるようなそんな部屋。あとは客を呼んだ時用にソファがあるだけ。
恋夜がカップを二つ持って戻ってきた。煙草は揉み消して捨てたらしい
「ガムシロ砂糖ミルク」
何かいるかと言うことだろうか。
「いらない」
いつもの答えだ。今は苦いものを飲みたい気分
「OK。ほら」
コーヒーの入ったカップを手渡してくる。
一口すする。
「美味いな」
「スーパーで一番安いやつだ。気持ち悪い気なんて遣うなよ俺とお前の仲だ。」
「まぁ不味くはないぞ」
「そうか」
へへっと恋夜は笑う
「でよ。とりあえずオセロしようぜ」
恋夜がソファの下からそれを引っ張り出した
「いいぜ」
「じゃ俺先行な」
「瑞希ざっこ」
「うるせぇよ」
恋夜の圧勝だった
「何事もこんな風にオセロみたいに事が上手く運んでくれりゃいいんだがねぇ」
恋夜が呟く。
「そうだな。」
「女でも捕まえに行くか?」
まるでコンビニでも行こうぜくらいの気軽さでそう口にする恋夜
「今はそんな気分じゃないな。」
「分かってないな。そんな気分じゃないからだよ。気分でも紛らわそうぜって。こんなうじうじしてても仕方ねぇだろ」
「む…」
それはそうだが
「まさか正義感とか?俺の知ってる瑞希はそんな奴じゃなかったはず、だが?」
「それでも興が乗らないからだ。それにたかだか数年の付き合いだ。俺の何を知ったつもりになってるんだお前は。思い込みも辞めておいた方がいい。いつか身を滅ぼすぞ」
俺も言えた立場じゃないが
「そうだったな。わりぃ、忘れてくれ」
「人間なんてきっかけがあれば悪い方にはすぐ変わる。いい方にはなかなか変われないかもしれないが。俺はいつもそれを念頭に置いている」
「あぁ、知ってるさ。どれだけ気丈に振舞おうが、真面目ぶっていようが何か大事なものが崩れれば直ぐにぶっ壊れるのが人間だったな。」
腐るほど経験してきたことだった。特段珍しい話でもないのだ。俺たちの中にも人間としてはとうに壊れ果てている者も相当数いるのだから。目の前の恋夜も一見普通に見えるが中身は壊れている。
「陽菜ちゃんとはよろしくやってんのか?」
「まぁ、ぼちぼちってとこだな」
「毎日同じ部屋で寝てて何も起きないってのはどういう了見なんだかな。」
「下衆の勘繰りというやつだ。どうもクソもない。何の関係も持っていないそれだけだ。」
「悪かったよ。悪かった。」
「お前こそ女関係はどうなんだ?」
「俺か?俺はな今日もこれから日付変わる前くらいに一人相手するくらいだな」
「モテモテじゃねぇかよ」
冗談めかして突っ込む。まぁジョークだろう。こいつが女遊びをしているところを俺は見たことがない。ただの軽口だと判断した。
「そう僻むなよ。」
「僻んでないが」
「そうかい。学校行ってるんだよな?」
「行っているが」
「楽しいか?」
「まだ分からん」
「それもそうだな。悪いな変なこと聞いて。今日はもう帰っていいぞ。」
「あぁ、邪魔したな」
カップに残っていたコーヒーを飲み干すと恋夜の部屋をあとにする。
弄りまくっていたらどんどん意味の分からない方に進む,,,




