一人で駄目なら二人で
今回の竜馬は個人的にかなり好きです。
楽しんでいただければ。
さっきの一戦を見てか詰めかけたやつの大多数は消えた。
俺が適当に選んだわけではないということに気付いたらしい。
「初日からお疲れ気味だね。第1位?」
「佐条か」
「1位に名前覚えてもらえるなんて光栄だね。」
女は愉快げに笑いながらそう言う。
「その呼ばれ方は好きじゃないな。東條か、瑞希でいい。」
「そっか。じゃ瑞希で。私のことも真咲でいいよ」
真咲が俺の隣に腰掛ける。
「あんたとは話してみたかったのよね」
「そりゃ嬉しいな」
率直な感想を漏らす。だが
「…」
「…」
無言の間が流れる。何を話せばいいんだろうか。
「瑞希、あんた意外と普通だね」
「ん?」
「いや、もっと怖いのかなって思ってたけどほんと普通の男の子って感じだからさ。あんたとよく一緒にいる恋夜って奴はあんなだからさ」
苦笑いしている。確かに、だけれど
「あいつも色々あるんだよ。あんまり悪く思わないでやってほしい」
「否定はしないんだ」
「否定はできないな。あいつは俺たちの中でもかなり吹っ飛んでる方だから」
「なるほどね。」
その時また扉が開く。
「おう瑞希、来てやったぜ」
竜馬が入ってきた。
「お、真咲もいるじゃん。」
遅れて真咲にも声をかける竜馬知り合いなのか。
「まぁねぇ。文句があれば言いにこいって行ってたから来ちゃった」
「すまないな。何か不満でもあったか?」
そうだったのか。
「いや、ないない。暇だから来たんだよ」
なるほどな。
「そりゃ有難いな。俺も暇だし」
「暇つぶしの相手なら私がいるじゃないですかぁ、ぶー」
部屋の隅でいじけていた零亜が声を上げた。
「お前だと暇どころか大事な時間も潰されてしまうからな」
「ぶーぶー」
暇らしい。
「こっちこい。相手してやるから」
「うん」
俊敏な動きで俺の膝の上に乗りやがった。
「重いから退いてくれ」
「失礼なこと言いますね」
太ももを抓られた。
「二人は本当に仲いいな」
竜馬に言われた。。
「よく言われます」
と欠伸をしながら返す零亜。と時間を確認する。いい時間になっていた。そろそろ寝るか。
「竜馬、真咲来てもらったとこ悪いが俺はもう寝る。今日は少し疲れた。帰ってもらっていいか」
二人は素直に頷いて出ていった。
三日後、結局誰も入れ替えなしでメンバーが確定。
これから本格的に練習が始まる。
そして監督役でもある俺は各種目の練習も見ることになっている。
「今のはもっとこうするべきだったな」
「は、はい」
「続けて」
指示を出してからベンチに座って休憩する。上手くいかないな
「瑞希君お疲れ様」
右隣に彩華が腰掛けた。
「はい。飲み物」
水の入ったペットボトルを手渡してくる。
「有難いな」
受け取り飲む。丁度喉が渇いていたから美味い。
「瑞希君監督役お疲れ様」
労ってくれる彩華有り難いな。
「あぁ。本当に疲れる」
「お疲れなら癒しましょうか?」
左にいる夏海が提案してきた。
選手が怪我しても癒せるよう同伴してもらっている。
「いや、いい。気持ちはありがとうな」
なにやら夏海は疲れも取れるらしい。
「そうですか」
残念そうな顔をする俺の役に立ちたいのだろうが、いざという時能力が使えないのでは困る。
「そういえば瑞希君は何の種目に出るの?」
「俺はあれだ。戦うやつ。」
「多すぎて分かんないよ」
呆れた顔で見てくる彩華。
「俺も分からんから安心してくれ」
「そんなんで大丈夫なの?」
「何とかなるだろ」
流石に直前には自分の出るものの確認くらいはするつもりだった。
話題を変える。
「彩華こそ大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ」
「何に出るんだっけ」
「私は陣取りだよ」
「あーあれか。」
特殊な装置に幻を送って真っ白な床に自陣の色を塗っていく競技らしい。途中で向かい合った敵とぶつかるので、そこをどう押し切るかというのが大事になってくるそうだ。多くは幻の量と質で強引に押すそうだが。
「彩華さん頑張ってくださいね」
「うん頑張る」
夏海の応援に素直にそう答える彩華。
「彩華なら勝てる。心配いらない」
俺もそう応援しておく。
「そんな真っ直ぐに言われると恥ずかしいよ。…でも嬉しいな、そう言ってもらえると」
恥ずかしさからか頬を朱に染める彩華。
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
さて、そろそろ次の練習も見ないとな。
「さて、彩華。助言出来るか分からないがプレイを見ようか。」
休憩も終わりだ。椅子から立ち上がる。
「うん、お願い。」
ステージに移動すると彩華は配置につく。対する練習相手はジェシア。不足はない
試合開始の合図を出す。
先に動いたのは彩華。彩華が装置に手をかざすと真っ白だった床が彩華の足元から青に染まり始める。
「よろしくお願いしますね彩華」
対するジェシアは挨拶をしてようやく装置に手をかざす。
もう彩華の色は半ばまで来ていた。普通に考えればもう巻き返すのは不可能そうだが。
「甘いですよ彩華」
ジェシアの幻の質と量は彩華を遥かに上回っていた。
「くっ…」
ジェシアの赤色がどんどん勢いを増し、やがて青とぶつかり合う。この時点ではまだ彩華が床の2/3を占めていたのだがどんどん押されていく。
彩華も決して幻の質も量も悪いわけではないのだが相手が悪いか。
すぐにジェシアに負けてしまった
「彩華、お相手ありがとうございました」
「ジェシアさん強いよ。こちらこそありがとうね」
二人が挨拶して別れるのを見送る。
「瑞希君…完敗しちゃった…」
彩華が泣きそうな顔になっている。さてどうしたものか。最悪種目の入れ替えはまだ出来るが…その前に
「力を出すのを戸惑っていないか?」
すごく違和感を感じたのだ。何というか本気を出していないような。
「?」
「なんと言うか、力自体はあるのに出すのを恐れている。そんな印象を受けたが」
「そんなこと、ないと思う…」
俯いてしまった。気のせいだったのだろうか。黒い髪の隙間からはここからでは何も見えない。
「1度俺とやろうか。配置ついて」
有無を言わさずこちらは配置につく。
「え?」
「早く付いて。」
彩華の力量は把握している。とりあえずはそれより少し下の力で競うことにする。
やはりおかしいな。
力を出し渋っている。そんな感じだ。
「彩華体調は悪くないか?」
「悪くないよ」
ならば
「…今日はもう切り上げよう。多分身にならない。」
「うん…ごめんね。」
瑠璃に無理やり頼み込んであの部屋に来た。目的は彩華の兄に会うためだ。
「お兄さん。東條です」
「…あぁ。東條君か。どうかしたのかい?」
かすれた声でそう尋ねてくる。
「彩華についてなんですが、過去に何かあったのですか?」
「…君には分かったかい?」
やはり何かあるのだろうか。
「えぇ。自分の力を怖がっている。そんな感想を持ちました」
兄さんは少し言うのを躊躇ったあと決心したように口を開く。
「…両親を殺したんだ、あの子は。きっとそれが躊躇わせてるんだろう」
別にそんな話この施設にはありふれているが
「…そうなんですか。」
それでも彩華の話となるとあまり気持ちのいい話題でもなかった。
「…それで身寄りのなかった俺たちはここに連れられてきた。そして才能の欠片もなかった俺はあの子の枷としてここに囚われて働いている。」
兄さんは頭を両手で抱えて続ける。
「…全てはあの子が変な力を持ったことから始まった。でも嘆いても遅い。もう全て遠い過去。過去は変えられない。俺はこの有様だ。元々体が弱かった。だから君にあの子を頼みたい。傍にいてやって欲しい。あの子は俺に…最後に唯一残った大切なもの、だから。」
「…俺なんかでいいんですか?」
頼まれたら当然断らないが。
「…君だからこそ頼みたい。あの子が見込んだ男だから」
「分かりました」
そんなに真っ直ぐな目で見詰められるとやはり断れない
そして結局次の日も彩華は力を抑えていた。
「彩華、いるか」
彩華の部屋の扉をノックする。
「どうしたの?」
すぐに出てきてくれた。
「少し外に出て話さないか?」
「…いいよ。」
手続きを済ませて彩華と共に地上に上がり歩きながら話しかける。
「…彩華何をそんなに怖がっているんだ?」
ここなら誰も聞いていない。それに彼女からきちんと話が聞きたい、そう思い思い切って尋ねてみたのだが
「…」
何も答えない彩華。
「話してくれないか?」
「…別に、何も怖がってないよ」
顔を俯けてしまう。
「じゃあ、何で力を出すのを戸惑っているんだ?」
「…調子が悪いだけ。明日はきっと…」
「…分かった。明日まで待とう」
無理は禁物か。ここまでにしておこう。
「よう瑞希」
噴水の縁に座っていたら竜馬が声をかけてきた。そのまま隣に座る竜馬。
「竜馬か」
「何をそんなに難しい顔してんだ」
俺が困ったときいつも竜馬は傍にいてくれる気がする。
「色々あってな。それよりお前はどうしてここに」
「瑞希が彩華ちゃんと出て行くのが見えたから」
「なるほどね」
「あんまり無理すんなよ瑞希。」
「え?」
「お前今すげえ顔してたぞ」
「…そうか」
「こぉんな顔」
と言って竜馬が両手の人差し指で両目の目尻を下げて薬指で口を三日月のように広げる。
「…」
「…笑えよ」
気まずそうにそう言う竜馬。
「悪いな」
だが、今はそんな気分じゃなかった。
「…彩華ちゃんと上手くいってないのか?」
「まぁそんなところだな。」
俺も彩華のようについ俯く。
「まぁ、あの年頃の女は難しいのかもな。男もそう変わらんか。恋夜とか難しすぎて諦めたくなるぜ。どうしたらもっと仲良くなれっかねぇ」
「あいつはもう無理だろ。完全に心が壊れてる」
「やっぱ?」
「あいつは真那ちゃんのためなら俺達も切り捨てる。あんまり深い関係になると敵対した時、斬るに斬れなくなる。だから俺はもう今以上は踏み込まないようにしている。」
あいつを斬るなんてこと絶対したくないけど。いつかそんな日がくるかもしれない。
「…未来見てんだな瑞希は」
「どうだかな。ただヘタレなだけだ。今でさへ俺はあいつを斬るに斬れないかもしれない。友達、だからさ。出来れば斬りたくなんてない。」
「こんな日常がずっと続けばいいのにな…」
竜馬がこんな感傷的な言葉を呟くなんて。でも気持ちは同じだ
「そうだな。」
「俺が前に言ったこと覚えてるか?死人を蘇生させちゃいけないってやつ」
「あぁ。覚えてるよ。理解は出来ないけど」
一生完璧には理解できないような気がする。
「そうかい。ま、いいや。でよ、日常も同じでよ。俺は決してやり直しちゃいけないし戻しちゃいけないと思ってる」
「?」
「俺は今までの行動全てに責任をもってる。負い目のない選択をしてきた。ここに来たことも。こうして瑞希に出会えたこともその選択のお陰だと思ってる。同時に失敗して何かを失ってきたりもした。
でもさ、決して失敗したからってやり直したいとは思わない。それって結局自分の行動に責任を取れていないってことになるんじゃないかと思うから。失敗したからやり直そう。人生ってそんなものじゃないと思うんだよ。
失ったからこそ、大切だって事に気付けたものもある。簡単に手に入るものってやっぱ価値はないんじゃないかって思うんだよ。その辺の石ころかき集めて、磨いてみてもきっと宝石にはならないんだ。
簡単に人生やり直せちゃったら、あれもこれも失ったもの全て簡単に帰ってくる。その返ってきたものに価値はあるのか。答えは、俺はない、と思うんだよ。だから俺は取り戻しちゃいけないって思う。
日常もそうでな。この一瞬はもう二度とないから、やり直せないからこそ今が輝く。今が楽しい。そういうもんだと思うんだよ俺は。だから俺は今を楽しんでる。この現在を楽しんでる」
「…難しくて分かんねぇよ」
「ま、何が言いたいかって言うと、悔いのないように生きろってことだ。お前もよく言ってるだろ。明日なんてもうないのかもしれない。だからやることは早いうちにやる。彩華ちゃんとも早いうちケジメ付けろよ」
「あぁ。それは分かってる」
「…彩華ちゃんの抱えてる問題は確かに難しいものなのかもしれない。でもよ。一人で抱えるよりは二人で抱えた方が楽になるかもしれない。ちゃんと抱えてやれてるか?彩華ちゃんが悩んでるならお前も悩む。今お前が悩んでるのを見て俺も悩んでいるようにな」
なるほど。そういうことか。
「ありがとう竜馬。確かにお前がいてくれて少し楽になれたよ。」
「そりゃ、よかった。」
竜馬がニッと笑う。屈託のないその笑顔。
「あぁ。ありがとうな。でも難しいんだよ。隣に寄り添うってことが」
具体的にどうすればいいのかが分からない。
「俺が今お前にしているように、でいいと思う。きっと並んでいるだけでも変わるぜ」
「そっか。」
「そんなことよりこの夜空でも見ようぜ。俺はすげぇ開放感に包まれるよ」
言われて見上げる。
「確かにな。問題は解決しねぇけど」
「それを言うなよ」
竜馬が笑う。
「ま、クヨクヨすんなよ。お前にそんな表情は似合わないぜ」
「あぁ。ありがとうな竜馬」
「気持ち悪い娘だな!」
やめて蹴らないで…
やめて私いい子になるから
蹴られたお腹が痛い。誰か助けて
「辞めてください父さん!彩華は何も悪くないじゃないか!」
あ、お兄ちゃん…
「そこを退け。お前はそいつに操られてるんだろう?今助けてやるからな」
「その赤目は抉り取らなきゃいけないわね。」
お母さんが私に近付いてくる。でもそんなもの目に入らない。
「ぐあっ!」
ついにお兄ちゃんまで暴力の的になってしまった。助けなきゃ…助けなきゃ…本当に助けたい、その一心だった。
そう思った次の瞬間両親は肉片になっていた。
そして次の瞬間今度は兄が…
「はぁ…はぁ…」
夢か。怖い。もう一人は嫌だ…
ベッドの上で毛布を抱いて一人震える。
瑞希君…助けて…一人にしないで…




