あいつ
「やぁ」
「どちらさまで」
「酷いなぁ」
部屋の前に不審者がいた。
不審者だ。不審者。
「不審だぞお前。人の部屋の前で。通報されたいか」
「えー?僕が不審者になってるのは、僕のせいじゃないですよね!?部屋にいなかった君が悪いよね?そのせいで僕が部屋の前で待ってたんだから!?」
酷い言いがかりだ。俺に外に出るなとでも言いたいのかこいつは
丸山 裕平。一言で表すと馬鹿という言葉が最も似合う男
「変態菌が部屋の中に侵入するからそこをどけ変態」
「そんな菌持ってませんからね?!」
言いつつも扉の前から離れている辺り聞き分けはいいのか、鍵を開けながら問いかける
「用は何だ?」
「いやぁさぁ?ほら新しい人間が来たって聞いてさ、一緒に見に行かないかなぁって」
「そんな話初めて聞いたな」
「で、どう?興味ある?」
人の顔をジロジロのぞき込みながら聞いてくる
まぁ、暇つぶしにはなるか。どうせ今日は夜まですることも無い
「あぁ、いいよ」
「そうこなくっちゃな。流石瑞希。」
陽菜を部屋に待たせて裕平に付いていく
「で、何処に行こうとしてるんだ」
「何処ってそりゃああそこだわ。えーっとな待ってろ」
必死に思い出そうとしているらしい、仕草で伝わってくるが大丈夫かこいつ
「あー思い出した」
やはり今まで忘れていたらしい
「今なら瑠璃のやつに案内されてるはずなんだよ施設を」
「案内ということはあちこちぐるぐるしているというじゃないのか?で、宛はあるのか?」
「ない!」
そんな堂々と答えることでもないだろ…
「出発は所長室だな?多分」
「多分ねー」
新規の人間は必ずと言っていいほど先ずは所長室で大まかなルールや決まり事なんかを教えこまれる。で、そこから案内の者が一人ついて施設を案内されるという形なのだが現在の時刻は3時12分
「多分3時から案内は始まるよな。なら今はトレーニングルーム辺りか?」
「時間的に多分そうだ。そこだよ!」
トレーニングルームへと移動する。まぁ、体が鈍らないように適度に運動する部屋だ。
そのままだな。
丁度瑠璃がいた。その横にはまだまだ年端もいかないであろう少女
「おいっす。瑠璃ちゃん!」
裕平が元気に挨拶する。その元気他のことに使えよ
瑠璃も俺たちに気付きこちらを向く
「お、裕平と瑞希じゃん珍しくトレーニング?って瑞希はともかく裕平はないか。漏れないようにしてたんだけと大方この娘が目当てって感じかな」
瑠璃は、彼女と並ぶと少し小さいくらいの少女の頭をポンポンと軽く叩く
「ま、そういうところだね」
隠しもせずニヤニヤしながら裕平が言う。
女だと知っていたから来たのか、とりあえず来たのか判断に迷うな
そしてそのまま隣でおどおどしている少女に視線を向ける
「君可愛いねぇ、何歳?何処から来たの?名前は?教えて欲しいなぁ?」
直球過ぎる言葉。
「え、あの、その…」
更におどおどする少女。見てられんな
「質問は一つずつにしてやれ困っているだろう」
「そうだね。じゃあ名前からいこうか、名前は?」
「晴香、15歳です。」
という事は俺と同じくらいか
「へー。いい名前だね。僕は丸山 裕平。よろしくね」
にやにやしながら自己紹介をする裕平
その気持ち悪い笑を辞めろ
2人が話しているのを傍から見ている俺。何をしに来たんだろうな
「瑞希もしゃべんなくていいのー?」
何も喋らない俺を見てか瑠璃が裕平のようなにやにや顔で話しかけてきた
「俺は裕平に付いてきただけだしな」
「あら、そうなの」
「ま、新しい人間の顔を見に来たというのもあるけど」
「なぁるほど。それで零亜姫様は元気?」
「さぁね。俺よりお前の方が詳しいんじゃないか?」
「いやいや、私は蚊帳の外ですよっと。それに最近忙しくてさ、今この案内ですらちょっとした休憩なんだよね」
「上の怒りでも買ったか?」
「さぁね。分からないけど急に忙しくなったんだよね私のとこ。何か厄介な事起こらないといいけど」
憂う瑠璃の顔は真剣だ。目にも隈が出来ている。心の隅にでも留めておくか。
また、所長にでもそれとなく自然に聞いてみても良さそうだな。何故忙しいのか
「あ、あの、あちらの方は?」
「あーあいつはね。コードネーム変態仮面で名前は瑞希。変態だから晴香ちゃん近付いちゃだめだよ?!」
色々と今後のことを纏めていると裕平と話していた少女が俺の事を質問したらしい。
「へ、変態仮面?!」
驚いた表示でそう口にする晴香。真に受けるなよ
「いや、真に受けるなよ…違うからな?」
一応訂正しておく。
「え、そうなんですか?変態仮面さんじゃないんですか?」
「断じて違う。そいつの話は話半分で聞いていればいい」
一応訂正しておこう。変なイメージを持たれても困る。
「騙されちゃだめだ!晴香ちゃん!あいつはあぁやってマトモなフリをして油断した晴香ちゃんを襲うつもりなんだ!」
身振り手振りで裕平が根も葉もない事を言う
「そうなんですか?とてもそんな風には見えませんけど」
そうだ。君の目は正しい。
「それが、あの変態仮面のやり口さ。あんな可愛い顔してやる事はゲスいんだよあいつは。それで今まで男女問わず何人の人間が犠牲にあってきたか…もう僕は覚えていないよ」
「そ、そうなんですか!」
「そうだったの?瑞希?」
瑠璃まで何をやっているんだか
「それだけじゃないんだ!あいつは!あいつは!」
「な、何なんですか」
「…」
訪れる沈黙。あいつは何なんだよ
早く喋れよ。
勿体ぶるように口をゆっくりと開き始めた
「あいつはな……変態仮面の名に恥じないように夜な夜な妹のパンツを盗み頭に被って寝ているんだ…」
よくこんな出任せ出てくるなこいつも
「ま、というつまらない話だ。悪かったな裕平の話に付き合わせて」
終わろう。こんな話題は
「…まじ?流石に引くわ…瑞希…」
瑠璃に汚物を見るような視線を向けられる
いや、冗談だろ?その視線?何で俺が変態みたいな流れになってんの
「いや、裕平の作り話だ。引くなよ…」
「行こ、晴香。こんな変態と話してられないよ」
何の言い訳もする暇なく2人は行ってしまった。演技とか何かだよな?明日になれば普段通りだよな?
「おいどうすんだよこれ…」
呟くと裕平は信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
「…瑞希?」
「なんだよ」
裕平は俺の両肩に両手を置くと俺の目を真っ直ぐ見据えながら口を開く
「僕だけはお前の味方だからな…でもな?流石に妹のパンツを被るのは辞めろ」
俺の右拳にグニョッとした感覚が伝わると同時に裕平の身体は宙を舞った
「あ、わりぃ。手が滑ったわ」
「ちょっ!!!え?何で?!何で殴ったの?!!」
床に寝転びながら馬鹿が抗議してくる
「自分の胸に手を当てて考えろ」
こいつとこれ以上いるのも癪だ。先に戻ろう。
とその前にあそこに行こうか
「失ったものは戻らない…か」
組織の敷地内にあるお墓の前で手を合わせる。追悼する。したところで何も帰っては来ない。分かっている、結局のところこんなもの残された側の自己満足なのだ。
通夜も葬式も法事も全て生きている人間のためになされるのだ。死人に口はない。何のためにやるのか俺にはよく分からないけど俺は死者の魂とかそういうの信じないから。結局死後も安らかにいてほしい。そう願うのは死人ではなく俺たち。だから俺たちのために行われる。こうしたから死んだ人は安らかに過ごせている、そう信じるために。盲信でもそれはそれで十分なのだ。本当に安らかなのかなんていう思考は放棄して盲信する。だって死後も安らかに眠れないなんてさ、あまりに救いがないじゃないか。それに
「俺耐えられないからさ…」
お前はもう安らかに過ごしてる。そう思わないと俺はお前を殺した俺を許せなくなるんだ。その事実から目を背けないと重過ぎて耐えられなくなるんだ。
しゃがみこんで墓石を撫でる。涙が零れる拭っても拭っても次から次に出てくる。それはまるで止まることを知らない。
「…もう泣かないって約束したのにな…また言ってくれよ。もう泣くな男の子でしょって…」
惜しい女を亡くした。初めて親しい人物を亡くした。ここにきて右も左も分からなかった俺たちに丁寧に接してくれたのは忘れない。そんな中で俺は恋慕に似た感情をあいつに抱いていた。俺より年上の女。
「例え仕事だしても助かったよ。ありがとう。だから俺は今もここにいる。ここにいられる。」
あのまま誰にも手を差し伸べてもらえなかったら俺と零亜はとっくに死んでいたかもしれない。
「そうだ。俺進学したんだ。今日はその報告にきた。やっとお前に追いついたなって感じ。背ももうお前のこと抜かしてるかな?」
返事はもちろん無い。分かってる
『大きくなったね』
でもそう聞こえた気がした。ついに願望で幻聴も聞こえるようになったか。でもいい。今はその幻聴に酔っていたい
「うん」
今までたくさんのものを無くしてきた。亡くしてきた。またやり直したい。あの時あぁしていれば…後悔は先に出来ない。いつも終ってから後悔するのだ。だから時間が巻戻ればいいとそう思っていた。それと
「こんな世界否定したくて仕方がなかった。ずっと…ずっと…」
何も失わずただ幸せを誰もが享受できるそんな世界をいつも夢想していた。みんなには夢物語だと笑われた。でもお前だけは本気でその夢を応援してくれた。
でもね。無理だって分かってるんだそんな子供の夢。叶うはずがないって。失ってからでは遅い。ならば初めから失わないようにしたい。そう。俺はそのための力を得たよ。でももう失ったものまでは戻らない。お前までは返ってこないんだな。
「お前が見てる俺は今どんな顔してるかな。」
間抜けな面をしていなければいいが。
出来ることなら時間を巻き戻したい。あの頃の俺を止めればお前は死なずにすんだ。もう時間なんて進んで欲しくないんだ。でも進む。無慈悲な程に時は止まらない。
「また、墓参りですか。瑞希さん。」
「だとしたらどうしたのだ。神父。」
「神父ですが名前で呼んでほしいんですね。ベルリーチェという名前があるのですが」
苦笑いを浮かべる神父。年は俺とそう変わらない
「いや、神父の方が呼びやすいし。」
「ベルと愛称で構いませんよ。」
「いや、神父。」
しばしの沈黙
「貴方は彼女を愛していたのですか?瑞希さん。」
「どうだろうな。多分愛していたんじゃないかな」
「それは人間として、一人の女性として?」
「両方だと思う。」
「死した人間は戻りません。」
「分かってる」
「彼女に会いたいですか?」
「会いたい。そして謝りたい。それから礼を言いたい。」
「慕っていたのですね彼女を」
「どうだろうな。」
何となく話しているだけだ。本当に。どうしようもない現実から目を背けるように
「では、私はこれで。瑞希さん、貴方に加護があらんことを」
「あぁ。」




