実験
「なぁ、陽菜」
「どうしましたか?」
「いや、聞きたいことがあってな」
「何でしょう」
「神が直接人に対してあれやこれやとすることってありえるのか?」
神父の話を聞いてずっと引っかかっていた。
「それは貴方が一番知っているんじゃないですか?瑞希さん。その質問に答えるなら、私はないと思います、としか答えられません。少なくとも私は聞いたことはありません」
「…そうか。ありがとな。」
陽菜は中断していた洗濯物の処理に再度取り掛かった。
「難しい顔してどうしたんですか?」
呑気な顔で夏海が聞いてくる。
「お前には関係な…」
言いかけて気付く。
「いや、あるかもな。」
だが、まだ答えを出すには早すぎるな。
「何がですか?」
「お前が蘇生した原因分かるかもな。という事だ」
俺の考えが正しければこいつを無闇に殺して蘇生するかなどを確認するのは辞めた方がいい。もう蘇生しない可能性も大いにありえる。
「ほんとですか?」
「まだ確定した訳じゃないがな。」
とは言え、誰がこんな大技を、という疑問はある。
その時ポケットに突っ込んでいる俺の端末が震えた。
怖いくらいにタイミングがいいのかもしれない。
取り出し画面を付ける。
「ターゲットを始末しろ」
それだけの文面と資料が送られてきていた。
だがナイスタイミングだ。
「悪い。出てくる。帰りはいつになるか分からん。先に寝てろ。」
それだけ言い手短に準備をして外に出る。
場所はとある廃墟。最近組織を嗅ぎ回っている人間がいるから始末せよとのこと。偽の取引情報を流してそいつを炙り出しているそうだ。
「まぁどれだけ情報の遮断をしても何処かから流れるわな」
呟く。俺が女を匿っているのを所長が知っていたように。最悪奴は陽菜がスパイということも知っていて組織に引き込んだ可能性もある。何の考えがあるのかはしらないが。
敵に回したくないな。
っと、一番奥の部屋から考え事をしながら通路を見張っていたら間抜けなことにそいつは来た。
「…」
なんともいえない。俺はそいつを知っていた。山城だ。
いつだか一緒に仕事をした人間。
向こうも慎重に辺りを見回している。
だがブレイカーからすればバレバレだ。全く隠れられていない。
一瞬こんな間抜けな女を殺すことに抵抗を覚えたがそれも一瞬。仕事なら仕方が無い。奴が偽情報を掴まされ落胆し帰ろうと階段を降り始めた時、俺も部屋から出て奴に向け疾走する。徒歩と疾走。当たり前だが俺が余裕で追いついた。後頭部に銃口を突きつける。
「…東條君?」
震える声でそう訊ねてきた。何故分かった。とりあえず下手に発言しないでおこう。
「…初めて出会った時から少しおかしいなと感じていました。あんな凶悪犯罪に貴方のような若い方が来られるのかと」
俺が黙っていても山城は続ける。
「失礼ですが、個人的にですが少し調べさせていただきました。覚えていますか?彼女のこと。優美さんのことです。彼女のお母さんから私以外に他に誰かがきたら連絡して欲しいとお願いしていたんです。そうしたら貴方によく似た容姿の人が優美さんの友人と共に来た。と、そんな時彼女達二人について情報が入ってきました。優美さんは生きていた。その友人も生きていた。しかも二人ともきれいさっぱり記憶を改竄された状態で」
良かれと思ってしたことが裏目に出たか。二人とも殺しておけばよかった。慣れないことはするものじゃないな。
「とりあえずそれを下ろしてはもらえませんか?」
まだ話し合いができると思い込んでいるのかは分からないがそんなことを言っている。
「悪いがあんたの始末が俺の仕事でね。生きて返すわけにはいかんのさ」
「…それは構いませんが、私の仲間が黙ってはいませんよ?」
だが、それは意味のない話だ。
「残念だが黙ることになる。俺の上にいる人間はそれだけ力がある。ただの人間が嗅ぎ回ったのが馬鹿だったな」
こんな女一人の死因などどうとでもなる。
「…笑えない冗談ですね。正義の執行者が反社会勢力と裏では繋がっているなど」
「お前が何を考えているのかは知らないが、俺たちはそんなやましいことをしているつもりはない。」
俺たちもこの世界を潰すような目的で動いているわけじゃない。
「殺しを正当化するんですか?」
「お前の様な馬鹿につける薬はないからな。馬鹿は死ななければ治らん。何も嗅ぎ回らず生きていればこんなところで死ぬこともなかったろうに」
「何を言っているんですか?お縄につくのは貴方ですよ。東條さん。私がこんなところへ一人で来たとでも思っているのですか?」
理解不能だな。
「お前こそ何を言ってる?そいつらなら既にお家に帰ったよ」
「…鎌掛けですか?」
「いや、本当だ。仲間に呼びかけてみるといい」
俺たちが何もせずにここにいたと思っているのだろうか。
「その間に殺すつもりですか?」
「殺すならとうの昔に殺している。」
山城は警戒しながらも端末を取り出すと連絡を始める。
「無駄だ」
と見せかけて俺の腕を叩こうとしたのだろうが遅い。
「な?!」
「蟻でも殺すつもりか?」
その腕を左手で取る。
「諦めろ。お前では無理だ。最後に聞くが本当に個人で嗅ぎ回っていたのか?」
その顔に恐怖が浮かぶ。必死に振りほどこうとしているがびくともしない。
「だ、誰か!誰か!助けて、私はこんなところで死にたくない!」
「次はこんなところで死なぬよう頑張りなよ」
もう1度胸部に銃口を突きつける。
「ひっ…」
その瞳には涙。
何も見ず何も考えずいつもの通り目の前の人間の人生に幕を下ろす
目の前にはいつもと同じように人間だった肉塊が落ちている。
「さて。試してみるか。借りるぞ相棒」
別世界にいる相棒、暗黒神グリゴリアに声をかける
『我の許可など不要。汝と我は初めからそういう決まりの下契約を交わした。』
「ありがとうな。」
黒虚を出現させる。
それを通じて黒暗に積もった黒雪を幻に変化させ自分の体に流す。
「ぐっ!」
全身が痛い。両目から血が滴る。当然だ。この身に余る大量の幻を扱おうとしているのだ。どんなものでも摂りすぎれば毒となるように幻もまた使用者の肉体や魂を蝕む。
焼き切れそうな意識を何とか保ち肉塊に刀を向けるとそれを胸の部分に突き刺す。刀を通して俺の中の幻を死体に流す。あとはただ
「蘇生せよ」
成功する自分だけをイメージする。こいつを蘇生させる。数秒後には蘇生して動き回るこいつだけをイメージする。あとは何も考えない。俺なら成功させられる。成功例があるのだ。確かに成功例を目の前で見た。見知らぬ誰かに出来て俺にできないわけが無い。
視界が血で真っ赤に染まる。
「はぁ…はぁ…」
数分それを行ったが
「…」
蘇生などしなかった。
全身に吹き出した汗のせいで体にまとわりつく衣服や髪の毛が鬱陶しい
幻の質に問題はなかった。量にも問題はなかった。イメージにも問題がなかった。俺はただ成功する自分だけをイメージしてあとは何も考えなかった。それなのにこのザマだ。
「結局俺には無理なのかな…」
試して分かった。無理だ。どれだけ手を伸ばしても届かぬものがある。そういう訳だ。悔しいが俺にはできない。
顔を伝う血を拭い肉塊を見る。俺が与えた傷は完治しているが動き出しそうもない。一応脈や生死確認を行ってみるがやはり死んでいる。
「…」
部下を呼び出し死体を持ち帰らせた。
瑠璃の奴なら死体からでも問題なく情報を引き出せるだろう。ならば個人で嗅ぎ回っていたのか組織で嗅ぎ回っていたのか難なく分かるはずだ。
どちらにせよ、情報が公になることなどあり得ないだろう。




