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夢想の瑞希  作者: 木崎 しの
陽菜編
34/66

二つの善意

このパートは短めです。

一時間目の始まる、その一時間前に来ていた。朝練の連中がボチボチ登校してくるくらいの時間。何かアクションが起こるならこの時間帯だと踏んだのだが。


「ちっ…」


既に起こされていた。俺より前にここに来ていたのか。


「前と同じ紙だな。芸がないな。」


紙を剥がしていく。

1-8組まで全部剥がし終えた。貼った奴もご苦労なもんだな。これで今日の嫌がらせはご破算だ。



「瑞希さん朝、部屋のドア蹴ってもなかなか出てこないと思ったら早く来てたんですね。」


のんびりとあくびしながら登校してきた零亜に話しかけられる。


「張り紙を剥がして回ってんだよ。あとドアを蹴るな。」


壊れたらどうするのだ。


「優しいですね。あんな女のために」


こいつにとって本心なのかは分からないが陽菜はそれだけの存在らしい。


「…何にせよあんなもん放っておけんだろう。」


だが俺にとっての陽菜はもう無視できない存在だ。


「止まればいいですね。」


「お前の口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかったよ」


意外だった。一応彼女は可能なりに陽菜のことを心配しているらしい。


「そうですか?私優しいですよ。あんなのでもいないとそれはそれで寂しいですから」


「意外といいところあるんだなお前にも」


予鈴が鳴り響く。


「お前も席戻った方がいいんじゃないかそろそろ」


「そうですね」



昼休み


「ほっほっ」


くるくると観覧車のように空を舞うパンたち。


「わぁ!すごい!」


竜馬は何故かコンビニのパンでお手玉をしている。そしてそれをキャッキャしながら観ている零亜。相変わらず呑気なやつらだな。

いあ、そんなことより。


「何も無かったか?陽菜」


昨日の今日だ。また何かあったかもしれない。


「…はい」


「本当にか?」


陽菜は俺に迷惑をかけることが嫌だと思っているのかもしれない。だからあまりこの言葉は信頼できないか。


「はい」


再度の確認にもそう答えるが


「いや、瑞希あったよ。」


歯切れの悪い陽菜に代わって唯が答える。


「机に落書きされてたよ。」


「…悪いそっちは俺も見落としてたな。」


教室の黒板と後ろの掲示板しか見ていなかった。


「というより陽菜の席はどれだ。俺は知らん」


「左から2列目後ろから2番目」


唯が答えてくれる。


「明日からは点検しよう。ところで何て書いてあったか覚えてるか?」


「馬鹿とか死ねとか学校来るなとかそんな感じだ。卑劣な奴らだ」


組織からの任務に対しても、いつも不満を漏らしているくらい正義感の強い唯のことだ。人一倍今回の件は許容できないのかもしれない。


「なるほどな。」


「何故そんな事を聞いたのだ」


「内容で大方主犯の目星が付けられないかなと思っただけだ」


その時、黙っていた陽菜が口を開く。


「あの、もういいです。…これ以上瑞希さん達の手を煩わせたくありません」


「私が我慢しますから、か?あのな陽菜。俺も変な噂流されて困ってんだ。お前だけのためじゃない。思い上がるのも大概にしろ」


本当は自分のことなんてどうでもいいのだがこう強く言えばもう何も言ってこないだろう。




二日目も結局成果は上がらなかった。



「陽菜。迎えに来たぞ。っと何してんだお前。」


迎えに来ると顔を洗っている陽菜に遭遇した。


「いえ、何も」


「何かあったにきまってんだろ。」


周りからクスクスと不快な笑い声が聞こえる。昨日は不快な視線は少しだったのに明らかに増えている。

陽菜の髪の毛の先にヌメリとしたものが付いているのが伺えた。指で触るとプルプルしている。


「…卵か?これ」


二日目にして卵を投げられたか。これからどうなるかだな。


「とりあえず今日のところは帰ろう。」





任務の帰り、早朝に近い深夜のうちに学校にきた。いちいち部屋に戻るのも面倒だったから。

勿論普通は鍵なんて空いていないが、昼間に鍵を開けておいた場所から侵入する、美術室。

そこを抜けて教室へ向かう。

目指すは1組。


「なっ…」


既に貼り紙が貼られていた。しかも今度は


『優等生!援助交際か!おじさんとラブホテルへ!』


という後ろ姿の収められた写真付きのもの。昨日はちゃんと部屋まで送り届けた。この騒動が始まる前は唯が一緒に帰っていたはずだ。あんなもの撮られる訳がない。


「悪質過ぎるな」


上の子窓から中へ入り紙を剥がす。


「にしてもこんな時間に来ても貼ってあるって事は放課後からこの時間の間に貼っているのか…?」


ならば放課後はここに隠れていないといけないな。持ってきたライトをつけ、室内を照らす。えーっと陽菜の席はあった。


「ひでぇなこの落書き」


何も消すものを持ってきていないことに気付いた。


「悪いな」


こっちは諦めることにする。それに一応考えもある。


「おしっと」


部屋の角に恋夜から買い取った超小型カメラを取り付ける。画質はいいとは言えないが何とか教室分取るには問題ないだろう。


子窓から抜け出るとそのまま去る。続きは日が登ってからだ。


いつかと同じように屋上へ向かう。こちらの鍵は初めからないらしい。


「ふぅ…」


冷たい夜風が俺の肌を撫でる。

心地よい風だ。


「気持ちいい。」


フェンスに背を預け座り込むと内ポケットからライターと煙草を取り出す。勿論瑠璃が作成した特殊のもの。おまけに体にもいい。


「ふぅ…」


これを吸えばどんなにイライラしても薄れる。吐いた白い煙は夜空へと消えていく。


「よいしょ」


吸い終わると吸殻は燃やして消し屋上の床に寝転がる。少しひんやりしていて気持ちいい。っととその前に

持っていたリュックから制服を取り出しそれに着替える。着ていた仕事着は入れ替えで中へ。




「さてと」


夜が開けた。久しぶりに一人で過ごす夜は良いものだった。


「剥がしにいきますかね。」




全クラス剥がし終わると自分の教室へ向かう。


それでも誰かが新しい噂を流したらしい。微妙に耳に入ってくる。陽菜が淫婦だの娼婦だの。聞いていていい思いはしない。


昼休みには昨日と同じように陽菜を呼び出した。

落書きは唯が消してくれたらしい。俺の案は使えなくなったが、これはこれで何とかなるかもしれない。


「悪いな。」


「いや、陽菜は友達だ。当然だろう」


「でも、唯さんにまで害が及んだら…」


唯がこの程度で凹むような奴には見えないが。


「その時はまたその時で考えればいいさ。陽菜お前は自分の心配をするといい。それに、もう誰が主犯格なのかはだいたい分かっている。そろそろこれも終わるさ」


「流石だな瑞希ちゃん。仕事早いねぇ」


竜馬がメロンパンをかじりながら話しかけてきた。


「陽菜に恨みを持ってそうな奴を順に調べてみただけだ。」


結局のところ犯人が分からねば、どうもしようがない。


「で、それは誰なんだ?にしてもよく絞り込めたな。1-4組のやつはだいたい候補に上がるんじゃないのか」


「皆川 里穂。中間テスト第2位の女だ。陽菜に5点差で負けていた。今のところ陽菜に恨みがあるのはそいつだけだろう。逆恨みもいいところだが。」


順位表を見てふと思い至った事だ。

俺が言うのもなんだが陽菜はよく出来た人間だ。普通に接していて気分が悪くなることもないし。物腰は丁寧。誰にでも優しく逆恨みでもなければ恨むことなど難しいくらい。だが、綺麗だがらこそ歪んだ感情を持ってしまうのかもしれない。


「3位かもしれないぞ?もしかして4位かも」


「まぁ、それは、それはそうだが」


「瑞希ちゃんらしくないな。」


「いや、二位だと思ったのは今のところ嫌がらせを受けているのは陽菜だけだからな。陽菜を落とせば二位のそいつは自動的に次の期末は1位になれる、今のままの学力関係ならという前提だが。結局順位の入れ替えなど、他人を引きずり下ろすのが手っ取り早いからな。」


「いえ、瑞希さん。皆川さんはむしろ私を庇ってくれました。ずっと初日から庇ってくれましたよ」


意外にも反論したのは陽菜だ。


「そのせいか。彼女にまで嫌がらせが…」


演技だろう。庇い自分も被害を被ることにより候補から外れる。悪い奴の常套句だな。陽菜は人が良すぎる。


「そ、そうか。なら違うな」


とりあえず形だけは否定しておくが。警戒しておいて損は無い。だが、目星もいくつか付けておいた方がいいか。竜馬の言ったように三位四位も。


「で、陽菜、お前は誰が主犯格だと思う」


「分かりません。皆さん団結して私に嫌がらせしてるみたいですから。」


「やっぱ、あいつらじゃねぇの。陽菜ちゃんが誘いを断ったっていう。」


竜馬が口を挟んでくる。


「一応そちらも頭に入れておこう。」


チャイムが鳴った。予鈴だ。今日も大した収穫はなかった。





その音が聞こえたのは5時間目と6時間目の間。その液晶に表示されてい名前は唯。


「俺だ。唯か。どうした」


嫌な予感がする。


「早く来て。」


それだけ言うとぶつ切りだ。

強引に端末をポケットにねじ込み1組の方へ走る。


「どこ行くんだよ瑞希ちゃん。次お前移動教室だろ」


「大きい方だよ。帰らなかったら、間に合わなかったら誤魔化しといてくれ」


言ってから思い出した。あいつとはクラスが違うことに。





嫌な予感は的中した。

教室に陽菜がいない。


「何だよこれ」


「連絡遅れてごめん。今保健室にいるから早く行ってたげて」


廊下で俺を待っていのた唯が何処にいるかを教えてくれる。


「あぁ。」


何があったのか分からないが走り出そうとした時、誰かに袖を掴まれた。


「東條君ですよね?」


「あなたは…」


「皆川です」


振り向くと2位だ。


「ごめんなさい。止められなくて。重森さん泣いてたから、早く行って傍にいてあげてください」


白々しいなこいつ。無性に腹が立つ。


「分かりました」


意味がわからないがとりあえず保健室の方へ走る





「陽菜」


扉を開けながら声を張り上げる。

中には寝かされた陽菜と傍には保険医。


「貴方は?」


「そいつの友達です」


保険医の意味の無い質問に乱暴に答えながら近くによる。


「なにがあったんですか?」


「教室に蛇が入ってきたらしくそれを逃がそうとしたところ、噛まれて倒れたと聞いています。毒はないそうなので命に別状はありません。」


「そうですか」


んな話を真面目に信じているのか知らないが有り得ない。陽菜は蛇を触れない。恐らく無理やりさせたのだろう。


「あ、瑞希さん…」


そこで陽菜は目覚めたらしい


「大丈夫か?噛まれたところ見せてみろ」


「はい」


右腕を差し出してきた。その右腕を観察する。確かに咬まれた跡がある、が特にそれ以上はない辺り確かに毒はないのかもしれない。一応幻を流すがそれらしい異物はない。大丈夫だ。


だが、このまま嫌がらせがどんどんエスカレートすればどうなるか分からない。


チャイムが鳴った。授業は始まるだろう。


「私は、大丈夫ですから。授業に戻ってください」


そう微笑んでくるが元気がない。


「そうよ。貴方は授業に戻るべきよ。重森さんは私が見ておくから。」


保険医にも言われる。


「はい。」


大人しく下がろう。それに俺がいても何が出来る訳でも無い。




「陽菜。大丈夫か、」


放課後、保健室まで迎えに来る。保険医はいない。任せろと言ってそれかよ。悪態を付きたくなるがまぁいい。


「その鞄どうした?」


先はなかったはずの陽菜のそれがあった。


「皆川さんが持ってきてくださいました」


「…貸せ。何が入ってるか分からん。」


有無を言わせずひったくり中を改める。が何も無い。


「まだ疑っているんですか?」


「当たり前だろ。お前こそ目を覚ませ。あいつがお前を庇って何かメリットがあんのか」


無償の善意なんて信じられるわけがないだろう。


「でも、それは瑞希さんも言えますよね」


「俺は別だ。自分のために動いてるだけだと言った。もう忘れたのか?あいつが主犯だ。」


俺と陽菜は長い付き合いだ。平時であれば彼女もそれを考慮する。嫌がらせで精神的に来ているのか正常な判断ができていないな。


「悪く言わないでください。瑞希さんでも許しませんよ」


珍しく陽菜が反論してきた。


「分かったよ。悪かった。もう帰ろう」


望み通りの解釈をし過ぎだ。今は相当気が滅入っているのかもしれない。


「はい。」

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