出会いの日
今回は瑞希と陽菜の出会いの物語です。
夢を見ました。あの日のことです。私たちが初めて出会った日のこと。
初めはその人が嫌いでした。監視対象に選ばれたのだ悪い人に決まっているそう思っていたから。ですが任務です。何とか近くにいなければなりません。ですが機会はなかなか訪れなかった。そんな時ある日彼を隊長とした任務に参加できることになりました。
とある戦場。仲間のもの、敵のもの。悲鳴が入り交じっていました。普通の人間である仲間はどんどん死んでいきます。敵は銃器を用いて私たちの身体をいとも簡単に貫いてくる。
「あんなもん、どうすりゃいいんだよ…楽な仕事だと聞いたのに!」
私の近くにいた男性がそう叫んだあと、頭が木っ端微塵になりました。先程まで喋っていたのに数秒後にはもの言わぬ肉塊と成り果てる。それを見て私は理解しました。これが命のやり取りなんだと。
必死に走りました。死なないように。たまに応戦しながら戦場を駆け抜けました。そんな中彼だけは敵陣をほぼ単騎で殲滅していきます。このまま終わればいい。終わるだろう。終わるまで遮蔽物の陰に隠れていよう。そう思いました。
「危ない!」
その彼をライフルで狙っている人がいました。気付いた私はそう叫んでいました。
私は諜報員。情報を集めるのは得意な方でそれは戦場でも同じ。鷹の目のように戦場を見られどこに誰がいて何をしてくるのかは人よりは分かりました。その情報を自分で役に立てることは殆どありませんでしたが
当の狙われた本人は私の声が届いていないのか、涼しい顔をして鬼神の如く殺し続けます。
ついに発砲音。確認もせず、直感であの人も死んだんだなと思いました。
ですが戦場にコダマする悲鳴は先ほどと変わりません。
おかしいと思い少し顔を覗かせていると彼はまだ地を這う蛇のように戦場を移動しています。驚いたのはさっきのライフルの男が逆に死んでいたことでした。私はその時初めてその存在を知りました。
「あ、悪魔だ!逃げろ!」
敵陣の一人がそう叫びましたがその数瞬、後恐ろしく正確なヘッドショットによってその命を散らしていました。そう。彼は悪魔。文字通りの悪魔。そう思いました。戦争とはいえ人を殺すことに何のためらいもない。生まれてきたこと自体が間違いの
「…悪魔」
彼が300いたはずの敵陣を殲滅するのにかかった時間はものの数分。それだけで乾いていたはずの土地は潤いを取り戻していました。赤の水で。対する私たちの被害も少なくなく、100いたはずなのに10人以下になっていました。こんな結果になるなら彼一人で良かったのではないかとも思います。
「お前、誰だ?」
戦闘終了後、黒の長刀に付着した血を振り落としながら、何食わぬ顔で自然体で戻ってきた彼がまず初めに呟いたのはその台詞。
私達は生き残った人達と顔を見合わせました。皆一様に意味がわからないと言った風な表情をしていた。
「何を意味がわからないみたいな顔をしている。お前だ。」
彼が抜き身の長刀の切っ先で一人の兵士を示しました。それは一人の私と歳も変わらないくらいの少女。
「意味が分かりません。」
少女は本当に意味が分からない、そんな風に聞き返します。
「俺が預かった部隊にお前はいない。何か弁明はあるか?」
「わ、私は、誇りあるこの部隊の人間です!ふざけないで!」
「ならば、誰か、この女を知っている者はいるか?」
彼が私達に質問しますが誰も反応を示しません。
「だ、そうだが?」
「わ、私を知っている者が死んでしまっただけです!」
「仮にそうだとしてもお前はやはりこの部隊にいない。」
彼はどこからか紙を取り出しました。
「俺が預かった部隊メンバー全員分の顔写真と名前がここにリストアップされている。お前の名前を言ってみろ」
「…ミカエル」
絞り出すような少女の声。それは見ているこっちの胸まで痛くなりそうなものだった。
「そんな名前はない。大方制服を死体から拝借したというところなのだろう。別にそこまでして生きたかった奴を問答無用で殺しはしないし、責めているわけではない。これ以上何か弁明はあるか?と問うほど暇でもない。後で聞くことにしよう」
彼が長刀の柄で少女の頭を殴ると一瞬で彼女は昏倒しました。
「戻るぞ。誰かそれを運べ。」
「は、はい。」
大柄な男がそれに従います。皆も歩き去る彼に追従します。
「っぅ…」
私は自分の足が負傷していることに不思議なことですが今気付きました。
「お前は確か…陽菜とか、いったな。」
いつの間にか彼が目の前に立っていました
「歩けないのか?」
「歩けます」
が、立ち上がろうとするも直ぐに倒れてしまう。
「無理するな。余計痛めるぞ」
彼は私をその小さな背中でおぶります
今まで嫌いだったその背中は意外と広く私に安心感を与えました。
目を覚ますと医務室にいました。
「っ…」
まだ足が痛みました。周りを見回すと先の戦いで傷付いた人が同じようにいました。中にはミカエルという少女もいました。彼女は手足を拘束されていましたが。
その時扉が開かれました。
「目覚めたか。傷の方はどうだ」
入室してきたのは彼でした。
「まだ少し痛みます。」
「悪い報せだがお前はもうその足では当分仕事が出来ない。処分されることになった。」
「…そうですか」
つまり殺されるということだ。分かっていたことだ。彼の見張りは違う人間がするだろう。私は職務を全うして死ぬのだ。
「と、言いに来たのだが使用人が欲しくてな、お前興味はないか?足がマシになるまでは洗濯物を畳むくらいでいい。」
「はい。興味あります」
またとないチャンスだと思いました。彼の傍にいられるというのは危険でもあると思いますが情報を得るには一番効率的ですから、私は肯きました。
「そうか。話は後で通しておく。歩けるか?」
「歩けます…っ…」
うごかそうとすると激しい痛みに襲われます
「仕方ないやつだな」
彼はそういうと私を抱えました。そのまま運ばれます。
その腕の温もりは嘘ではありませんでした。ただ、唯一の本物でした。
そうして私と彼の生活は始まりました。
本当に彼は私に洗濯物を畳むことだけ任せます。初めは上手くできませんでした。
「また、すげぇ出来だなこれ」
なんとも言えないと言ったような苦笑いをする彼
「申し訳ございません」
「いや、構わんさ。誰とて最初から上手く出来るやつなんていない。大事なのはこれからどうするか。だ」
でも叱ることは決してなかった。
ある日聞いたことがあります
「どうして戦うのですか」
「さぁな。俺もわからんさ」
直感ですがはぐらかされたとかではなく本当に分からず戦い続けているのだと理解しました。
「ただ、まぁ理由をいうなら大切なものを守るためかな」
「それは何ですか?」
「この日常」
彼は遠い日を見やるようにそう答えます。
「殺しは好きですか?戦いは好きですか?」
「両方嫌いだよ。誰もが笑えて迫害されない自由な世界が一番いいに決まってる。」
それが本心なのかどうかは分かりませんでした。
その日から私の彼へのイメージは変わりました。
仕事では私情を抜きますが、それ以外では何処にでもいる至って平凡な少年。それが彼でした。私は私でリハビリに一生懸命取り組みました。
「足大分マシになったんだろ?じゃあもう好きにしていいぞ。どこにでも行け」
時間が経ったある日足は歩ける程度には回復しました。それを見た彼からはもう用済みだと言われてしまいました。
「私は貴方のものです。このままお傍に置いて頂けませんか?」
それでは困る。貴方のそばでなくてはいけないのだ。
「奴隷じゃないんだ。好きに生きろ」
呆れたようにそう口にする少年。
「自由に生きています。私は貴方のもとで働きたい」
真正面からその何を映しているのか分からない瞳を覗く。
「なら好きにしろ。丁度使用人は欲しかったところだ。だが何時でも出ていっていいぞ」
「承知しております」
どうにか引き続き傍にいることには成功したようです。
そうして私はどんどん彼にのめり込むようになりました。いつの日かそれは嫌悪から好意へと変わっていきました。
目を覚ますとソファで眠っている瑞希さんが見えました。
「瑞希さん…」
私は…




