何が真実なのか
「…んー」
イライラしてきた。また憂鬱な一日が始まると思えば当然だな。
少し仮眠を取り起きてきた。時刻は6時。体が鉛のように重い。休みたい。休みたい。が動かねばならない。
「お疲れだな。瑞希。ちゃんと休んでんのか?」
「あぁ。一応はな。毎日6時間分くらいは休んでいるはずだ。問題なかろう」
そこにいるのは恋夜。朝からソファに腰を下ろして酒を飲んでいる。中々進まない事件への協力を頼んだのだ。
「で、そいつは大丈夫なのか?」
優美のことだろう。
「心へのダメージ以外は、恐らく大丈夫だな。ま、これが1番厄介なのだが。治しにくいし何処が悪いのかが他人には絶対に分からん」
恋夜が首を横に振ると真面目な顔をした。
「いや、そういう事聞いてんじゃねぇよ。部屋に置いてるみたいだが…信頼してんのか?
裏切らねぇのか?って話。お前いつからそんな脳みそお花畑になった?
しかも一般人。飼育に関しての費用は全額お前持ちだろ。さっさと殺しちまえよ。メリットがねぇ。」
確かにそうだが
「少しでも事件に関する情報が欲しいんだ。今のままじゃいつまでも事件が解決しない」
「飯やるのもおむつ変えるのもお前の仕事だ。別に考えた末の決断なら何も言わねぇよ。だけどよ、お前は変わっちまったんだな。馬鹿になっちまったんだな。そう思って諦めることにする。
がもう一度考えろ。お前は本当に馬鹿になったのか?お前は自分で言った、心は治しにくい。俺も同意だ。むしろそれどころか治らないことの方が多い。そういった心にダメージを負った奴らは何をするか分からん。突然豹変する可能性もある。それでもお前は傍に置くのか?そして仮に置くとしてそれだけのリスクに見合った情報をこいつは吐くのか?」
そういうことか。
「手がかりは一つでも多いほうがいい」
「そうかい。じゃあもう何も言わねぇよ好きにしろやカス。」
「悪いな」
「謝るなよ気持ち悪い。それにお前はこんだけ吐かれてんだ。逆に怒るのが普通だろ」
「あぁ、そうだな。」
丁度果実を剥く時に使った抜き身のナイフがあった。それを手に取る。確かにイライラしてきたな。
「そうだよ。それが正解だ」
恋夜が教えてくれる。俺を正気に戻してくれてありがとう。
それで自分の太腿を刺す。こんなにも腑抜けた自分がムカついてきた。
「馬鹿何やってんだよ!」
恋夜にナイフを取り上げられた
「腹が立ったんだよ。こんな平和ボケした自分に。お前に暴言を吐かせた今の自分に。お前がそうしたくなるくらい、俺は腑抜けた顔をしていたのだろう?」
真正面から恋夜の瞳を捉える。俺は狂ってなどいない。するとバツの悪そうな顔をした。何故そんな顔をするのだ
「悪い。言いすぎた。お前はお前で覚悟を決めたんだな。」
血の付いたナイフを返してきた。
「その傷治したら調査に出よう。」
「あぁ。少し待っていてくれ。それともう一度言うが女を手放すつもりは無い。気に入らないならこの場限りで絶好しよう恋夜に迷惑はかけない。それに俺はお前の感想よりあの女を取る。」
瑠璃に足の治療をさせてから恋夜と共に出てくる。
「あの女は情報を吐かせたら処分する。」
歩きながらになるがそれだけは確かに伝えておく。
「あぁ。それがいい。置いておいても何の価値もない。で、何で今それを」
「あいつが起きていたから。途中くらいから会話の内容は聞かれていたろうよ」
今日何回目になるだろうか。またバツの悪そうな顔をした
「悪かったな気付かなくて。」
「いや、あれはあれでいい結果になったのではないかと思う」
あの会話内容を聞いていれば、あいつも恋夜と喧嘩してまで置くと言った俺に対して信頼のようなものを抱くかもしれない。
「何ていうか変わってないなお前も。安心したよ」
恋夜がそう言う。そうか。俺は変わってなかったのか。
「俺が変われば絶好するか?」
「いいや。絶好はしねぇな。俺お前のこと人間としては好きだし。だから甘々になるお前を見ていられなかった。それだけだ。好きだからこそ変わって欲しくない。変わって欲しくなかった。そうってだけだ」
照れくさそうに笑う恋夜。
「なるほどな。」
「お前も分かるだろ?大切な物には変わって欲しくないって気持ち。分からないか?」
少し考える。が
「さぁな。それはそれで場合によるかもしれない。だが俺はその変化も受け入れたいと思うよ。人は変わらずにはいられないから。終始何も変わらないものなんて機械くらいだろう。」
その言葉を聞いた恋夜は少し寂しそうな顔をした
「そっか…。俺達も結局分かり合えないんだな」
「人間大多数の奴とは完全には分かり合えない。だから価値観の合うやつ、話の合うやつなんてのは大事にするんじゃないか?俺も良くは知らないが。お前とは根本的なところで話は合わないが俺は恋夜のこと好きだよ」
個人的な話だが、ずっと仲良くしていきたいと思っている。ずっとこうやって話していたいと思っている。だけれど同時にそれが無理なことも理解している。だからこそ今こうして話しているこの瞬間を大切にしたい。
「んなくせぇこと言うなよ」
また照れ臭そうな顔をする恋夜。
「いや、伝えられる時に伝えておかないとな。時間は待ってくれないから。俺もお前も今日死んでも何も不思議じゃない。後悔はしたくないからさ…」
「…言われてる身としちゃすげぇムズ痒いんだぜ?」
「そういうもんなのか?」
「あぁ。そんなもんだ。っと着いたみたいだぜ」
どうやら目的地へ着いたらしい。摘発された店舗の一つ。
「すげぇ荒れてんなやっぱり」
恋夜が呟いた通り外見からでも分かる荒らされた後
「山城達が大体捜査した後なんだろうな。中に入ろう」
表には山城の部下らしき人間がいたので、裏手に周り飛んで二階の窓から中へ入る。
「その山城ってのはお前に協力してた奴か」
「そうだよ。結局最後以外あまり役に立たなかったがな」
苦笑しながら返す。
「そう言ってやんなよ。俺らみたいな人間じゃないと小回りの効く動きは出来ないんだろうよ。」
「違いないな」
今までも任務中は付けていたが、今日も念の為恋夜と共に顔を見られないように仮面を付ける。
一通り探したがやはりめぼしいものはない。
「なぁ瑞希、これ予想以上に厄介なのが裏に付いてそうだな。なぁんも見つかんねぇよ。そこらのチンピラじゃここまで掃除出来ないだろうし」
「同感だな。以前出会ったアバルの言っていた組織でも付いているんじゃないか」
「つかそう考えるのが自然だな」
恋夜に振り返りつつ口を開く
「次、当たろ…!」
が途中で動作と言葉を切り直ぐに横へと転がる。完全に避けきれなかったらしく仮面を貫通した刃が頬を切ったらしい。血が滴っている
「今のを避けるなんて」
そう呟くナイフを手に持った小柄な相手。黒のコートを着込んで顔には仮面を付けている。顔が分からない。
「何者だ」
俺の横に立った恋夜が問う。
「答える名なんてない」
再びのナイフ。
「おら!」
それをいなし恋夜はそいつの顔面を殴る
「っ!?」
恋夜の拳はそいつの顔を捉えると何メートルも後方に飛ばす。やがて壁に激突しそのままズルズルと落ち尻餅を付いたような体制になる。 追撃するのは俺。太腿に跨り右手を左足で踏みつけ抑えてから、左手に握るナイフを首元に押し付ける。情報源だ。殺すわけにはいかない。
「吐け」
「教えることなんて何も無い」
だろうな。だがそんなことで納得してはいそうですか。という訳にもいかない
「何処所属だ?」
「答えられない」
敵の手が動く。左手に持ったナイフで俺の死角から攻撃しようとしたのだろう。それを右手で抑える。
左手に握るナイフで腹を刺す。致命傷にはならない位置だ。
「っ!」
「早めに答えた方が楽だぞ?」
「暴力には屈しない…」
「…」
仮面を剥ぐ。
「あっ」
その仮面の下は女だった。まだ年は俺とさほど変わらないと思われる女だった。声の質からしてそうではないかと思っていたが。左手を右足で抑えると上着の内ポケットから端末を取り出し女の顔を撮る。
「俺も女に暴力を振るう趣味なんてない。早く答えろ?所属は何処だ?何のためにここにきた?
顔を知られた以上のこのこ帰るわけにもいくまい?」
「殺せ」
「はぁ…」
手間取りそうだ。何発か殴り気を失わせる。
飽きて煙草を吸っていた恋夜も近寄ってくる
「もう辞めか?」
「持ち帰るんだよ。これ以上こんなところでこんなことやってられっかよ」
さっきから何かが階段を上がってくる音も聞こえる。
何かしらの音が階下のあいつらに聞こえたのかもしれない。
女を空き部屋に放り込み目覚めるまで恋夜と話して待っていた。腹の傷には一応応急処置を施した。恋夜は相手は任せたぜと言って逃げやがった。
「ここは…」
「目覚めたか」
「あなたは…」
目が鋭くなる。もう仮面は外してあるが一目で分かったらしい。
「あんなところで何をしてた?」
「あなた達みたいな犯罪者に答えることは何も無い。殺して」
相変わらず毅然とした態度で俺を睨んでくる。にしても犯罪者か。間違いでもないが。だがこのままでは話は平行線か。そもそも根本的なところで話が食い違っている気がする
「俺は別にあんたを殺したいわけじゃない。あんたがあの場に何をしに来たのか。それを聞きたいだけだ。」
「答えることは何も無い」
「話を変える。あんた俺らのことを何だと思ってる?」
「よくそんな白々しいこと言えるわね…!」
女の顔が怒りに染まった。
「この近辺の誘拐事件全部貴方達のせいでしょ!」
「違うのだが。俺たちはむしろその事件を解決するために追っている」
「嘘よ」
「嘘じゃない。俺達があそこにいたのは事件の手がかりを探すため」
「じゃあ何で私を殴ったのよ」
「お前が襲ってきたからだが?」
「ばーか死ね」
興奮しているのか知らないが話にならない。
「また夜に来る。何か必要なものはあるか?」
「あなた達に頼ることなんて何も無い」
「そうかい。」
「邪魔するぞ」
夜になったのでまた女の部屋を訪れた
「邪魔だと思うなら入ってこないで」
「手厳しいな」
女が座るベッドの傍まで移動して隣に腰を下ろす。が、露骨に距離を開けられる
「何よ」
「いや、座りたかったものでな」
「そこにテーブルと椅子があるんだからそっちでいいでしょ」
「俺ソファくらいふかふかじゃないとお尻痛くなってだめなんだ」
何も答えず女が椅子に移動した。俺もついていく
「何なのよ付いてこないで!気持ち悪い!」
「気持ち、悪い?」
「そうよ。気持ち悪いわよ!」
何だか気分が落ち込んできた。部屋の隅に移動して膝を抱えて座り込む。
「そうか。気持ち悪いか…」
「あ、そのごめん…」
女が謝ってきた。
「いや、俺こそすまなかったな。」
少し顔の引きつったままの女の対面に腰を下ろす。少し落ち着いただろうか。
手に提げていた袋を机に置く
「いるか?」
中身は二つの弁当と一本の水の入ったペットボトル。朝から何も食べていない飲んでいないはずの女。さて釣れるか
「お前が何かしら話してくれるまでここからは出せない。そうだな。このままならお前が出られるのは死んでからとなる。このまま餓死するか?」
女の瞳が迷いに揺れる。
「別に食ったら話せとは言わないからとりあえず食え。」
弁当を女の方へ置いて勧める。コンビニのものだ。
「毒とか入ってないよね?」
「そんなもんで殺すより直接殺した方が早い」
「無理やり話させる薬とか入ってないよね?」
「そんなもん飲ませるなら今ここで無理やり飲ませる」
空腹とは人を狂わせるらしい。女はそのままがっつき始めた
「いい食いっぷりだな。」
「うるさい」
少し恥ずかしそうにする女
「そういえば腹の傷大丈夫か?悪かったな」
「少し痛むけどマシになってきた。自分で心配するくらいなら初めから傷付けるの辞めれば?」
「ご尤もな話だな。で、何か話してくれるか?話せば勿論ちゃんと帰してやる。お前もこんなところで死にたくなんてないだろう?」
「…いいけど私何も知らないわよ」
「それでも構わない」
「昨日突然私宛に荷物が届いた。あそこへ行けば私の大事なものを奪った奴に会えるからと手紙と仮面とナイフが添えられて。」
「信じて向かったと。馬鹿じゃないのか」
「全く、うるさいわね。」
「だって写真も一緒に入ってたから信じたくなるじゃない」
なら話は違うか
「なるほどな。でその場に居合わせたのが俺たちってことか」
女は頷く。如何にもな怪しい格好をしたやつがいたら疑うのも無理はない。
「あなたたちの方に何か情報はないの?私は喋ったじゃない。何でもいい。優美って言うんだけど、私の親友。」
単なる偶然か何なのかは分からないが
「…同じ名前のやつならここで保護しているが」
「ほんと?!」
「お前の言ってる奴と同一人物かは分からんが優美という女を保護はしている」
「会わせて」
「精神が錯乱していてお前のことを覚えていない可能性もある。まだ時間を置いた方が良いと思うが」
「それでもいい。会わせて」
俺の目をじっと見つめて来る女。
答えない方が良かったかと一瞬考えるが過ぎたことだ。
「付いてこい」
「優美…」
案内したのは俺の部屋。陽菜がちゃんと面倒を見てくれていたらしい。その陽菜は隅で色々作業している。
そして連れてきた女が優美に抱きついた。合っていたらしい。俺はベッドに腰掛けて二人のやりとりを見ていた。
「沙弥?」
「そう!」
別に忘れてなどいなかったみたいだ
「探したんだから。優美」
「…」
「早くこんなとこ出ましょ。帰りましょ」
沙弥が優美の手を引くもその手を優美が直ぐに払った
「優、美?」
信じられないものを見るかのような目で沙弥が優美の目を見る。優美の目は濁っていた。そりゃそうだな。
「何処に帰るの。私の帰る場所はここ。もう帰ってる」
優美がそう言う。
「あんた、彼女に何したの!」
物凄い剣幕で沙弥が俺の胸ぐらを掴んできた
「何もしていない」
「なわけないじゃない!だって何もしてなかったらあんな事言うわけがないわ!」
「沙弥」
優美が沙弥と俺の仲を取りなしてくれた。
「優美、操られてるんだよね?」
恐る恐る訊ねる沙弥。そうだとそうだと言ってほしい。目がそう訴えている
「怒るよ。沙弥。瑞希は私を助けてくれた。沙弥が私を見捨てて呑気に学校行ってる間も、瑞希は瑞希だけは私を探してくれていた。そんな人になんて事言うの」
お前を探していたわけではないがな。会話を掻き乱すのも野暮か。
もう一度座り直し成り行きを見守る。
だが結果は見えていた。沙弥の瞳が絶望に染まる
「お前ぇ!」
矛先は俺
「だから、俺は何もしていない。」
人は自分の望む解釈をしたがる人間だと聞いたことがあるが本当にそうなのだろうな。
「あんたがしていないなら他の人間がしたんでしょうが!人殺し!返してよ優美を!返して!お父さんやお母さんに返してあげてよ!犯罪者!」
「瑞希、沙弥が迷惑かけてごめん。もう上に帰してあげて。私とは違うから、彼女には帰る場所があるんだろうし」
1番錯乱しているだろうと思っていた優美が落ち着いているのは皮肉なことだな。
そして沙弥はと言うと
「嘘でしょ…優美。嘘だと言ってよ。私達親友じゃん。はは、ははは。そうだ。洗脳だよね。洗脳。今助けたげるから」
彼女はあろうことかその辺に乱雑に置かれていた銃の1丁を拾い上げた。
「いい加減にしろ」
武器を奪い止めに入る。
「離して!」
「聞け。あいつはあれで正常だ。俺は何もしていない。」
「嘘!嘘だ!」
「はぁ…」
叫びまくっている女の口を塞いで連れ出すことにした
「悪いな。うるさくさせて。」
陽菜と優美二人に詫びてから部屋をあとにする
「きゃっ!」
なおも叫び続けた沙弥を半ば投げ落とすようにベッドへ置く。
「何すんのよ!」
「聞け。全部話してやる」
「…」
それだけで黙った。
「彼女はな。親に売られたんだよ。帰る場所がないってのはそういう事だ。」
「へっ?」
「最も信頼していた人間に裏切られた。この気持ちはお前にも分かるだろう?親友とまで評した人間にあんな対応されたお前なら気持ちが分かるだろう?」
「証拠を見せなさいよ」
「今はない。証言だけだ」
「嘘つき」
「俺は聞いたことを伝えているだけだ。その言い分なら彼女が嘘つきになるが?」
「お前がよ!優美も適当にありもしないこと言ってるんでしょ!」
「その可能性はないとも言わない。だから調査する必要がある」
「認めるのね」
「違う。あいつの親があいつを売ったという証拠を探すんだ。お前もそれを見れば納得するだろう?」
「あぁ、してやるわよ。見つかればね。あんな優しい親御さん達があの子を売るわけないじゃない」
鼻で笑われた。
俺の言うことを信じる気は毛頭ないらしい
「明日。朝8時に呼びに来る」




