敗走
「こんなところで何しているんですか。まったく。早く帰りましょうよ」
学校の屋上にある建物の上で寝転がっていたら零亜がやってきた。建物と言ってもここへと通じる階段を囲っているものの事だが。にしてもよくここが分かったな
「当然ですよ。瑞希さんの放っている生命波動の情報を丸々覚えているので何処にいるのか瞬時に分かりますよ」
俺にプライバシーはないのだろうか。
「ありますよ。何言ってるんですか」
ない気がするのだが
「ところで俺さっきから一言も話してないが会話できるのは何故だ。お前は俺の頭の中を読めるのか?」
「余裕で読めますよ。むしろ瑞希さんが返事を私の頭の中に流してるんじゃないんですか?」
あほ。流すか。つか前は読めないって言ってたよな。嘘かよ。
「あほって言う方があほうなんですぅ!」
「だから読むなよ」
「え?今のは瑞希さんが口開いて言いましたよね?!」
「言ってねぇよ。日が暮れる前に帰れよ。今なら陽菜もいるだろ。」
端末で陽菜を呼び出そうとするが奪い取られた。
「おい」
「嫌ですよ。一緒に帰りましょうよ」
「…俺は仕事があるから待機してるんだよ…」
「なら、私もいます」
「…だめだ。今回はそこそこ厳しい内容だ。お前みたいな足でまといを庇いながらとか無理。」
「うるさいですね。その立派なアホ毛抜きますよ」
「あぁ。抜いていいから。頼むから帰ってくれ。帰りにお前の好きなコンビニのプリン買って帰るから」
「約束ですよ。」
「っつぅ!!!!」
ご丁寧に何本か纏まっていてアホ毛を丸々抜きやがった。流石にハゲていないか心配になる。
というより抜いて何に使うんだよ。
「決まってます。嗅ぎます。食べます。煮ます。」
「ん、分かったから、その…誰にも言うなよ。それと誰にも見られるなよ」
「分かってますよ。私だけのものですから」
そう言って帰っていった。
「そういえば、端末返してもらうの忘れてたな。後でいいか。」
予備の端末を取り出してイヤホンを耳につけ目を瞑る。
自然と体が目を覚ます。深夜。
最早校舎に誰も残っていない時間帯。
「さて」
体を起こす。
「起きたか」
無線からリーダーの声が聞こえる。
「えぇ。久しぶりにちゃんと眠った気がしますね」
「悪いな無理させて」
「いえ、感謝していますよ。まだ待遇はかなり良いですしこれはこれで楽しいです」
「頭イカれてるだろお前」
「そうですかね?」
「奴隷みたいな扱いされて不満じゃないのか?」
「私は普通の生活というのを覚えていないので、比較が出来ませんね。何が幸せか。あれが幸せだこれが幸せだ。そんなのはよく分かりません。俺はこの生き方しか知らないし。何より命をかけた戦いとかっていうのは普通の日常とやらでは経験出来ないんでしょう?俺にはそちらのほうが耐えられない。命の煌めき。魂の輝き。感情の高揚。よく分かりませんが俺は戦いにそれを感じる。それ以外の俺は生きていない。俺は戦いの中でしか生きられないんですよ。戦闘なき人生は人生にあらず。」
「やっぱりイカれてるなお前は。」
「そうですか?他の人間もそうだと思うんですがこういう学校でもテストの点数で争ったりする。俺のそれとは方向が違いますが、人間は心のどこかで他者との争いを求めてはいませんか?そこに何かを感じるからだと俺は思うんですけど。」
「それを命をかけた争いに求めるからおかしいと言っているのだ。悪いな理解出来ないだろうと思う。これは俺の感想だし、侮辱したな。謝罪する」
「いえ、構いませんよ」
高台から屋上に降り立つとフェンスの方まで歩む。校庭に一人正座した騎士のようなものがいる。
「あれですか」
「そうだ。殺せ」
「了解しました」
フェンスを飛び越えグラウンドに着地し歩み寄る
「幻の制限をEランクまで解除した。思う存分やれ」
嘘つけ。何にも解放されていない。出せる力は5パーセントくらいが限度か。それ以上体に流そうとすれば…破裂しそうだ。
許可は降りた。全身に幻を行き渡らせる。その手に握るは黒虚。
一気に踏み込み刀を振り下ろす。
「貴殿が瑞希殿であられるか?」
その一撃を悠々と受け止め澄ました顔で訊ねられる。
「だとしたらどうした?」
刀と刀の交差はギリギリという音を鳴らす。
「盟友の仇討たせてもらう!」
「ふん!」
豪快な横薙ぎ。それを後ろに跳んでかわす。見かけによらず俊敏だ
「ところで貴殿は女子か」
かなり離れているのにきちんと耳元に入る声。
「そうだよ。手加減しろよな」
「女子だろうがなんだろうが私は全力で断ち切るだけだ。手を抜けば侮辱になろう」
「?!」
疾い。常人では目にも止まらぬ速さの踏み込みからの一閃。それはまるで迅雷のようなスピード。
だが
「ほう。その髪の毛。飾りではないのか」
幻を流し究極まで強化した髪の毛で止める。
最早鋼鉄のような強度を誇るそれ。
「防御だけじゃないぜ?」
刀を弾いてからそれを先を尖らせ突き刺す。槍のように心臓を抉る軌道。だがそれを鞘で受け止める相手。
「おっさん名乗れよ。興が乗った。名前覚えてやる」
「メイギス。御身の魂にこの刃刻んでやろう」
もう一度振るわれるその刀
「やってみなぁ!」
髪で刃を弾き返してから左足を軸足とした右足での回し蹴り。頭を飛ばすように放ったそれは最早疾風の如きスピード。だがそれをもう一歩というところで右手1本で止めるメイギス。
だが甘い。
「楽しかったぜ、おやっさん」
靴裏に仕込んだ特殊ナイフを射出する。
それはこめかみを目掛けて直進する。一寸の狂いも無く。相手を絶命に追い込む死の刃
「…ちっ」
「なめてもらっては困る」
そのナイフはメイギスの薄皮1枚削ぐことしか出来ずカランと地に落ちる
「報告にあった通り一筋縄ではいかねぇな。」
ぼやく。なんつう硬さだよ
「ふん。ここからよ」
掴まれたままの右足を振り回される
「ふん!」
「くっ」
指を離されすっと吹き飛ぶ俺の体。それは校舎の方向へ投げられていた。
「ちぃ!」
止まることを知らぬ俺の体はやがて校舎の外壁を突き破り校舎内にまで飛ばされてから漸く停止する。教室内を貫通し廊下まで飛ばされたらしい。
「…何て怪力してんだよあのおっさん」
零亜を先に帰して正解だった。そう思った刹那死の予感を感じ咄嗟に横に転がり避ける。
「ヒュー…」
俺が先程までへたり込んでいたその場所には校長の銅像が突き刺さっていた。
「力任せもいいところだな」
兎に角その場から走り去る。
俺の走り去ったその場所を正確に何かが狙い打ち込まれる。どうやっているのかは知らんが
「ブレイカー…か。」
ただのブレイカーじゃない。高位の幻の使用者だ。ブレイカーとしての格はそうでもないと踏んだが扱い方に無駄がない。
走りながら後ろを振り返る。そこに突き刺さっていたのは恐らく何らかの神が振るった槍を模倣した偽物。それが何本も突き刺さっている。
当たれば不味いな。恐らくだが形はトライディンだなあれは。精巧に模されたものはオリジナルレベルとはいかなくてもある程度の力を宿す。トライディンは神を殺せる槍。神ではないが俺が食らえばどうなるかわかったものでは無い、だがまぁ無事ではいられないだろうな。
階段に差し掛かった。ここはたしか4階だったか。とりあえず下に降りることにしよう。
同時にこちらの気配を完全に消す。こう離れていれば気配の完全遮断も可能だ。
「ふぅ…」
3階に降りた途端偽物は投げ込まれなくなった。諦めたというわけでもないだろうが。
というより先程から気になっていることがある。
「人がいるな…」
感じる人の気配。人間だ。
まさか校内に人がいるとはな。忘れ物でも取りに来たのか今日に限って
「気のせいだと思っていたがそうでもないなこれは」
「目撃者は殺せ。消せ」
イヤホンから伝わる無機質な感情の込められていない声。
「分かってますよ。」
気配を感じる部屋に向かう。
「…俺の教室か」
中へ入る。
「…」
中にいたのは東川
教室の隅で必死に息を殺しているようだが丸見えだ。
ブルブルと教室の隅で震えている。丸まっていて俺には気付いていないらしい
近付いて声をかける。
「大丈夫?」
手を伸ばす。それと同時に東川もこちらを見た
「え?東條君?」
恐る恐る俺に手を伸ばす彼女。
その手を取られた時に幻を送り記憶を読み取る。校庭でのことは見られていないようだ。無理があるだろうが起きた振動は地震だと思っていたらしい。なら目撃者ではないだろう。
「驚かせてごめん。すごい不思議な地震だったね」
「おい、」
イヤホンから僅かに声が聞こえたが端末の電源を切る。
別に人を殺したいわけじゃない。どうしようもなければ殺すだけ。
「え、うん。でもどうして東條君はここに?」
「え?あ、俺?」
少し考え無難な答えを返す。
「忘れ物しちゃって。取りに来たんだ」
「私と同じだね」
「奇遇だよね。そうだ。もう暗いし家まで送るよ」
この子がいればあのおっさんも手を出し辛いだろう。あのおっさんを相手に幻を制限されているのは厳しい。せめてまっとうにEランクの強化と術式が使えなければ
「来て。」
立ち上がらせ教室を出る。
野郎、校舎まで入ってきたのか右側からおっさんの気配を感じる左だ。歩き出したその時、銃声が聞こえた。右の方からだ。あのおっさんは恐らく銃を使わない。他に誰かいるのか?
「きゃあっ!」
「ちょ…」
不意に抱きつかれ驚く。
「大丈夫だから」
続けての発砲音。それでおっさんの気配は消えた。死んだのか…?誰がどうやって…
「ねぇ、東條君、どうなってるの?」
震える声でそう訊ねられる。俺もわからない。
「分からない。逃げよう。」
走る。ただひたすら走る
聞こえるのは彼女の息遣いだけ。
そうして駅まで走った。
さてリーダーにはどうやって言い訳しようか。
「あ、ありがとう。東條君」
「いや、構わないよ。」
「私、怖かったよ…」
「俺もだよ。家何処だっけ?」
「えっと。…駅」
よく知らない駅名だった。
彼女に教えてもらい切符を買うと彼女と電車に乗る
「あ、ごめんなさい」
東川がすまなそうに顔を下げる。
「ん?」
「手握ったままで」
「あ、そうだね」
俺は手を離す。が彼女はまだ握っている。
「どうしたの?」
「ヒック…」
泣き出した。
「え?」
グスグス泣き出した。
「俺なんかした?」
既視感を感じる。
僅かに首を横に振ったのが確認できた。
「ん、そのごめんなさい…」
とりあえず謝罪する
「ごめんなさい…」
小声で東川は謝っていた。何なのだ。
「いや、いいよ。」
「今日は送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「…」
「どうかした?」
まだ扉を閉めず何か言い淀むような彼女
「その…ありがとう」
そうして扉を閉めた。
さてと俺も帰ることにするか。おっさんは誰かの手に落ち、死んだ。つまり結果的に俺が倒したというわけだ。過程などなんでも構わんだろう。
「よう。おっさん」
なるほどね。組織も無茶な命令出してくれたもんだ。能力を出してなんぼの瑞希に力を出させずこいつの相手させたのか。鬼畜というかなんと言うか。
「貴殿は」
「さっきあんたの相手してた奴の連れさ。名前は一応名乗っておくが竜馬。覚えなくてもいい。あいつに代わってあんたを殺しに来たってわけさ。ってな理由で死んでくれねぇか」
俺は今制限を全解除されている。
一瞬にして間を詰めゼロ距離からの脳天への射撃。
「ぐぅっ!」
のつもりが外したらしい。俺は捉えたつもりでいたが弾丸は頬を掠めていただけ。
「疲れてるとこ悪いね。どうだったよ。瑞希の動きは」
「悪くないが、本気の彼と戦いたかったよ…」
なかなかの手練れだ。瑞希が本気を出せていないことを見抜いていたのか。
「そうかい。悪いが俺の本気で勘弁してくれ。じゃあな。」
次は眉間を確実に射抜く。目の前で倒れるおっさん
「死亡確認っと。これで終わりだな。帰るか」
「おう。瑞希ちゃん見てたぜ。こてんぱんにやられてたじゃねぇか」
「竜馬か。」
部屋に戻りコンビニで買った弁当を突っついていたら竜馬が声をかけてきた。というより何処から入ってきた。俺が帰ると待機していた零亜にはプリンを与えて部屋に帰らせた。
「ってことは片付けてくれたのはお前か。恩に着る」
「まぁな。別の用事であの辺うろちょろしてたら戦ってる瑞希ちゃんが見えたんで手伝ったってわけよ。」
「悪いな。」
「気にすんなよ。ダチじゃねぇか。でその傷はどうしたんだ?」
俺の頬の傷を指して言う
「あの場にいた人間を殺さなかった罰だよ。」
報告をしたら訳の分からないことを言うなと言われながら殴られた。その時にけがしたのだ。
「それ、大丈夫なのか?」
「向こうは俺のことを忘れ物取りに来た奴くらいしか思ってないし大丈夫。それに殺しは別に好きでもないしな」
傷の事じゃないだろうと判断した。結果は正しかった。
「分からんでもない。あれは慣れるもんでもないだろうしな。」
俺と同じ意見らしい。
「あ、悪い。なぁ陽菜、竜馬に何か出してやってくれ」
隅にいる陽菜に声をかける。
「はい」
血の通っていない機械のような動作で流しに向かう
「悪いねぇ陽菜ちゃん」
「いえ」
数秒待つと俺と竜馬の前にカップが置かれた。中身は紅茶。
「…うめぇ」
竜馬が呟く。が、それより
「…お前そこで何してんだ零亜」
「バレましたか」
「バレバレだ」
玄関の扉から入ってくる。何かを大事そうに抱えているが、寝具か?先程から玄関のところで棒立ちしている気配は感じていたが何のつもりだ。
「それは?」
「枕ですよ」
「何でそんなもの持ってここにいるんだ」
「決まってるじゃないですか」
右手の親指を立てグッと突き出してくる
「ここで寝るからですよ」
それから陽菜を見る零亜
「という訳で陽菜。もう貴方の出番はお終いです。この部屋から出ていきなさい」
どういう訳だよ。
「え?」
流石に陽菜も困惑している様子を見せている。
「…竜馬はあれか。愛菜と部屋使ってんのか。じゃあ恋夜のとこにでも邪魔するか。」
寝具をまとめる。
「え?ちょ、何してるんですか?」
その様子を見てか零亜がそんな事を言ってくる
「3人じゃくそ狭いから恋夜んとこ行くんだよ。竜馬、来てもらったとこ悪いがもう今日の団欒は終わりだな」
「お、あぁ。」
イマイチ事態についていけてない感じの竜馬。俺もよく分からんし当然だろう
「じゃ、いこうか。竜馬。陽菜そのバカ任せたぞ」
「え、ちょ…」
何か言いたげな零亜を無視して竜馬と共に部屋を出ると俺は恋夜の部屋に向かおうとしたのだが出てきた零亜に俺だけ引きずり戻された。
「何なのだ」
「こちらが何なのだですよ」
「この部屋で寝るんだろ?好きにしろ俺は恋夜んとこにとりあえず寝に行くから」
「そんなもの陽菜に行かせればいいでしょう?頭おかしいんですか?」
「一番頭おかしいのはお前だ」
「私はあなたと眠りたいんですよ。何で貴方が出ていくんですか頭おかしいですよ」
「そうならそう言えよ初めから」
「言わないと分からないんですかあなたは」
「分かんねぇよ」
「でもこれで分かりましたね。陽菜。就寝準備をしなさい。早く。」
「はい」
作業を始める陽菜。いやいや、そんな従順にならなくていいから
「おい、陽菜。こんなバカの言う事聞かなくていいから」
聞く耳を持たずせっせと準備をしている。
「陽菜。二人分でいいぞ」
「はい。」
「俺はもう眠るからもう起こすなよ。お前ら」
部屋の隅に置いてあるカプセルを操作する。シャワーを浴びるのもかったるい。全部カプセルに任せよう。起床時間を設定する。
「え、ちょ」
「おやすみなさい零亜お嬢様」
まだグダグダ言ってる零亜にほほえみながら、俺はカプセルに入って蓋を閉じた。




