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緑陰の中で

樹木祭の最終日、ランタンの住人は列に並んで鈴果りんかを一つずつ受け取っていき、そしてその場で口の中へと放り込む。


鈴樹りんじゅを取り囲んで警備している兵によって、ランタンの住人が鈴果をきちんと飲み込むまでの、その一部始終が監視されていた。


誰にも譲れないように、そして誰からも奪われないように。


その儀式は、終始無言で粛々となされていく。


命を繋ぐ、何よりも尊い儀式。


オリエもその列の後方に並んだ。


ランタンの最高職フューズの娘というだけで、人々はオリエに順番を譲ろうとする。


「オリエンティンさま、どうぞ前に」


口々に言われて少しだけ辟易しながらも、オリエは一人ずつ丁寧に断りを入れる。


「ううん、いいの、ここで。ちゃんと数の分だけあるのだから、食べ損ねるなんてことないわ」


苦く笑いながら、オリエは前を向いた。


列が少しずつ前へとずれていく。


ランタンの住人は相当の数にのぼるのだが、一人一人が実を渡されて口に入れるだけなので、直ぐにも順番は回ってくる。


「どうぞ」


オリエは手渡された実を手のひらに乗せ、それを見た。


実というよりは種のような茶褐色の丸い粒。


大きさは、ここランタンの名産品にもなっているカリンと呼ばれる果物の粒より一回り小さいものであった。


かみ砕かずに飲み込めるほどの大きさ。


(こんなちっぽけなものが、人の生を左右するなんて……)


物悲しげな表情を浮かべたのを、監視の兵士に見られてしまったらしい。


「オリエンティンさま、いかがなされた」


いかつい体つきに怪訝な表情。


オリエが幼い頃から、鈴樹を警護している兵士の一人で、街をまとめている父サンダンと一緒にいるところをよく見掛けていた男だ。


会えば挨拶はするが、今までにこのように声を掛けられたことはない。


「何でもないの。長い時間、立ちっぱなしで大変ね。ご苦労様です」


オリエはそう言って微笑みかけると、手のひらを口元へと持っていった。


ごくりと喉を動かして、飲み込む。


そして、再度微笑むと、列から離れた。


(これで命は繋がれていく)


ダウナの二人を想うと、涙が零れ落ちそうになる。


けれど、その零れる涙が、何の役にも立たないことをオリエは十分過ぎるほど分かっていた。


そしてそんな自分の無力さがそれ相応の痛みを伴って、オリエの生をも苛むのだ。


込み上げてくる痛みをぐっと潰すかのように、握り込んでいた右手を胸に当てる。


痛みはあるが、心は晴れやかだった。


オリエは清々しい表情を浮かべながら、顔を上げて列の遥か遠くを見つめた。


✳︎✳︎✳︎


鈴果を手にできる者をどういう方法で決めるのか、それはその年その年で決定してきたという歴史がある。


ある年は運動能力の優劣で決め、ある年は試験の点数の高さで決めた。


それは、少しでも頭脳や身体能力の秀でた遺伝子を遺したい、ダウナ人のそういった悲痛な願いが込められてきたためであったのだろう。


けれど、ここ数年は、優秀な頭脳の持ち主が選抜されている。


その歴史が刻まれている『ダウナ歳時記』を広げたまま、セナは目を強く瞑っていた。


「今回は、どうするの?」


ユウが、さも言いにくそうな表情を浮かべた。


五人が顔を見合わせる。


「クジだ、クジが平等だ。運の良いものが残る。それが一番、平等だ」


ライアが躊躇なく言う。


確かに今年の面々は、優秀な者ばかりで、能力で優劣をつけるのは難しい。


ライアは、弦楽器リンドルとハーグの演奏者であり研究者。


セナは、ランタンとダウナを併せた学校での学年一の秀才であり、常に主席を保っている。


カナタは、タンタという植物のツタで作られた球を蹴り上げながら舞を披露する舞踊家。


リアンは、お腹に宿る赤ん坊も、その遺伝子を受け継ぐであろう、ダウナ一の美貌の持ち主。


ユウは、植物の一種デネを煮詰めて作った顔料を使って、オリジナルの美しい文様を生み出す芸術の天才だった。


この中の誰が生き残っても、その優れた才能は後世へと繋がれていくだろう。


だからこそ彼らは、そこに存在する才能の『平等』の意味を理解している。


皆が互いにその能力を認め合い、尊敬し、大切に想っているからだ。


「そうだろうと思って、クジは用意してある。誰が選ばれても、恨みっこなしだ」


セナが、腕を上げる。


そこには円形の筒に入れられた五本の木の棒。


そこから、棄権するカナタの分を一本抜く。


その木の棒の先には、黒色の印が付けられていた。


それを真ん中の置かれている机の上に置く。


「四本中、一本。当たりは、赤色が塗られている」


セナが円形の筒を差し出した。


そして、四人それぞれが手を伸ばして、一斉に棒を引き抜いた。


✳︎✳︎✳︎


オリエは待っていた。


遠くをじっと見つめる。


太陽も沈みかけているこの時間、鈴樹の前にできていた列はかなり短くなっており、並ぶ人もまばらだった。


空を見上げると、夕日の光に縁取られた雲が、オレンジ色に光っていて、神々しく美しい。


子供の頃はこうやって空を見上げると、その雲のふわふわとした形になぜか親近感のようなものを持たされて、手を伸ばして手のひらの中に入れ、こねくり回す想像をして、おもちゃ代わりに楽しんでいたりしていた。


三人で毎日のように待ち合わせをして、駆け回った丘。


その丘を覆い尽くす緑の絨毯の上でよく、靴も靴下も脱ぎ去って寝転がり、そんな風に雲や空、風や植物で遊んだ。


(幸せな時間は、永遠ではない)


見上げていた目を落として、今度は大きく枝を伸ばしている鈴樹の緑陰を感じる。


眼をそっと瞑ると、穏やかに通り過ぎていくぬるい風を肌に感じられた。


(命も、決して永遠ではない)


長い間、自分に言い聞かせてきた言葉を胸の中で繰り返す。


そうしているうちに遠くの方で、ダウナ特有である色とりどりの布の端切れで作られた靴が、地面の土をじゃりじゃりと言わせながら、次第に近づいてくるのを聞いた。


その聞き慣れた足音に、ほっと安堵の吐息をつく。


眼を開けるとそこには、無表情のセナ。


「運が良いのか、悪いのか」


その無表情をといて、くしゃりと、顔を歪める。


その表情に迷いや悔恨などの性質を認めると、オリエは真っ直ぐにセナを見つめて、強く言った。


「もちろん、良いに決まってる。セナは私と、一緒に生きて」


その言葉が、セナには一番効果があると分かっている。


セナが、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるだろうことも、分かっていた。


けれど、セナは予想に反して、唇を噛みしめながら薄く笑って言った。


「君と、生きるよ」


そして、列に進み出ると、最後の一つとなった鈴果を受け取り、口へと運んだ。


ごくりと喉を鳴らすと、


「ライア、お前の分も生きる」


天を仰ぐようにして、そう声を上げた。

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