一縷の望み
今年の樹木祭で、ダウナに献上される実を口にできる資格を持つ十八歳の若者は、男女含めて五人。
男性はライアとセナ、そしてカナタの三人。
女性はユウとリアンの二人だ。
それぞれ、同級生ということもあり、小さい頃から兄弟姉妹のように育ってきた五人。
同じように学び、同じように生きてきた。
そして、同じように二十歳で死ぬ。
五人の中にはそういった共通の意識を有す、まるで同志のような空気感があった。
けれど、それは数年前までは、という前置きがある。
今は、ランタンの街から与えられる一つの実をめぐって争われるライバルだ。
生き残った方が、オリエを幸せにすると心に決めているライアとセナのように、他の三人にもまた生き続けたいと願う、それぞれの理由があった。
「鈴果を譲るなんてこと、絶対にあり得ないから」
五人の中では一番勝気な性格であるリアンのお腹には、すでに新しい生命が宿っている。
リアンが大きくなったお腹を愛しげにさすりながら言った。
「生き残って、この子を立派に育ててみせるんだから」
赤ん坊には母親が必要だ。
それは誰もが理解している。
ここにいる五人全員が、母親や父親の愛情を知らずに育っているのもあり、リアンの慈愛に満ちた表情を見て、ぐらりと気持ちが折れてしまいそうになる。
一人を除いて。
「俺はもう辞退すると決めている」
そう言葉を続けたのはカナタだった。
カナタはその短く刈られた髪を指で引っ張りながら、視線をみんなから外した。
その理由を、四人は知っている。
誰も言葉を発しなかった。
沈黙を嫌がるようにして、カナタは早口で続けた。
「リアンを生かしたい。赤ん坊の母親だからな」
そしてその赤ん坊の父親であるカナタは、リアンと結婚する時にはもうこのことを心に決めていた。
一度、鈴果を口にする権利を有すると、どんな理由であろうが誰かに譲ることは一切許されない。
それを考えると、カナタは今の時点で放棄するしか方法がないのだ。
そして、残りの女性、ユウは。
昨年の樹木祭で、たった一つの実を勝ち取って生き長らえ、ダウナを去っていったルイという恋人を追っていきたい、そう願っていた。
愛する者と生きる。
それが、五人の共通の想い。
「四人の中の一人だ。誰が取っても、恨みっこなしでいこう」
ライアが他の四人を見回した。
「分かってるわ」
「うん、」
「了解してる」
口にした言葉が、ダウナの街にある役所の天井に響いていった。
「それにしても、オリエとの結婚は諦めたの?」
ユウが腰に手を当てて、これだから男は、というような呆れたような体でライアとセナを見る。
「諦めたとか、そういうんじゃないんだ。誰と結婚するかはオリエ次第だからね」
「セナの言うとおりだ。オリエの人生はオリエ自身が決める。俺たちはそれに従う」
「彼女が女王さまってわけね」
リアンが口を挟んだ。
「まあ、二人からしてみれば、そんなとこだろうね。君たち三人は、小さい頃からそんな感じだったもんな」
カナタが茶化した言い方をして、ライアの反感を買った。
「そんなことはない。俺らは平等だ」
「何言ってるんだ。ランタンの住人と平等ってことはないだろう。俺たちは、鈴果をもらえずに死ぬ運命だ。これほど不条理なことは無いんだからな」
ライアが苦虫を噛み潰したような顔で、カナタをねめつける。
「だが、あの樹はランタンの土地のものだ。彼らが優先されるのは当然だろう」
「けどよ、老い先短いじいさんやばあさんまで食ってるんだぞ。俺ら、若者に譲ってくれたって……」
「命に若いもクソもあるかよ」
セナはその二人のやりとりを横目で見ながら、ひたひたと足音もさせずに近づいてくる『死』について、遠く想った。
(そうだ、この世界は不平等で成り立っている。僕たちは愛する人と生きることもできないというのに)
けれど、これが『運命』と理解して受け入れるとするならば。
(オリエには生きて幸せになって欲しい)
セナが握り込んでいる拳が、微かに震えていることに、誰も気付いてはいない。
(僕が、オリエを助けるんだ。それならば、この方法しかないんだ)
自分に言い聞かせるようにして、そう気持ちを新たにすると、セナは唇を軽く噛んで、拳の震えを止めた。