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道標(みちしるべ)

乗っていたロキロキがそわそわとし始めるのを見て、ライアは溜め息をつきながら、降りた。


「お前なあ、ちょっと弱すぎだぞ。もう少し、体力つけろよ」


ロキロキの首につけた紐を手首に巻きつけて引っ張る。


「俺が重いのか?」


その言葉に応えるようにして、ロキロキが鼻息を吹きながら首をブルブルと縦に振った。


「お前、何気に失礼だな」


紐を引っ張りながら半日ほど歩くと、ようやく集落らしきものが眼に入ってくる。


「やっと、着いたか」


ぽつんぽつんとある家を覗き込みながら、ライアは大きな庭のありそうな家を探して歩き回った。


すると、道端に少年が座り込んでいる。地面をじっと見ているので、何かと思い、ライアは後ろから覗き込んだ。


「なんだ、ドゥーレか。触ると臭いぞ」


どこにでもいる一般的な昆虫の一種で、列を作って行進し、辺り一面に巣を張り巡らせていく。


焦げ茶色の身体からは、独特の強烈な臭いを発するので、ハトゥの家でも特にシマが敬遠していた。


その言葉で、少年が振り向いて、ライアを見上げた。


ライアはちょうどいいと思い、訊いた。


「ここら辺で、庭にたくさんの植物を育てている家って、知らねえか?」


少年は眉間にしわを寄せると、直ぐに顔を元に戻してしまった。


旅人の格好で訊ねると、だいたいがこんなような反応を返してくる。


ライアは返事を期待できないと思うや否や、踵を返してロキロキを引っ張った。


すると、少年はすくっと立ち上がると、道の先へと走っていってしまった。


その後ろ姿を見て、ライアは何か引っかかるものがあった。


少年が走り去った方へと、ロキロキを引っ張る。


鞄から干し芋を出して、小さく千切ってからロキロキの口に含むと、口をもくもく動かして咀嚼した。


「やっと、元気が出たか? そうだろうなあ、あと一息頑張ってくれ。っていうか、俺はいつになったらお前の背中に乗れるんだ?」


干し芋を自分の口にも放り込んでから、ライアは肩をすくめながら、やれやれと小さく言うと、そのまま歩いていった。


少年が行ったであろう道をひたすら歩いて行くと、大きな門のある一軒の家に辿り着く。


後ろを振り返ると、夕日が雲で濁って、地平線へと沈む直前だった。


ライアは、今日はここまでだなと当たりをつけると、ロキロキを近くの大木へと繋ぎ、大きな門をくぐって庭へと足を踏み入れた。


そこそこ広さのある庭だが、草はほとんど枯れていて、辺り一面真っ茶色の無残な様子だ。


(この家じゃないようだが)


「誰かいないか?」


ドアをドンドンと何度か叩いてみる。


「誰か、いないのか?」


ドアの横の窓から覗くと、ランプの灯りが見えて、在宅だということが分かる。


ライアはもう一度、ドアを打った。


すると、ドアが開いて、中から男性が出てきた。


背は高く、無精ひげにボサボサの髪。


その男の後ろで隠れるようにして立っているのは、先ほど見かけた少年だった。


「何だ」


ぶっきらぼうな物言いに、ライアは少し気後れしたが、右手に持っていた干し芋を吊るした紐を掲げて、「これで、一晩、泊めてもらいたいのだが」と言った。


男は、目を細めるようにして、ライアが持っている干し芋を見ると、ドアを開けて中へと促した。


「助かるよ。そこの木に、ロキロキをくくりつけてあるが、いいか?」


男は、あごを打つと、ライアが差し出した干し芋を受け取って、奥の部屋へと入っていってしまった。


少年が、ライアに近づいてきて、「ねえ、あれは何の芋なの?」と訊いてくる。


「サルダ芋だよ。大陸原産だと聞いたが、ここら辺では手に入らないのか?」


「聞いたことない。俺はロイ。あれは、父ちゃんのソルベだよ」


「俺は、ライアだ。泊めてくれて、ありがとうな」


ロイは昼間の態度とはうって変わって、ライアにニコッと愛想よく笑いかけると、ソルベが入っていった部屋のドアを開けた。


「父ちゃん、それサルダ芋ってやつだって。大陸原産だってさ」


おお、と、くぐもった声が聞こえただけで、直ぐにも沈黙の空気。


そんなに干し芋が珍しいのか、などと怪訝に思いながら、ライアは荷物を下ろして上着を脱いだ。


「そこ、座っていいよ」


勧められた椅子に腰掛けると、どっと疲れが襲ってくる。


はあ、と天井に顔を向けて、ライアは目を瞑った。


「食べる?」


その声に顔を戻して差し出された皿を見ると、何やら紫色の葉っぱが巻いて丸くなっている野菜を煮た料理が置いてある。


「こんな野菜は見たことないが、」


同じ大陸のはずなのに、住まう地域が違うだけで、こんなにも食べる物に違いがあるのかと、ライアは驚きを隠せなかった。


そして、シマの家で過ごした期間のことを考えると、一ヶ所に留まり過ぎたことを苦々しく思い、ライアは顔をしかめた。


これからもっともっと、この広い世界を這いずり回らなくてはいけないというのに。


「これは、ランスロウという野菜だよ。サラダ菜の一種で、栄養もあるし、これ食べるだけで疲れもとれる。俺が作ったんだ。自分ではうまくできたと思うけど」


出されたスプーンですくって口に入れる。


やや、冷えかけてはいるが、よく煮込んであるのか、口の中でとろりととろけて、美味しい。


ライアは、ランスロウの煮物を何個か食べると、スプーンを置いて言った。


「うまいよ」


すると、ロイは満面の笑みを返してきた。


「ほんとう? 父ちゃんは、そういうこと、全然言ってくんねえから、嬉しいよ」


作った料理を褒められて、嬉しくないわけはない。


「料理が上手なんだな」


再度褒めると、他にもあるぞと、棚から出してくる。


ライアはそれを片付けると、父親にも礼を言おうと部屋を訪ねた。


ノックをしてから、ドアから中を覗く。


ライアは、あっと声を上げた。


「何だ、これは。凄いことになっているな」


部屋を見渡すと、床や天井、壁などのありとあらゆる場所に、たくさんの枯れた植物や何かの種や実などが、ピンで留めてある。


それはさながら、植物の博物館のようで、その豊富な量や種類に圧倒されるほどだ。


ぎっしりと中身の詰まった棚の引き出しからは、多種多様の布がはみ出している。


ライアが、見回しているのにも頓着することもなく、ソルベは机に向かったまま微動だにしない。


「何をしているんだ?」


背中に声をかけるが、反応はない。


すると、後ろの部屋から声が上がって、ライアは振り返った。


「今、父ちゃんに声かけてもだめだぞ。あんたに貰ったサルダ芋を調べているんだ。珍しいものが手に入ると、すぐこれだよ。今日はメシも食べないし、当分は徹夜になるよ」


「何を調べている?」


「まあ、いろいろ。成分やら何やら」


「どうして、そんなこと、」


「父ちゃん、これでも研究者だかんな。そういうのを調べて、金をもらってんだ」


「……もしかして、ダウナ人か?」


「んあ、まあ」


ロイが、口籠る。


「おい、お前は、何者だ?」


背後から太い声がして、ライアはもう一度、博物館のような部屋へと足を踏み入れた。


「俺は、ダウナ人だ」


「何だ、そうなのか。ここにいるってことは、鈴果を食べたってことか。それはラッキーだったな」


胸に矢でも突き刺さったような痛みが走った。


「……それで、あなたは?」


「ルキアの研究員だ」


「もしかして、971年にダウナを出た者か?」


「おい、それはないだろう。これでも俺は三十だぞ。それは、俺のじいさんの話だ」


ボサボサの髪を両手でぐちゃりとかき回すと、ソルベは机へと戻って、椅子に座り直した。


「この干し芋、ルキアに送ってもいいか?」


「……その……ルキアでは、何を研究しているんだ」


オリエのことを聞きたい気持ちが胸のあたりに上がってきたが、はやるものを何とか抑えながら訊く。


「それより、まずはお前の話を聞いてからでないと、何も答えられんよ」


「もう、鈴果の代わりになるようなものは、発見されてるのか? 何か、免疫になるものは? 治療法はないのか?」


抑えるつもりがあっても、抑えきれるものではない。


「おい、俺の話を聞いてんのか。ったく……それができていたら、俺は干し芋なんかを送ったりはしない」


それが予想通りの答えなのか、それとも予想外の答えなのかも分からないくらい呆然となり、ライアは深い穴へと落ちていく自分を感じた。


(……間に合わなかった、のか)


「そこまで知っているのに、ルキアには行ったことがないとはな。一体、どういうことになっているんだ?」


居間へと戻り、三人が机を囲んでから、ライアは身の上を話した。


話している間中、ずっと重苦しい空気が漂っていたが、ソルベとロイの親子は、ライアの事情を知ると、同情の意を伝えた。


「それは、気の毒なことをしたな」


ソルベは、口まわりに生やした無精ひげをさわさわと撫でくりまわすと、んんん、と唸ってから、次に頭を掻く。


「無駄な期待をさせただけで終わる、という可能性もあるが……」


その言葉で、ライアは虚ろな眼をソルベへと向けた。


「俺が時々、ルキアへと使いにやるヤツの話を聞いた限りでは、その……治療法は見つかってはいないが、その代わりというか、何というか……」


再度、手を口元へともっていく。


「大規模なドーム型の隔離施設を、研究と並行して作っているってことだ」


「……隔離施設?」


「まあ、そこに入ってりゃあ、病気にもならねえってことだよな」


「それは本当か⁉︎ 」


「随分前に聞いた話だ。その建設が間に合ってりゃあって、話だがな」


ライアは胸の辺りにある重苦しさが、少しだけ和らいだような気がして、細く息を吐いた。


「……一刻も早く、鈴果の代わりを見つけなければ」


そう呟くライアを、親子はただただ見つめるだけだった。


✳︎✳︎✳︎


ソルベの屋敷の周りを歩いてみると、自然が揃ったなかなかの良い土地だということが分かった。


肥沃な土地には、たくさんの畑で様々な種類の野菜が所狭しと栽培されている。


ロイの話によると、屋敷の庭でも珍しい植物や野菜の種が手に入れば、それを植え育てて、研究に使っているらしい。


庭で栽培した植物のうち、かなりの量と種類のサンプルをルキアへと送ったが、どれも空振りで、現在はそれも数種を残して、土地を休ませているということだった。


屋敷の西側には奥深い森があり、その森を抜けるだけでも数日は掛かるという。


ライアは軽い荷を持って、その森を彷徨い歩いた。


けれど、ソルベが自慢していた通り、この森の植物の実や草花、枯れ木などの採取はほぼ終わっているようで、何の収穫も得られずに戻ったライアは、次には南側の川の方へと足を運んだ。


川沿いを歩きながら、目に留まった石を拾い上げる。


「これは……同じものがソルベの部屋にもあったな」


石を川へと放る。


夕日の光が水面をきらきらと輝かせる時刻になり、そろそろ帰るかと算段をつけてから、踵を返す。


もと来た川沿いを歩いているうちに、数歩先で何かがチカリと光って、ライアの気を引いた。


(何だ、)


近づいていって、そこら辺りを見渡すと、薄いオレンジ色のガラス片が落ちていた。


腰を折って拾い上げて、陽に掲げると、それは同じ色合いの夕日の光を吸って、その透明さを増していく。


その色は、オリエのスカートの色を思い出させた。


ライアは、含み笑いをすると、ベルトにくくりつけてある袋の中へとそっと忍ばした。


その日は何の収穫もなかったが、懐にそのガラス片が入っていると思うと、それはライアの心を安らぐように撫でてくれる。


(この辺りのものはもう、ソルベがルキアへと届けている。他を回らなくてはいけない)


数日経ったらここを出よう、そう決めてから、ライアは連れてきたロキロキに餌を与えるため、赤い実をたわわにつけている枝葉を、幾本か手折り始めた。


夕日が落ち、薄暗い雲が空の裾野へと伸びている。


ロキロキから降りて、いつもの大木へと繋いでから、庭へと入っていく。


すでにロイが作り終えているのであろう、タンというスープの良い香りが漂ってくる。


中に入れる具は、その日その日で違っているが、基本スープの味は変わらない。


身体も温まるし、腹持ちがいいことから、ライアはロイに作り方を教わっていた。


家へと入ってから、ロイと共に食卓を囲んだが、今夜もソルベは不在だった。


いまだ、ライアが持参したサルダ芋の分析に没頭しているらしい。


「成分を分析するにも、相当な時間がかかるんだな」


ライアがスプーンを口へと運びながら、前に座ったロイに話しかけた。


「まあね、一、二週間はあんな感じだよ。あとで、食事を運ばなきゃ」


「お前も大変だな、」


常々思っていた疑問を口にする。


「ロイ、お前の母親はどうした?」


ロイが不意に顔を上げたので、視線がぶつかり、気まずい思いをする。


その表情から、遠慮すべき質問だったことを知り、ライアは視線を下げた。


「すまん、答えたくなかったら、答えなくていい」


「別にいいよ。死んだんだ、俺が小さい頃に」


「そうか、」


小さく答えると、ロイが俯く。


「母ちゃんもあんたの友達と一緒で、病気だったんだ。だから、父ちゃんは母ちゃんの病気を治そうとして、いろんなものを調べた。でも、治らなかったんだ。だから、あんたの友達の病気は治るといいなって思うよ」


(病気、というわけでもないんだが、)


ライアは、小さく苦笑した。


「ありがとな」


ロイの言葉は、心に染み込んでくるようだった。


久しぶりに、人に救われたような気がして、それなら自分もロイのためにと、言葉を寄せた。


「ソルベももちろんだが、ロイ、お前も頑張ったな」


そう言うと、ロイが顔を上げないまま、頷いた。


ロイの前髪が震えるのを見ながら、ライアはスープを口に運んだ。


✳︎✳︎✳︎


「オリエ、ライアから手紙が届いたよ」


(本当なら、もっと歓喜の声を上げて報告すべきことだったのに)


セナは動揺の中で一度取り戻した落ち着きを、また呆気なく手放してしまったことに苦笑した。


オリエの前では、自分は弱くなる、それを思い知らされて苦味が広がる。


けれど、そんなセナの暗さを含む声にでも、オリエは嬉々としてモニターの前へと張りついた。


『本当? やっと連絡してきてくれたのね! 元気なの? ライアは、何て?』


「手紙、読むよ」


モニターのマイクの部分に口を近づける。


けれど、この日はいつものように、モニターを撫でる気にもならなかった。


オリエを見る。


頭のてっぺんから爪の先まで、喜びで満ち溢れている。


その小柄な身体で跳ね回る、そんな姿を見て、セナは重い口を開けた。


「その前にまず話しておきたいんだけど、ライアが色々なものを送ってくれてね。大陸の中南部のツルマンの川沿いに住んでいるソルベという研究者が、研究対象物の収集に協力してくれているんだけど、どうやらその人の元にいるらしい。ソルベが送ってくる定期的な荷の中に、ライアの手紙と収集物が入っていたんだ。彼は元気でやってるみたい」


『そう、そうなの、それで?』


急かされて、言葉に詰まる。頭の中では、話す順序を整列させてあったというのに。


「中には物珍しいものもあった。直ぐに調べてみるからね。じゃあ、……手紙を読むよ」


観念して、手に持っていた紙を広げる。


ざらりとした手触りに、砂が付着しているのが分かる。


少し払って、セナは読み上げていった。


『セナ、オリエ、元気でいるか。俺は、元気だ』


ここで一息、呼吸を入れる。


オリエが前に乗り出すように身を動かしたのを見て、溜め息を吐きたくなったが、抑えた。


『森や川で拾ったものを送る。場所は大陸の中央部とツルマンの近く、詳細の地図は使いの者に渡してある』


『元気なのね、元気でいるのね』


何度も呟くオリエを見て、セナは複雑な思いを抱えさせられた。


ぼんやりと手元の手紙を見る。


いや、見ているかどうかも定かではない。


セナは、続きを読み上げた。


『セナ。引き続き、可能性のありそうなものを送る。研究の方は頼んだ』


セナは、手紙を丁寧に折った。


『え、それだけ?』


オリエが小さく言う。


「え、あ、うん。以上だよ。短い手紙だね、ライアらしいと言えばそうなんだけど……。だからって、もう少しくらい近況とか書いてくれてもいいのにね」


『…………』


オリエの落胆ぶりが、モニター越しに痛いほど伝わってきて、セナを苦しめる。


セナは何とか、取り繕うようにと話しかけた。


「ライアも忙しくしてるのかな。あいつ、おっちょこちょいなところがあるから、川に落ちてなけりゃいいけど」


『私宛には、何もない?』


どきり、とした。


隠そうとする気持ちを、見透かされているような気がして。


「……無いよ。でも、僕宛っていうより、僕とオリエ、二人に宛ててるっていうか、」


『うん、そうだね。元気なら、それでいいの。それだけでも、知りたかったから、嬉しい』


モニター越しの表情は、笑顔だった。


「ああ、元気なら、それでいい」


セナも何とか、笑顔を返した。


『見せてくれる?』


え、と思い、セナは手紙を見た。


知らず知らずに指に力が入っていたのか、所々折れ曲がってしまっている。


「この、手紙を?」


『うん、久しぶりにライアの字を見てみたいの。ライアってば、わざと字を汚く書くのよね。それが本当に汚くって、私いつも大笑いしちゃう』


「でも、」


セナは不自然にならないようにと、頭で考えながら慎重に言葉を並べていった。


「何かに汚染されているかもしれないから、これを中に持っていくわけにはいかないんだ」


『調べてからじゃないと、ダメ?』


「そういうことだよ」


『分かったわ。じゃあ、調べて大丈夫だったら、見せて欲しいの』


「ああ、それなら……いいよ。なるべく、早く確認する」


『ありがとう』


ライアは、早くその場を離れたかった。


もうこれ以上は、耐えられない。


「じゃあ、夜ごはんもしっかり食べるんだよ」


いつもの挨拶を手短に済ますと、モニターの電源を落とす。


手紙は、握った手の中で、ぐしゃりとその姿を歪めている。


「こんなもの、オリエに読ませられるかっ」


ぐぐっと握り込まれているのは、手紙ではなく、自分の心臓のような気がして、セナは吐き気を覚えた。

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