膨れあがる疑問
罠か――と断定した直後、魔力と共に唸り声が聞こえてくる。こちらに仕掛ける様子だが、雪斗の思考は自分のことよりも別にあった。
「外はどうなっているだろうな……シェリス達は――」
「町中で騒ぎがあれば、それこそ城側が動くでしょう」
リュシールは呟きながら、部屋の扉に目を向ける。
「気を失っているその子を守りながらというわけだし、面倒よね」
「そうだな……で、肝心の敵だが、そいつを倒さない限り魔物が出続ける可能性もあるんじゃないか?」
雪斗の懸念に対し、リュシールやナディは険しい表情を見せる。
「敵が俺達が侵入してきたことにより、町中で暴れるとしたら……」
「――少なくとも、この迷宮は私達が入り込んだ場所しか入口がないはず」
そう告げたのは、リュシール。
「魔法で確認したからここは間違いない。よって、もし魔物が出るにしてもシェリス達が抑えてくれるはず」
「だといいが……ともあれ、俺達としてはどう動くべきか……いや、ここは彼女のことを優先だな」
寝息を立てる登美子を見据えながら雪斗は述べる。
「二手に分かれるという考えも合ったけど、さすがに彼女を守りながらではリスクもある」
「そうね……ひとまず入口を結界で固めて退路を断つことにしましょうか」
リュシールの提案に雪斗他この場のメンバーは全員頷き、行動を開始する。扉を抜けると、そこには複数の魔物がいた。
見た目は全身鎧の騎士。迷宮内にも発生するような姿をしており、雪斗は嫌な予感がした。
「この場所は、あっちの迷宮を元に作成したとか、か?」
雪斗の言う迷宮とは邪竜達がいた方を指すが、その意見にリュシールは否定的だった。
「どうかしら。似たような魔物がいるからあっちの迷宮を再現しているというより、迷宮を模して実験しているという方がしっくりくるけれど」
「この魔法屋の店主が?」
「かもしれないわね……来るわよ」
リュシールの言葉に雪斗達は即応。襲い掛かってくる魔物達の得物は長剣だが、それに対し雪斗は斬撃を見舞う。
狙いは剣そのもの。双方の刃が激突した瞬間、魔物が握っていた剣が、何の抵抗もなく切れた。
刹那、雪斗が振り抜くと魔物の体が綺麗に両断された。手応えもほとんどなく、それほど硬度がないことがわかる。
「強くはないな。似ているだけだ」
「やっぱり迷宮を真似しているだけかしら」
ナディが雪斗に律儀に応じながら拳で敵を吹き飛ばす。魔物は彼女の動きに応じることができず、翻弄されているような形。
「動きもずいぶんと鈍い……時間稼ぎにしてもお粗末よね」
「ナディ、油断はするなよ」
「わかってる……よし、倒した」
「イーフィス、大丈夫か?」
雪斗は後方に確認の問い。彼が登美子を抱えているためだ。
「問題はないですよ。援護もできます」
「そっか。リュシール、俺とナディで前衛はやるからイーフィスの守護を頼む」
「わかったわ。それじゃあ進みましょう」
彼女の言葉により雪斗とナディは動き出す。構造が単純であるため元来た道を戻るのはさして問題はない。
そう時間も掛からず出口が見えたのだが――それを阻むように多数の魔物が存在していた。先ほど交戦した騎士のような出で立ちの者に加え、ゴーレムと言うべき岩で構成された者もいる。
雪斗はディルへ指示を出し魔力を探らせるのだが、その結果、
『魔力そのものはあんまり強くないね』
「……ディルによるとあまり強くないみたいだけど、敵としてはどうしたいんだろうな?」
「さあね……いえ、こうなると狙いは私達を閉じ込めておくというわけではないのかも」
ナディの意見。雪斗はそれに首を傾げ、
「どういうことだ?」
「突然魔物が出現した以上、キサラギトミコさんを助けた後も個々を調べることになるでしょう? 敵の狙いは再度個々を調べさせて、罠にはめること……そういう目論見があるのではないかしら」
「一理ありそうだけど……相手は悠長だな」
現状、登美子という弱点があるため、雪斗達を倒すのならば今仕掛ける方が都合が良いはずだが――
「敵は私達の実力を甘く見積もって、などとは思っていないでしょう」
と、これはリュシールの言。
「異世界来訪者を誘拐した以上、必然的に雪斗を始めとした邪竜との戦いを経験した者が来ることは相手もわかっているはず。だから目の前の魔物の質で勝てるなんて予測はしていない」
「状況的にナディの考えの方がまだ可能性としてはあり得るのか」
「そうね」
「ただその罠にはめる、というのも疑問だな。俺達を何かしらの形で仕掛けるにしても、生半可な手段では通用しないとわかるはずだが……リュシール、罠らしき気配はあるのか?」
「それがないのよね」
否定の言葉。それと同時、交戦が始まる。
とはいえ迷宮の戦いとは比べものにならないほど、敵が弱い。霊具を持っていない者なら苦戦するかもしれないが、雪斗にとっては雑魚でしかない。
「……疑問は膨らむばかりだけど、とにかく今は脱出を優先しよう」
雪斗はその指示と共に、一気に敵を撃滅していく。時間にして数分。数だけは多かった前方の魔物達は、全て撃破に成功する。
そこから階段を上がり、雪斗達は店の入口に。そこには変わらぬシェリス達の姿が。
「物音がしていたけれど、無事だった?」
「ああ。魔物が出現したがいずれも弱かったし」
「魔物か……何が目的なんだろう?」
首を傾げるシェリス。雪斗は小さく肩をすくめながら、登美子を抱えるイーフィスへ視線を移す。
「怪我とかは?」
「ありませんよ」
その言葉の直後、城の騎士達がやってくる。その中にはレーネの姿もあり、
「ユキト、大丈夫か!?」
「問題ないよ……レーネ、彼女を任せてもいいか?」
「無論だ。そのために来た。それでこの店についてだが」
「わからないことが多くてこちらも戸惑っているんだけど……」
ユキトが返答した矢先、店の奥からまたも魔力が。レーネ達が身じろぎした直後、リュシールは提案を行った。
「ともかく、ここを調べないわけにはいかないから……私達が動くわ」
「わかりました。こちらは――」
「どうするかは相談しましょう……といっても魔力を感じた以上、手早く動きべきかしら」
そこから、雪斗達は少々話し合い、各々動き始める――この時点では、誰もこの後起きる出来事を予想できるものは、皆無だった。




