友人
雪斗が部屋に戻ると入口にレーネが待っており、開口一番謁見の内容を訊いてきた。
「どうだった?」
「クラスメイトの無事は保証。あと元の世界へ帰れるように助力をお願いした。以上」
「帰る手段、か。それは魔紅玉を用いなければどうにもならないのでは?」
その意見に雪斗は肩をすくめる。
「魔紅玉に相当するだけの魔力さえあれば、たぶんいけるだろ。実際俺は、迷宮内にあった物を使って帰ったわけだし」
雪斗は帰った経緯を思い出す。戦いに勝利し、自分は帰還した。他の皆は――
「……それにもし魔紅玉を使ったなら、大臣は同じことを繰り返すだけだろ」
「それはそうだが……」
「大臣を黙らせる手段をきちんと構築しないといけない。謁見の際に話はしなかったが、ジークには何か手があるのか……」
ジーク――雪斗にとって彼は友人と呼べるような存在だった。
雪斗から親交を持ったわけではない。きっかけは前回召喚された時に聖剣を握り戦った人物だ。
「ま、この辺り本人に詳しく聞くことにするから」
「そういえば、個人的に話のできる場所を知っていたんだったな」
レーネの言及に雪斗は頷く。
「そこに赴けばジークは間違いなく待っている……というわけで、まず二人で改めて話し合い、どうするか決めることにするよ。それで、レーネ」
「ユキトのクラスメイトのことか?」
「ああ。ジークにも言ったけど、俺は明日外に出るから特に注意してほしい」
「わかった。隊の騎士を用いて対応しよう」
「頼む」
雪斗の言葉にレーネは微笑を浮かべ頷く。その顔は、雪斗に頼られて嬉しいような雰囲気があった。
夕刻となり、空が茜色になる中で雪斗は城の上階へとやって来た。窓の外から差し込む夕日に目を細めながら、迷路のような廊下を進み、やがて広間に辿り着く。
そこは本来、舞踏会などに使われるホール。現在は静寂に包まれ、雪斗が歩む足音だけが響く。
「……いるな」
雪斗の視線の先には、バルコニーへ出るために設置された両開きの窓。それがいくつも並んでいるのだが、その一つが少しだけ開いていた。
前回なら雪斗の隣には聖剣を握る勇者がいた。けれど今は一人。雪斗はこの世界に、一人舞い戻ってきてしまった。
広いホールをゆっくりと歩み、少しだけ空いている窓に手を掛け、外に出る。その先は大理石の手すりがある、ホールに対して小さめのバルコニーが。
そこに、
「ユキト」
「ジーク……改めて、久しぶり」
謁見で顔を合わせたジークが、待っていた。
「示し合わせたわけじゃないけど、やっぱりここにいたな」
「僕は相変わらずだよ。悩んだらここに来て景色を眺め頭を一度空っぽにする」
ユキトは眼下に広がる景色に目を向ける。広大な町並みがそこにはあった。
フィスデイル王国の王城は、天を突くという表現が似合うほどの高さを持った建造物であり、そこから見える景色は雄大なものだった。雪斗がいる自室からの眺めも良いが、さらに上階にあたるこの場所で眺める現在の景色は、茜色の空も相まって現実感を喪失させるほど。
「……本当に、すまない。ユキト」
沈黙を置いて、ジークは口を開いた。
「迷宮が復活し、魔物が都に襲い掛かってくる段階で、勇者召喚について一度話題に上がった。けれど僕は断固反対した」
「でも、大臣によって実行された」
「押し通しても問題はないと考えたんだろう」
「一年では、さすがに状況は変わらない……いや、あの戦いの犠牲者を考えれば、仕方のない話か。ジーク側の人間もいなくなってしまったからな」
「少しずつ変化はしている。けれど、まだまだだ」
――若くして王に即位したジークに、国を動かすことは困難であった。だからこそ廷臣達がそれを支え、補佐し、国をよくしていく――というのは建前で、実際は権力の中枢にいたグリーク大臣の独壇場であった。
前回の勇者召喚もほぼ彼の独断で行われた。ただ前の時はそれこそ窮地に立たされており、ジークが内容を聞いていても、藁にもすがる思いで受諾しただろうと雪斗は思う。
「僕に付き従う重臣が増えているのは事実だ。けど、大臣との差はまだ大きい」
「仮に魔紅玉を得れば、大臣はさらに権力を強めると思うぞ……何か考えがあるのか?」
「それについて、ユキトは確認するためにここに来たんだろ?」
雪斗は即座に頷いた。
「ああ……もう二度とこんな馬鹿なことを繰り返さないために、グリーク大臣を止める手法を確立しなければ、俺としても帰れない」
「そうだな……手はある。というより、大臣にこれ以上召喚などという無茶をさせないためのきっかけを作ることができる」
「それは?」
雪斗が訊くと、ジークは少し間を置いてから話し始めた。
「まずなぜ召喚を行うのか。それは聖剣を扱える人間がいないことに起因している」
「つまり、魔紅玉により聖剣を扱える存在をこの世界に出現させると」
「そうだ」
「ジークが言う以上、それはジーク自身が使えるようにするってことか?」
「ひとまずそう考えているが、僕だけ使えるようにするだけでは意味がない。聖剣所持者を後世に残すには、血筋かあるいは別の何か……とにかくこの世界に聖剣所持者が存在するよう、魔紅玉に願うことになる……ユキトとしては不服か?」
「二度とこんなことをさせないためには、良い回答だと思う」
雪斗はそう述べ、肩をすくめた。
「それ以上のことは……例えばジークが聖剣を扱えるようになった結果起こる弊害とかは、申し訳ないけど俺には関係ないからな」
「そうだな……ひとまずこれで、ユキト達のような人間はいなくなると思う」
「ならそれで十分だ」
政治のことはわからない雪斗にとって、何より最優先すべきことはクラスメイトを元の世界に戻すことと、もう二度とこんなことを繰り返さないようにすること。後者について、ジークの解答は妥当なもの。
「なら、俺達が元の世界へ戻る手段については?」
「前回、邪竜と戦いユキトがどう戻ったかについての結末は聞いている。結論を言えば、魔紅玉に匹敵する魔力のある道具があれば、転移は可能なはず」
「けど、そんなものを用意するには――」
「かなりの資材と資金が必要になるな……そこについては任せてほしい」
「わかった」
雪斗は同意。一国の王が語っているのだ。これ以上の助力はない。
「それで、ユキト……前に召喚された者達は? みんなは――」
「全員、無事だよ」
雪斗としては特に負の感情を込めたつもりではなかった。けれどジークは声音から何かしら不穏なものを感じ取ったらしい。
「何か、あったのか?」
「……それについては、いずれ説明する。今はまだ俺としてもこちらの世界へ来て混乱している部分もあるから」
「そうか」
「ただ、一つだけ、全員無事に戻った。これだけは間違いないから」
「わかった……良かった」
安堵した声。ジークも前の戦いの顛末は知っているわけだが、本当に生還したのか確認するには元の世界を覗かなければならない以上、確認する術がなかった。よって雪斗の言葉を聞き、改めてほっとした様子。
「ならば、次の話だ……外側にいる魔物についてだが、ユキト、本当に一人で行動するのか?」
「ああ。襲撃した魔物の強さから魔物を率いる存在の強さもある程度推察できるし、一人でも問題はないと思う。そして何より、試したいことがあるからな」
「試したい……?」
「『聖剣』なしで邪竜の力に対抗する技法を、俺は最終決戦で手に入れた」
唐突な発言。その言葉にジークは驚き目を見張った。
「技法を……!?」
「それを使えるかきちんと試しておきたい。下手するとこの技法は味方も巻き込むから、一人でいる時の方が色々とやれる」
ジークはここで「しかし」と告げようとした様子。だが雪斗の確固たる表情を見て、すぐに引き下がる。
「わかった。ユキト……気をつけてくれ」
「もちろんだ」
頷く雪斗――そうして、友との会話は終わりを告げた。