観光
事件が生じる前、翠芭達はそれぞれ班に分かれてクラスメイトと共に町中を移動していた。町の人達も優しく接し、特段問題なく見て回ることができた。
「本当に異世界なんだな……」
ふいにクラスの誰かが呟くのを翠芭は耳にする。非現実的な光景――城にいて眼下に存在する町を眺めるしかなかったためか、今まであまり実感がなかったのかもしれない。
そもそも今日、こうして町に下りるまで基本的に城の人と多少関わりを持っていただけで、多くはクラスメイト同士で話をしていた。だからこそ町を見て回り、この場所で生活している人を目の当たりにして、実感が湧いてきたのだろう。
「とりあえず、問題はなさそうだな」
共に行動するレーネが声を発する。彼女は他の班とも連絡を取り合い、逐一問題がないかを確認している。
翠芭としては彼女の行動は頭の下がる思いだった。きっと翠芭が想像もつかないような作業を経て、今回の観光は実現している。
作業量については、正直見当もつかないくらい――そうまでして彼女は今回の観光を成功させようとしている。それはひとえにクラスメイト達を動揺させまいとするため。ひいては雪斗達の後顧の憂いをなくすためか。
「スイハ、町はどうだ?」
ふいにレーネが問い掛ける。それに翠芭は思考を止め、
「綺麗ですね……なんというか、古めかしい建物があまりないのは――」
「邪竜との戦いによるものだ。名うての冒険者達が集っていたため、迷宮の傍にもかかわらずどうにか陥落だけは防ぐことができた。しかし、建物については大小被害が出た」
そう語るとレーネはどこか遠い目になった。
「この都の崩壊を防ぐことはできたが、魔物を押し留めることはできず、結局被害は大陸全土に広がった……建物については、言い方は少し違うかもしれないが、爪痕の一つと解釈してもらっても構わない」
レーネはそう語りながら視線をどこかへ向ける。それはきっと、迷宮のある方角だ。
「邪竜との戦いの間にも復旧作業は進み、結果的に現在は以前と変わらないくらいにはなったが……皮肉なものだな。あの戦いはひどく荒み、絶望的だったはずだが、町並みだけを見れば逆に繁栄していると言っても良いかもしれない」
苦笑が彼女の顔に浮かぶ。
「ともかく、だ。現在は都も整備し直され、動きやすくなった。以前は袋小路のようなものも多数あり、区画整理などをしなければならないと言われていたくらいなのだが……」
「町並みとかも変わっているんですか?」
「そうだな……以前と比べれば」
レーネは答えながら翠芭へと視線を注ぐ。
「さて、大体主要なところは見て回ったな……この王都は良くも悪くも迷宮と王宮を中心に回っていたため、君達が楽しめるような施設もほとんどないのだが……」
「いえ、こうして回るだけでも楽しいですから」
「そう言ってもらえると企画した甲斐があったというものだ……ふむ」
と、レーネはじっと翠芭へと目を合わせ続ける。
「何か悩んでいることがありそうだな」
「え、その……」
「といっても、こんな世界に突然来てしまったんだ。悩み事なんて掃いて捨てるほどあるか」
そう語った後、レーネは小さく微笑んだ。
「短い付き合いだが、境遇などを踏まえればどう悩んでいるかは理解できる……それに対する私の答えは一つだ。焦らなくていいし、場合によっては責任だって負わなくていい」
――聖剣所持者であるため頑張らなければならないということに対し、レーネは焦るなと語っている。そして聖剣を所持している事実はあるが、怖ければ逃げてもいいと語っているのだ。
「……本当に、それでいいんでしょうか?」
翠芭はクラスメイトを目で追いながら問い掛ける。現在彼らは町の露店を見て回っている。店員達も彼らに丁寧に応対し、また引率の騎士が買うかどうかを彼らに相談している。
「今回の召喚は……私を連れてくるために行われたもの、なんですよね?」
「ああ、確かにそういう面があるのは事実……しかし偶然ながらユキトがいた。彼が切り札を抱えている以上は、君に負荷を掛ける必要性は少ない」
と、語った後にレーネは肩をすくめた。
「ただスイハも懸念しているとは思うが……結局のところ、誰かにしわ寄せがいくのは確かだ」
そう言った後、レーネは小さく息をつく。
「言いたいことはわかる。ユキトにしわ寄せがいってしまったら駄目なのではないか、と……ただ、だからといって……スイハが召喚された事実を踏まえ、戦わなければならない、という理由にはならないと思う。それに」
と、レーネは難しい顔を見せた。
「本当なら、この世界の者達で決着を付けるべき話だ。負い目は多少なりともあるだろうけれど……少なくとも陛下などは君達が被害者だと確信している。だからどういう選択をしても、受け入れる所存でいる」
明言し、レーネは周囲を見回した。
「町の人々もそれはわかってくれるはずだ……陛下のご意思だからな」
そう告げられても決して翠芭の心は晴れない。ただその点についてレーネもわかっているのか、
「前回召喚された面々も、自分がやらなければという強い使命感があったな……それは聖剣を握ったカイを筆頭に、全員だ。前は状況が逼迫していたとはいえ、あそこまで戦い続けたのは……気質的なところも多いのだろう」
「気質……ですか」
聞き返す翠芭に対しレーネは再度笑みを浮かべた。
「そうだ……さて、辛気くさい話はここまでにしよう。そろそろ昼に近いくらいだが、食事の方は既に場所を確保している。まずはそこに行こう」
「お昼を食べた後も、見て回るんですよね?」
「一応その予定だが、何かやりたいことがあれば聞くことになっている」
「なら一度クラスメイトと話をしてみます」
翠芭の言葉にレーネは頷き、
「わかった。食事の後か……休憩は挟むだろうから、その間にどうするか結論をまとめてくれるとこちらも助かる」
「はい、わかりました」
このくらいはやらないと――そう翠芭が心の中で声を発した直後、一人の兵士がレーネへ寄ってきた。
「どうした?」
「それが――」
何やら報告を開始する。それによりレーネの顔が、暗くなった。




