謁見
戦いを終わってからすぐ――雪斗に対し王が「話をしたい」と申し出た。いつでも良いと言われたので、できればすぐと返答した結果、急遽謁見をすることになった。
「俺がすぐと言ったんだけど、迷惑だったかな」
「陛下もできるだけ早く話したいと思ったはずだし、大丈夫だろう」
雪斗の言葉に先導するレーネはそう答えた。
装備は剣を消した以外は戦いの時とまったく変わっていない。ちなみにディルの力によって具現化した装備であるため、彼女に指示すれば元の姿になる。
「そっか……できる限り早く公の場で要求しておいた方がいいこともあるから、これで良いだろうな」
「クラスメイトのことか?」
「ああ」
返事をした直後、雪斗の目の前に大きな両開きの扉が現れる。玉座の間へ通じており、それがゆっくりと開かれる。
中には――赤い絨毯が一直線に敷かれ、その左右に騎士や、文官と思しき者達が並ぶ。雪斗達を召喚したグリーク大臣もそこにはおり、彼の周辺には部下と思しき人物もいた。
「私はここまでだ」
レーネは告げるとこの場を立ち去った。そして雪斗はゆっくりとした歩みで玉座の間へ入り、絨毯の上を歩く。
広間は大理石のような白い建材で作られており、窓から太陽光が差し込むことに加え魔法の光により影になるはずの部分を照らし、負の部分が一切無い。
赤い絨毯はやがて数段の階段へと続き、玉座の真下まで到達している――そして玉座に座る王は、若い。
綺麗な青い髪を持った、雪斗とさして変わらない年齢と思しき王。雪斗としては幾度となく接したことがある、懐かしい人物。白い法衣姿ではあるのだが、若いためか王としての威厳などは薄く、それが少し悩みであると彼自身語っていたのを雪斗は記憶していた。
階段下に到達すると雪斗は立ち止まり、ひざまずこうとする。しかし、
「礼はいい、勇者ユキト。そのままで」
王から呼び掛けが。それに雪斗は従い、立ったまま会話をする。
「お久しぶりです、ジーク王」
「ユキトにとっては不運以外何物でもないが、な」
どこか申し訳なさそうに語る王――ジーク。
「まずは、謝辞を。今回押し寄せる魔物の討伐を行ってもらい、感謝する。ユキトの力がなければ、兵に大きな被害が出ていたはずだ」
「……兵士や騎士の方々を見て気付きましたが、霊装騎士団はどうしたんですか? あれほどの数の魔物なら迎撃に出ていておかしくないはずですが、あの場にはいませんでしたよね?」
――霊装騎士団とは、霊具を所持する者達が集う精鋭部隊。
「彼らは別件で都を離れている」
「別件?」
「邪竜との決戦より一年……その余波はまだ存在し、国内各地で魔物が散発的に出現し続けている。その調査と討伐のために、霊装騎士団は出払っていたのだ。とはいえ今までは全員が外に出ているわけではなかったため、都に魔物が近づいても対処はできていた」
「しかし今回はいなかったため、危ない状況だったと……」
これを口実に勇者召喚を――そんな可能性が浮かんだ時、ジークから重い言葉が。
「そうだな……霊装騎士団が外に出払っているところを狙われたと見る向きもある」
つまり、魔物側にこちらの状況が漏れている可能性を危惧している。
密かに魔物が王都に潜入しているという線もあるが――城壁の内側は魔物が入ったらわかるような永続魔法が掛けられているため、可能性は低いと雪斗は内心思う。
それよりも人間側に裏切り者がいて、情報を何かしらの形で与えていると考える方がしっくりとくる。
「この件は現在調査中だ……今後さらに魔物の脅威が現れることに備え、相応の態勢をとらなければならない」
そこまで言うと王は嘆息した。
「現在霊装騎士団を呼び戻している。いずれ防衛計画を再検討することになるだろう……さて、勇者ユキト。私達はあなたに協力を願いたい。魔物の討伐。さらに迷宮の再攻略を」
「その場合、こちらとしても条件があります」
「無論だ、言ってくれ」
「まずは、私と共に召喚された者達の保護を。これは絶対条件であり、私としてはそれを最優先とします」
「そこについてはこちらも理解している。守ることを約束しよう」
「加え、以前と同様――全員が元の世界へ戻るために私は行動します。よって、その支援をお願いしたい」
その言葉により、ジークは少しばかり思案し、
「……もっとも手っ取り早いのは、迷宮の主が守る『魔紅玉』の力を使うことだな」
魔紅玉とは霊具の一種。その効力は極めてシンプルであり絶大――手にした者の願いを叶える力を持つ。死者すら復活させるこの霊具を使えば、クラスメイト全員が元の世界へ戻ることは可能。
「……前回、俺は邪竜との決戦に勝利してある願いを叶えました。その内容はジーク王も把握しているはず」
「ああ」
「そこで魔紅玉は力をなくし、迷宮の外に出して保管したんですよね?」
「そうだ。二度と悲劇を繰り返さないよう、外へ出した……だが、今は迷宮の奥だ」
力をなくしても、迷宮の最奥に安置すれば魔紅玉の力はいずれ復活する。その代償として迷宮に魔物が出現し、雪斗が前回召喚された際はそれこそ凄惨な戦いとなったのだが――
「ただ前回のように、魔物が外に出るようなことにはなっていない。現在は迷宮そのものを厳重に封鎖し、出入りできないようにしている」
「わかりました……ひとまず大丈夫のようですね」
「ああ。けれど封鎖して放置することもできないというのが我らの総意だ。まずは魔物襲撃について解決し、その後迷宮を攻略という形になるだろう」
「わかりました……もし魔紅玉の願いを別のことに使うのならば、他の手段で帰還する方法を構築する必要があります。その場合、援助をお願いします」
そう言うと同時、雪斗は誰が魔紅玉を迷宮奥へ戻したのか思考し――グリーク大臣だと心の中で断じた。
おそらく彼が迷宮に魔紅玉を戻し、自身の願いを叶えるべくそれを手にするために勇者を再度召喚したのではないか――雪斗は大臣が願いを叶えるという事態は避けるべきだと強く思う。
ただ、もし別の誰かが魔紅玉で願いを叶え外に出しても、大臣は今回のように同じことを繰り返すだろう。この連鎖を止める必要もある。
(最大の疑問は外にいる魔物との関連があるかどうかだけど……情報が少ないし、この辺りは調査しないと判断は無理か)
そう雪斗は結論づけ、王へ口を開く。
「魔紅玉の扱いについては、何か考えはありますか?」
「そこについては、後々協議することにしよう」
ジークはそう述べるに留めた。重臣がいる手前、どうすべきかは語らずということだろう。
「しかしユキトの約束は必ず履行する。それだけは信じてくれ」
「わかりました」
雪斗は頭を垂れる。そこでジークはさらに告げた。
「襲い掛かってくる魔物達についてだが――」
「それについても、騎士団が戻るまでこちらで動こうかと思います」
「ユキトが自らどうにかすると?」
「はい。今回の戦いで率いていた指揮官とは別に、都へ攻め込むためにどこかに潜伏している司令塔的な存在がいる可能性があります」
そう述べ、雪斗は王へ明瞭に告げた。
「敵の総大将がどこにいるかはわかりませんが、あの群れを遠隔で操っていた存在がどこかにいるかもしれません。よって明日一人で都を出発し調査。敵がいたなら討つべく行動します……見つけた場合、必ず討伐致しますのでご期待ください」
その言葉と共に、絨毯の左右に並んでいた面々がざわつき始めた。
雪斗に対する畏怖――黒の勇者。それは多数の犠牲を出さなければ勝てない魔物の群れに対し、絶対的な強さを持っている。それを改めて認識し、驚愕したのだ。
「……わかった」
ジークはやや沈黙を置いて雪斗の提案に同意する。
「必要なものはあるか?」
「特には。ただ念を押しますが、留守中召喚された面々については――」
「わかっている。そこの配慮については細心の注意を払おう」
「ありがとうございます」
――そうして短い謁見は終わった。なおもどよめく玉座の間を立ち去ると、雪斗は小さく息をつく。
「まあ、十分かな」
王の保証もある以上、クラスメイト達についての安全は確保できたと雪斗は思う。
「そういえば、こういう折衝を前回はアイツがやっていたんだよな……俺にこんな役回りがどこまでできるのか……」
雪斗の脳裏には前回聖剣を握った勇者の姿。
「ま、ここは頑張るしかないか」
最後にそんな呟きを発し、雪斗は部屋に戻るべく歩み始めた。




