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黒白の勇者 ~再召喚された異世界最強~  作者: 陽山純樹
第三章

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第一歩

 シェリスとの戦いが終わり、王都へと戻ってきた後、雪斗はまた夢を見た。それは邪竜との戦いで幾度も辛酸をなめさせられた、迷宮内の出来事。


「……っ……」


 ふいに、雪斗は目を開ける。周囲は薄暗く、物音もほとんどない。

 どこからか光が漏れているのか視界の確保はできるのだが、周囲にはゴツゴツとした岩がいくつも存在し視界を阻んでいる。


「……俺は……」


 やがて雪斗は呟く。自分の身に何が起こったのか。


「そうだ、俺は罠に掛かったんだった」


 邪竜との決戦のために入り込んだ迷宮。最初に五人死に、クラスメイト達を率いる白の勇者カイは全員を生き返らせるために『魔紅玉』を使うと表明し――四度目の挑戦だった。


「カイが罠に掛かったのを、俺がかばってここに落ちたんだっけ」


 状況を呟きながら雪斗は立ち上がる。気配の類いも一切なく、少なくともいきなり魔物に食われるということにはならなそうだった。


「とはいえ、状況は最悪だな……」


 雪斗はさらに声を発し、右手を見る。そこにはずっと握り締められていた剣。ただし、刀身は半分なくなっていた。

 突然召喚され、雪斗もまた剣を握り戦うことになった――これはその時に手にした物。けれど今回でどうやら役目を終えることになりそうだった。


「いや、剣どころか俺の役目も終わりかな……」


 雪斗はそう呟きながら歩き始める。


 今回の戦いで、一行に大きな危機が訪れた。怒濤の如く迫る魔物達。それに対し応戦する間にも別方向から敵が――そして最後に、罠。おそらく邪竜が動揺したところを捕まえるべく用意したものだろう。


「本来ならカイをここに落とすつもりだったんだろうけど、残念だったな」


 とはいえ、助けが来るとは考えにくい――ミイラ取りがミイラにならないよう、もし迷宮に取り残されれば捨て置けということを仲間内で決めてある。カイはそれに対し異を唱えていたが――全員で無理をして死んでは駄目なのだ。望みを叶えるためには――仲間達を生き返らせるためには、生き残らなければならない。


「今回の犠牲者は俺一人……であればいいんだけどな」


 みんなはどうしているのか――仲間が目の前からいなくなれば、カイは助けにいくべきだと主張するかもしれないが、雪斗としては見捨てて欲しいと思っている。

 彼が生きていれば、希望はある――ここで死ぬことになったとしても、いずれ生き返ることができるというのなら、雪斗は礎になっても構わない。


「とはいえ、さすがに死ぬのは怖いな……」

 苦笑する。だがそれと同時に雪斗は自分がやるべきことを頭の中で考える。


 少しでも――少しでもカイ達の戦いを楽にするために、一体でも多くの魔物を滅するのだ。半分折れてしまった剣でできることはたかがしれている。だがそれでも、雪斗はやると決めた。

 雪斗はひたすら歩み続ける。どこかにつながっている可能性は高く、そこは間違いなく魔物の巣だろう。


 自分は死刑台に一歩ずつ近づいている――そんな言葉を思い浮かべながら歩みを進めていると、ふいに雪斗は横に首を向けた。


「……何だ?」


 微細な魔力。ただそれは鬱屈とした迷宮の中でずいぶんと異様な質を持っていた。

 死地へ向かおうとする意識故か、神経を研ぎ澄ませていたから感じ取れたもの。雪斗は自然とそちらへ足を向ける。


 薄暗い中で歩んでいくと、目の前の地面に何かが突き刺さっているとわかる。それが何なのか間近に到達して、


「……剣?」


 漆黒の剣が一本、硬い地面に突き立てられていた。


「決戦前に丁度いいけど……魔力からすると霊具の一種だろうし」


 呟きながら雪斗は持っていた剣を投げ捨て、漆黒の剣を握り締める。淡い魔力を感じ取ることができて、雪斗はそれをゆっくりと引き抜いた。

 地面からはあっさり剣は抜け、雪斗は刀身を眺める。柄から刃の先端に至るまで全てが黒。これだけ見れば魔神由来の物かと勘違いしてしまいそうだが、雪斗は霊具だと確信できた。


「こんな場所にある霊具だし、特級や天級とまではいかないだろうけど――」


 その呟きと同時、頭の中でピシリと小さな音がした。周囲を見回してみるが何もない。しかし、


『お、やっと抜いてくれる人が現われたか』


 突如、女性の声がした。頭の中に直に響くその声に雪斗は一度驚き、


「……もしかして、お前か?」


 剣に話し掛ける。すると、


『あっさりと私に話し掛けたね。正解。私の名前はディル。よろしく新たな所持者。まあ気付いたらこの場所に突き刺さっていた身だから、他に所持者がいたのかわからないんだけど』

「なんだよそれ……」


 暗い空間の中にいてずいぶんと天真爛漫な声。ただ迷宮のこの場で彼女(?)の声はなんだか安堵する。


「えっと、気付いたらと言ったな? お前はずっとここにいたのか?」

『そうだね。ちなみにあなたの名前は?』

「……瀬上雪斗」

『セガミユキト? 変わった名前だね』

「事情は、説明するよ……それで、だ。俺は現在罠にはまって仲間とはぐれ窮地に陥っている。で、せめて魔物をできるだけ倒し仲間を楽にさせたい。協力してくれるか?」

『んー、その言い方ってもしや死ぬ気?』

「さすがに一人で迷宮の奥地にいるんだ。生きて帰れるとは思っていないさ」


 少々の沈黙。やっと出会えた所持者が死ぬ気なのだ。彼女としても不服だろうとは思う。


『……ま、やってみなければわからないよね』

「何の話だ?」

『そっちが生き残れるかどうかの話』


 言葉の直後、剣から魔力が流れ込んできた。

 それは――雪斗が思わず絶句するほどの濃密なもので、先ほどまで所持していた霊具とは比べものにならない力だった。


「な、何だよこれ……!?」

『これが私の力。どう? 恐れ入った?』


 声だけしか聞こえていないが、少なくともディルが笑みを浮かべているのだけは、雪斗にもわかる。


『ま、生きて無事に帰れるのか、それとも魔物を倒すだけ倒して果てるのか……そこのところはわからないけど、頑張ろうじゃないの』

「……お前、名のある剣だったのか? これほどの魔力……」

『さあね? でもそんなことはどうでもいいよ。私は私。その名はディル……そういえばこの名もどうやって決めたんだっけ?』


 不安になるような言葉ではあったが、雪斗としては頼もしいと思うもの。湧き上がる力は高揚感をもたらし、さらに言えばこれまで遭遇してきた魔物に負けないという強い確信を抱かせる。


「……わかった、ディル。それじゃあ早速だが魔物と戦うことにする」


 言いながら雪斗はあることに気付く。感覚が鋭敏化し、距離はあっても敵の位置を把握することができる。


「すごいな、この力……ディル、早速だが向かうぞ」

『了解。頑張ろうね』


 その言葉に雪斗は「ああ」と応じ、歩き始めた。




 ――それが雪斗とディルの出会い。その後雪斗は文字通り激戦をくぐり抜け、ついに地上へと帰還する。


 カイ達が歓声で迎える中、雪斗は「ただいま」とひと言添え、限界を迎えたか倒れ伏す。それが雪斗の――黒の勇者として戦い始める、セガミユキトの第一歩だった。


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