皮肉な話
雪斗はシェリスへ斬撃を見舞う――それにシェリスは杖を用いて弾き飛ばした。
二の太刀を刻もうと雪斗は目論んでいたが、シェリスの力加減は絶妙で機先を制す形となる。雪斗はもう一歩が踏み込めず、後退するしかない。
「ユキトの剣はそれこそ邪竜との戦いで得た、死と隣り合わせの剣術」
シェリスはそう呟きながら杖を振る。魔力が込められたその武器は、並の魔物ならば触れただけで消滅しそうな雰囲気さえあった。
「対する私の杖術はどちらかと言えば護身用だけど、ユキトが剣を振るずっと前から鍛錬を続けてきた」
「実戦経験はともかくとして、技量では互角だと?」
「さすがに互角とまでは言わないよ。けれど魔神の魔力の影響で、差は縮まっているはず」
そう声を発した矢先、ナディが横から蹴りを放った。それをシェリスは杖ではなく、手で防御する。
手のひらと足先が激突する。わずかながら余波が生まれ、結果としてナディがたじろいだ。
「正直、ナディは力不足だと思うけど」
「それは私が一番よくわかっているわ」
応じながらも戦意は消えない。
「でも、ここで引き下がるわけにはいかないのよ」
「足手まといになるかもしれないよ?」
「ユキトはそう思っていないようだけど」
拳が放たれる。邪竜との戦いで数え切れないほどの魔物を屠ってきた彼女の拳。だがシェリスはそれを涼しい顔で受ける。
そこで雪斗が踏み込む。ナディと交戦することで、ほんの一瞬ではあるが隙が生じる。その一瞬は雪斗にとって十分過ぎるほどの時間。
「ふむ……」
一方でシェリスは何やら察した様子で、雪斗の剣を再び受けた。
今度は雪斗が押し込む。シェリスはさすがに真正面から受けるつもりはないのか、剣戟の反動に引き下がった。
「なるほど、現状私に有効打を与えられるのはユキトだけ。けれど隙を作ることはできると」
「ま、そういうことね」
ナディは答えながら雪斗へ視線を送る。何か考えを抱いた様子であり、雪斗もまたそれを察した。
すなわち、シェリスはナディに対し油断している。そこをつけば作戦時に有利になるかもしれない。
ともあれ今はまだ時間稼ぎの段階。まだこれを利用して何かをするという段階ではない。
(しかし、どうするか)
雪斗は思案し始める。イーフィスが魔法を使うべく準備を進めているわけだが、それがいつになるのかわからない。加えシェリスに猛攻を仕掛け再生能力を発揮させないほどに追い詰めると、それにより魔神の魔力が彼女の体を覆うかもしれない。つまりつかず離れずの状況に持ち込み、イーフィスの魔法を待つしかない。
(難易度が高い……が、思い返せばそんな戦いばっかりだったな)
邪竜との戦い――熾烈を極めたその戦いで、いくつも死線をくぐった。あの時そこまで必死になれたのは、クラスメイトと共に元の世界へ帰ろうとする強い意志。
今回はどうか。目の前には魔神の力によって侵された戦友――それを救うために、雪斗は全力を尽くす。
(こうした仲間を救う戦いは幾度もあったけど……さすがに仲間と対峙してってことは一度もなかったかな)
「来ないのなら、こちらから行くよ」
シェリスは宣言して前に出る。そこで雪斗は反応し。自身もまた足を前に出した。
まったく同時に武器を振るい、剣と杖が激突する。魔力が迸り大気を切り裂く――この戦いで初めて、火花を散らすような光景が生じた。
「そういえば模擬戦闘で何度も戦ったが、こんな風に全力で、というのは初めてか?」
「私は模擬戦闘の時からずっと本気だったよ……私とユキトの間には明確な差があった。同じ天級霊具であっても、私は完全にその力をものにはしていなかった」
「ファージェン平原の戦いでは、完全でなかったけれどあれだけの戦いができたってことか?」
「ええ、そうね」
雪斗が杖を弾く。数歩たたらを踏んだシェリスに対し、雪斗とナディはまったく同時に彼女へと迫ろうとした。
けれど、
「……っ!?」
ナディが呻く。突如シェリスが魔神の魔力を発した。しかもそれはどす黒いもので、雪斗も強い圧を感じるほどだった。
ナディが呻いたのを確認すると雪斗は動きを中断し、様子を窺う。ナディもまた引き下がる。そしてシェリスは、
「私が持つ天級霊具は、まだその本質が隠されていた……皮肉にも魔神の魔力を身に受け、形質が人間よりも魔物なんかに近くなったことで魔力を強く感じ取り、その力を上手く扱えるようになった」
「つまり、魔神の魔力を得て強くなったと」
雪斗の言葉にシェリスは微笑を浮かべ、コクリと頷いた。
「今の私は……果たしてユキトに追いついたかな?」
魔力が膨れあがる。それは雪斗達がいる空間を支配するかのように充満する。
(……ディーン卿やゼル、レーネなら平気だろうけど、例えばマキスなどの特級未満の霊具所持者すら気絶しそうな魔力だな)
濃密であり、また多大な殺気を含む力。目の前の空間が歪んでいるのではと錯覚するほどの、気配。
それが雪斗達を滅しようという気概を含み、漂っている。
「……さすがに警戒するか」
そうシェリスは口を開き、
「なら、こちらから仕掛けないとね」
杖が揺れる。それと同時に雪斗が機先を制する形で前に出た。
本来シェリスの最たる力は魔法であるのだが、魔法を行使する場合は大なり小なり隙が生じる。ナディが作ったほんのわずかな隙さえも見逃さない雪斗に対し、シェリスは注意を払い魔法ではなくここまで杖術で応じている。
けれど魔法が主攻であることは間違いなく、だからこそ雪斗はそれを使わせないよう迫った。
それに対しシェリスはまず差し向けられた刃を杖で受ける。同時、杖が突如発光を始める。
それは青白い光であり、雪斗も見たことはあった。雷光を生み出すものであり、過去に使っているのを何度か目撃したことがあった。
とはいえ通常使用する魔法とは異なる――準備などをしない魔法であるため見た目上威力が低いようにも、見える。それとも見た目は魔法でも技由来のものであり、瞬きをする程度の時間で攻撃が炸裂するのか。
雪斗は押し込むか一度退くかで選択に迫られる。けれどそうしている間にシェリスが動こうとして――そこに割って入ったのが、ナディだった。




