黒の勇者
雪斗の疾駆は、それこそ指揮官であるデーモンリッチへ一瞬で肉薄できるほどの速度が出せるが、あえてそれをしなかったのは明確な理由があった。
本来なら相手が先手を打つ前に仕留めることが定石だが――この段階で敵の魔力の多寡を見て力量を察しており、それを考慮した結果、攻撃されたとしても確認しておくべきことがあると断じたのだ。
『雪斗、一気に終わらせないの?』
剣からディルの声が聞こえる。けれど雪斗はそれを無視。その間にデーモンリッチが杖をかざし魔力を発した。
その先端に光が宿り、直後放たれたのは雷光。青き雷が迸り、轟音を鳴らしながら瞬きをする時間で雪斗へと迫る――
「さて――」
それに雪斗は左手をかざし、雷光を受け止める。雷が拡散し稲妻が雪斗の周囲に弾け、一時せめぎ合う形となるが、雪斗は顔色一つ変えず振り払った。
それにより、雷撃が逸れまた同時に打ち消される。後に残ったのは地面に残る魔法が突き抜けた余波。土が直線上に焦げ、魔法の威力を物語っている。
『強いのは間違いないけどね』
ディルの端的なコメント。雪斗も内心同意だった。確かに強い――この世界で『霊具』を使用できない人間にとってみれば、絶望的な存在だろう。
雪斗は雷光を弾いた左手を眺める。そこから感じ取れた魔力。これは間違いなく――
「やっぱり『邪竜』絡みであることは間違いない」
『え、今のでわかったの?』
「魔法の中に、前回における最後の戦いで感じ取れた魔力が含まれてた」
『ああなるほど。それを確認するためにわざわざ受けたと』
「前の戦いと本質的には同じ……これからのことを思うと少し憂鬱になるな」
そう呟きはしたが、雪斗はある算段を立てた――すなわち、今回は自分だけで終わらせることができるという考えだ。
「ま、これからのことは戦いが終わって国の人と相談しよう……ディル、決着をつけるぞ」
『お、アレ使うのか。了解』
返答した直後、魔剣から闇が溢れた。それと共に魔力の粒子が雪斗の周囲を舞い、それに触れた魔物が――爆ぜて消える。くぐもった魔物の悲鳴が上がり、敵は雪斗と距離を置く。
展開した魔力によって雪斗の周りに魔物がいなくなり、範囲外にいた魔物達もその力の大きさに恐れたか、動きを止めた。
それはまさしく、恐怖だった。指示を受け人間に襲い掛かる魔物でさえ、立ち尽くすほどの魔力。
デーモンリッチはどう感じたのか――反応は魔法行使。杖に魔力を集め、さらなる雷光を放とうとする。
対する雪斗は剣を構えた。振りかぶるような体勢に入り、刀身に大気を舞う以上の魔力が収束。黒い魔力が溢れ出す。
そしてデーモンリッチが魔法を放とうとした時、雪斗は一閃した。剣は地面に薙がれ、衝撃により土が抉れわずかながら土砂が巻き上がる。
直後、大地を介し雪斗の魔力が解放され、それは黒い刃となって水流が如くリッチへ形と成し一挙に向かっていく――!!
同時、デーモンリッチもまた渾身の魔法を放つ。太陽の光を一時忘れさせるほどの雷光――
勝負の行方は――闇がせめぎ合いすらなく雷を打ち砕く。青い光が闇によって切り裂かれ、塗り潰されていく。
魔法に集中していたデーモンリッチに避ける術はなかった。次の瞬間には闇の刃が到達し、直撃すると爆発した。
それはあたかも闇が大輪の花を咲かせ、花びらが舞い散るような光景だった。轟音が周囲に響く間にデーモンリッチの体は滅し、闇が上空へと昇り魔物が立っていた周辺を黒で染める。しかしそれも一時のこと。闇はやがて粒子となりデーモンリッチがいた周辺に闇の雨を降らし、範囲内にいる魔物を消していく。
「上々だな」
雪斗は周囲を確認。魔物達は魔力に恐れを成しながらも、指揮官が敗れたことにより敵である雪斗を見定めていた。
「前と一緒だな……これなら町に敵が近づくこともないだろ」
『でも数はそこそこいるから、時間は結構掛かるんじゃない?』
「どうだろうな。ま、体を慣らす丁度いい敵だ」
雪斗は軽く肩を回した後、魔物へ告げた。
「悪いがここで終わりだ。残念だったな――」
* * *
翠芭は沈黙したまま、ただ光の奥で剣を振るう雪斗を眺め続ける。それはまさしく、一方的な蹂躙だった。たった一人――彼が、数で圧倒する魔物を屠っていく。
雪斗がこの世界でどういった功績を上げていたのか翠芭はわからないし、この世界においてどのくらいの実力を持っているのかもわからない。しかし光の奥で魔物を屠る姿を見て、尋常ではない実力であることは察せられた。
「……さすが、だな」
レーネはそうした光景を見て感服している様子。
「腕が鈍っていたとか、そういうことを語ることすらおこがましい……彼は彼だ。何も変わっていない」
そこで彼女は翠芭や貴臣へと視線を移した。
「怖いか? それともまだ理解できないか?」
「え……」
「非日常の光景……これが現実に起こっていることが、まだ信じられないはずだ」
確かに、彼女の言うとおりだった。
翠芭は心のどこかで、目の前の光景が今起こっている出来事ではないように思える。それはテレビを通して見る遠い国の戦争のようであり、現実感がまったくない。
「――こうした戦いが、前の召喚の際も行われていたんですよね?」
質問は、貴臣のものだった。レーネはそうだとばかりに頷き、
「一応言っておくが、ユキトだって最初からああして戦えたわけではないよ。彼があれほどまでに戦えるのは、前回召喚されたことにより、いくつもの修羅場をくぐり抜けたからだ」
彼女の瞳が、どこか遠いものへと変化する。彼女もまたその戦いに加わっていたのだろう。その時のことを思い返し――
「……本当に、苦しい戦いだった。そうした中でユキトを始めとした召喚された面々は、戦い続けた……ありがたく思ったし、また同時に申し訳なくも思っていた」
無念そうな口調。ここでレーネは一度言葉を切り、
「今回は……まだ調査中でわからないことも多い。魔物の動きも今までとは異なるし……そうした中でユキトが現れたことは心苦しく思うが、また同時に頼もしいと思っている」
そこまで言うと、レーネは息をついた。
「今後どうするかについてはユキトとも話し合わなければならないが、一つ確実なことは言える。二人とも、召喚された面々に伝えておいてもらえないか。絶対に、戦いを無理強いするつもりはないと」
翠芭はコクリと頷く。次いでもう一度、光の奥に映る雪斗の姿を眺める。
短時間で恐ろしいほどの数が減っていた。あの場にいる魔物は彼にとって敵ではない――どれほどの戦いを経て、あんな風になれたのか。
そして同時に――これまで関わることがなかった彼に強い興味を抱いたのは事実。もっとも、
(本来なら、クラスが一緒だったわけだし話せる機会はたくさんあったわけで……)
そういえば、一つ思い出す。球技大会のメンバー。彼の名前は入っていなかったような――
「さて、あの調子ならばそう時間も掛からないだろう。私は出迎えに行く」
思考を中断。翠芭はレーネが歩き出す姿を目に映す。
「二人は部屋に戻っていてくれ」
「あの……私も行っていいですか?」
ここで翠芭が要求。それにレーネは目を丸くし、
「それは構わないが……」
「なら僕も」
貴臣が続く。するとレーネは二人を一瞥し、
「……何か思うところがあったか。いいだろう、ついてきてくれ」
レーネは告げ、三人は部屋を後にした。
* * *
戦いはおよそ一時間ほどで終了した。魔物は全て等しく一撃で、雪斗は傷一つ負うことなく、全てを終わらせた。
『勘は取り戻せた?』
ディルが訊く。雪斗は「どうかな」と答えながら町へ歩む。
そこで歓声が聞こえてきた。黒の勇者の再来――それにより兵や騎士が沸き立ち、また迎え入れようとしていた。
「称えられるのは悪くないけど、しがらみもあるからな……」
『そこはレーネ辺りがフォローしてくれるでしょ』
「正直、レーネに頼り切るのも――」
そこで彼女を発見。加え後方には翠芭と貴臣の姿もあった。
「……何か思うところがあったのかな」
『ねえ雪斗、クラスのみんなは――』
「できれば戦わせたくない……あんな地獄を経験させたくないし。でも――」
果たして『聖剣』を握るだろう人物は――そこには確実に思惑もあるだろう。なおかつ敵の正体が見えないのも不気味であり、どう転ぶかわからない。
けれど、できる限り武器を持たせないように――そういう結論に達した後、雪斗はレーネ達を見据えた。
翠芭や貴臣は魔法で戦いを見ていたのだろう――そう推察しながら雪斗は歩く。
歓声の中で笑顔になる兵や騎士。そうした中、レーネ達だけはどこまでも硬い表情をしており、雪斗はそれがずいぶんと印象に残った。