頼み事
雪斗がナディ、イーフィスと共に城を出た後、翠芭は別の客室に呼ばれた。そこにいたのは、
「ご足労願って申し訳ない」
ジーク王だった。慌てて翠芭は頭を下げようとしたが、
「かしこまらなくてもいい。ユキトの友人だ。こちらとしては堅苦しいものは抜きにしたい」
そう語り翠芭の緊張をほぐそうとする。ただやはり王様が目の前にいるという事実に、どうしても肩の力が入る。
ともあれ、立ち尽くしても始まらない。翠芭は一度深呼吸をした後、ジーク王と対面する形で椅子に座った。
「今回貴女を呼んだのは、礼を言いたかったからだ。ディーン卿との戦いについて、召喚者達の活躍もあり犠牲者が出なかった……そして魔神の力を所有する悪魔。それを死者もなく対処できたのは勇者スイハのおかげだ」
勇者スイハ――その異名が妙にくすぐったい。そして同時に自分が勇者という称号を背負うにはまだまだだと思ってしまう。
「さて、礼のこともあるが本題に移ろう。ディーン卿や従者のゼルはシェリス王女の一件によりすぐさま城を離れた。彼らについては当面仕事をやってもらうことになるだろうし、被害の補償などについては仕事を手伝ってもらうということで相殺、といったところになるだろう」
そこまで言うと、ジーク王は小さく息をついた。
「それと同時に、この城の脆弱性が露呈した。霊装騎士団という魔物に対する要の部隊は存在している。だが魔神の力を抱える魔物はおろか、ディーン卿クラスの霊具使いに手も足も出ないのが実状だ。相手がアレイスであることを踏まえても、今後さらなる攻勢が予想される。力が足りない」
翠芭は同意しコクリと頷く。ただ、この口上だと――
ある推測が浮かんだ時、ジーク王はそれを打ち消すように口を開いた。
「召喚者達に戦って欲しいと願うわけでもなければ、霊具を手にしたあなた方に対しさらに頑張ってくれ、などと言うつもりはない。戦う意思を示してくれたことはありがたいし、強くなろうと剣を振っていることも感謝したい。君達はこのまま引き続き活動してくれればいい。問題はこちら側にある」
「と、いいますと?」
「……少々手伝って欲しいことがあるんだ」
それは一体――問い掛けようとした矢先、ジークから内容が語られる。
「魔物の討伐などに加え、霊装騎士団を始めとした面々と霊具を用いて訓練をしてほしい」
「つまり、私達が訓練の相手を?」
「そうだ。霊装騎士団の力はまだまだ足りない……それを引き上げるには、こういった方法が一番良いと思ったのだ」
そう言いながらジーク王はどこか申し訳なさそうに語る。
「本当は騎士団内でどうにかしたかったのだが……」
「いえ、その……わかりました。こちらとしても少しでも早く強くなるには、そうした方法もいいかなと思います」
対人戦を想定した訓練というのは今まで積んでこなかったのもある。それに騎士団と一緒に訓練すれば連携だってしやすくなるだろう。今回の騒動における着地点としてはおおよそ妥当なものだと翠芭は思う。
「同意してくれてありがたい。その方向で話を進めるため、よろしく頼む」
ジーク王の言葉に翠芭は頷く。
彼としても今回の騒動はかなり重く見ているのだろう。本当ならリュシールを始めとした面々にも防衛に協力して欲しいだろうが、情勢的にそうもいかない状況となっている。
ならば、霊装騎士団を始めとした騎士や兵を強くするしか方法はない。
「……そういえば」
ふいに、ジークは話を変える。
「ユキトから、元の世界のことについて何か聞いたか? どうやら前回召喚された面々と何かあったようだが……」
「詳しいことは何も」
首を左右に振る。そもそも翠芭自身、まだ話を聞く資格はないと思っている。
「そうか……本当ならユキトの心労も取り去ってやりたいところだが、さすがに個人的な部分だろうからな。彼が話をするまで待つしかないか」
そうした口調で語った後、ジークは最後に述べた。
「すまない、他の召喚者達にも今回決まったことは連絡しておいてくれ。また強制するわけではないため、もし拒否するなら参加しなくてもいい。それについても伝えてくれ――」
翠芭はジークから要求されたことを霊具を手にした面々に伝える。結果として全員がその訓練に参加することとなった。
「ま、今回の戦いで嫌というほど力不足であることを知ってしまったわけだからな」
信人が言う。翠芭も内心同意した。
力が足りない――やはり召喚と同時に戦い続けた面々とは違う。それこそ彼らは命を賭して戦っていたからこそ、二ヶ月という期間で世界を救うほどの力を手にした。
けれど、自分達は――そこで翠芭は、クラスメイトに確認をとることにした。
「……霊具を手にしたけれど、今回の戦いで怖くなったら辞めてもいいと思う。雪斗と話し合って、王様を通せばすんなり認めてもらえると思うよ」
「戦いたくないって人はいるか?」
貴臣が問う。けれど誰も手を上げなかった。
「……霊具の力なのか、恐怖は不思議とないんだよな」
頭をかきながら信人は呟く。
「千彰の方はどうだ?」
「同じだな。なんというか、もっと強くならないとって気分になる」
花音もまた同意するのかコクコクと頷いている。戦意は消えていない。
「……わかった。なら訓練に参加してさらに強くなるということで――」
翠芭はまとめた時、ノックの音が舞い込んだ。翠芭が「はい」と返すと、扉が開きレーネが現れる。
「すまない、今後のことを話し合いたい」
「王様から聞いていませんか?」
「訓練のことは聞いている。それ以外のことだ」
レーネは翠芭達に近づくと、椅子に座ることなく話し始めた。
「ユキト達は動いているが、君達の方針は変わらない。訓練メニューが一つ増えるというくらいで、ひとまず変化はそこくらいだ」
「魔物討伐は続けるんですね?」
「そうだ。ディーン卿の戦いで色々と得たこともあるだろう。それを次の大きな戦いで使うより、まずは実戦で試してみる方がいいだろう」
なるほどと翠芭は思う。他のクラスメイトも考えていることがあるのか、誰もが頷いていた。
「うん、では明日以降も継続して魔物討伐を行う……城の方はこちらがどうにかするから気にしないでくれ。ただ霊具を所持していない君達のクラスメイトは多少ながら動揺しているかもしれない。そこは注意してほしい」
「その点は、任せてください」
貴臣が言う。力強い言葉だったためか、レーネは「なら良し」と呟き、
「私からはこれで終わりだが、何か質問とかはあるか?」
何か――そう問われ、翠芭はふとジークの言葉を思い出す。雪斗と前回召喚された面々。彼らの間に何かあったのか。
例えば親の都合で離れる必要があった――そんな雰囲気ではない。何かしら引っ掛かるものがあるから、彼は言葉を濁している。
そして雪斗の訓練を見ていた時に視界に映った幻影。それらによって翠芭は口を開いた。
「あの、以前邪竜との戦いについて話をした時、写真を見せていただきましたよね?」
「ああ、見せたが……また見たいのか?」
「はい。その、霊具を手にして何か見方が変わるかな……と」
前回召喚された人物のことが気になり、話を聞きたいがために写真の件を持ち出した――レーネはそんな風に解釈したのかもしれない。
「わかった。ちょっと待っていてくれ」
レーネは部屋を出る。そうして待つこと数分、彼女は写真を持って現れ、翠芭は再び前回召喚された面々と対面することとなった。




