同士との再会
ディーン卿との戦いが発生した数日後、雪斗は城へと帰還した。そして、
「やあユキト、久しぶり」
――騎士に指示され客室に入ると、椅子に座っているナディとイーフィスを発見。そこでユキトは回れ右をしそうになった。
「待ちなさいよ。人の顔を見て逃げようとするとは」
「……だって絶対、俺に蹴りを入れてくるだろ?」
「それは後にしてあげる。まずは話し合い」
「結局蹴りは入れるのかよ……」
深いため息。彼女からどういう質問が飛んでくるのか明瞭に雪斗はわかったが、ひとまず何も言わず椅子に座る。
この場にいるのはナディとイーフィス。そしてレーネにリュシール。翠芭もいるが他のクラスメイトはいない。
「……戦闘があったみたいだが、まずは状況確認をさせてくれ。翠芭、他の皆は?」
「霊具を持ったメンバーは現在は訓練場で、それ以外のクラスメイトも全員無事。今回は私が代表して話を聞くことになった」
「そうか。良かった」
「城内にいる使用人や騎士達も怪我はあったけれど、死者は出なかったわ」
これはリュシールの発言。そこで雪斗は考察を行う。
「ディーン卿が手加減をしたのか?」
「魔神の力を宿しても、霊具の力が大きく結果的に抵抗していたのかもしれないわね。ユキト、ダインはどうしたの?」
「彼は町で宿をとってる。堅苦しい城には入りたくないってさ」
「そう……ディーン卿についてはひとまず客室で体を休めているわ。城で騒動を起こしたわけだけど、魔神の力に当てられていたわけだし、処罰するのはアレイスの思うつぼ。よって戦いに協力してくれることと引き換えに、ひとまず騒動についてはおとがめなしということで」
「まあ無難な結果かな……で、だ」
雪斗はナディ達を一瞥した後、翠芭に目を向けた。
「ナディ達から素性とかは聞かされているのか?」
「う、うん」
コクリと頷く……ならば説明の必要はない。
「事情はどこまで聞いた?」
「……雪斗が騎士団結成の際に倒れたってところまで」
「そこ説明したのかよ……」
頭を抱える――そんな説明したというのは、間違いなくわざとだろう。
「ナディ、趣味悪いな」
「ささやかな復讐というやつよ……私達はユキトの戦友にして同志。その同志を全員残して最終決戦に向かった事実は消えないわよ」
「……ちなみにだが、イーフィスはどう思っているんだ?」
「もし次に出会ったら魔法を一発叩き込もうとは思っていましたが」
雪斗は苦笑する――二人は相変わらずだという気持ちを抱く。
「ちなみに、どうして最終決戦に参加させなかったの?」
翠芭の問い。それに雪斗はわなわなと体を震わせ、
「無理に決まってるだろ……王族ばっかりの面子を伴って死ぬ可能性が高い最終決戦とか、胃に穴が開くどころじゃない」
――この大陸には合計五つの国がある。大ざっぱに言えば大陸中央に雪斗達がいるフィスデイル王国。南西がベルファ王国で、北東に竜族が棲まう国、マガルタ王国がある。
北西に位置するのが大陸内でもっとも広大な領土を持つローゼスディ王国で、南東が商業国家であるシャディ王国。
それらの王族が一堂に会し、結果的に邪竜との戦いで転戦する雪斗と共に死線をくぐるようになったのが、王族が集った騎士団――通称『黒の騎士団』だった。
「王族が集まったというのは結果であって、別に目的ではなかったのよね」
リュシールはおもむろに解説を始めた。
「王族は所持する霊具の力も相当大きかったから、邪竜との侵攻に際し戦った……けれどそれぞれの国で個々に戦っても邪竜の勢いには勝てず、結果的に雪斗が前に立ってその下で戦うようになった、というだけで」
そう言いながらリュシールはクスクスと笑った。
「今も思い出せるわね。王族の面々をユキトが率いると言い渡された時」
「……思い出しただけで胃が痛くなってきた」
王族が出張っても勝てなかった邪竜との戦い。けれど雪斗は『黒の勇者』と呼ばれ大陸に名を轟かせるほどの活躍をした。そうした人物を死なせないようにと自然と人が集まり、やがて王族達も参戦した。
雪斗はそういう経緯から王族の霊具使いを率いることになったのだが――さすがに高貴な面々で死なせるわけにはいかない特大のプレッシャーにより、胃痛でダウンした。
怪我以外で倒れたのは、後にも先にもこれだけである。
「その結果、最終決戦では残したってこと?」
翠芭の疑問。雪斗は即座に頷き、
「いやだって、どう考えても残す以外の選択肢はなかっただろ。まあ王族と言っても遠縁の人だっていたし立ち位置も色々だった。けれど高位の霊具使いは揃いもそろって王位継承権持っている人間だったりするし――」
そして雪斗の目はイーフィスへ注がれる。
「というかイーフィス、そっちは王位継承権第一位だろ! 連れて行けるか!」
「私にもしものことがあっても対応できる段取りは整えていましたよ?」
「準備していたからといって、それで了承するわけにもいかないだろ……というかイーフィス、そっちはここにいていいのか? 国の方は混乱しているんじゃないのか?」
「確かに魔神の影響かを受けた者が動いているという話はある。しかし状況がそれを許さなかった」
どこか深刻な口調。そこで雪斗は気を取り直し、
「……今回城を訪れたのは、厄介な出来事があるから報告を?」
「普通では情報がユキトの所に届く可能性がなかったので」
「そうね。実際ユキトは何も把握していないでしょう?」
ナディの問い。雪斗はそこで少し思案し、
「ディーン卿のこと、ではなさそうだな」
「ええ、そうね」
表情が硬い。雪斗はそれで予感を抱く。ファージェン平原の戦い――
「結論から言うわ。シェリスがディーン卿と同じく、魔神の力に囚われた。現在は国が総出を上げて対処している」
――夢の中で最後に会話をした黒髪の少女。名はシェリス=ラナータ=ベルファ。卓越した霊具使いであり、またベルファ王国の第一王女。
「帰ってきて申し訳ないけれど、雪斗には再度ベルファ王国へ向かってもらうことになるわね」
「……たぶん俺が普通に行っても相手してもらえなかっただろうな」
「ええ、そうね。情報をできる限り抑えようとしているみたいだから……さすがに国側も王女が取り込まれた事実は隠したいでしょうし」
「なぜナディ達はその事実を知ったんだ? さすがに他国の王族クラスには情報が伝達しているのか?」
問いにナディは肩をすくめる。
「そうね。こういう事例があったため、警戒してくれという主旨だったようね。ジーク王にも伝わっているはずだけど……伝達のタイミングが昨日だったから、まだ報告できなかったのではないかしら」
「それだけ秘匿されているというわけか……」
「そんなところかな。で、私はその情報を雪斗に伝えるべくここに来た」
「私も同じく」
イーフィスが続く。雪斗は状況を理解し、
「そうか……シェリスの件は俺が介入しても大丈夫なのか?」
「さすがに現場に現れたら認めるでしょう」
「ナディ達は――」
「当然、行くわ」
イーフィスも同じなのか頷く。再び王族との共闘――とはいえ、これもまた是非もなしかと雪斗は思う。
「……レーネ、城は――」
「防備については今以上に警戒する。今回のようなことには絶対にしない。約束する」
「そうか……シェリスを野放しにしておくことはできないから、行くしかないな」
雪斗はゆっくりと息を吐き、ナディ達へ述べる。
「わかった。すぐに向かおう」
「ええ。移動なら私が乗ってきた竜を使えばいいわ」
「相変わらず無茶な移動方法だな……まあいいさ。そういうわけで翠芭。城の方は頼む」
その言葉に翠芭は小さく頷き、全員が動き始めた。




