悪魔との戦い
上階での戦いと共に、翠芭の戦いも佳境に入ろうとしていた。
悪魔が突撃を開始し、翠芭はそれを真正面から迎え撃つ。目の前から迫る相手は右手に剣、左手に盾を所持している。色合いは共に漆黒で、装備から悪魔というより騎士という呼称が似合うほどだった。
そうした姿を目に留めながら翠芭は相対する。刹那、金属音が広間を見たし、翠芭と悪魔はせめぎ合いとなる。
見た目で言えば悪魔の圧勝だが、翠芭の霊具の力はこの世界において最高に位置する。魔神の力を所持する悪魔と言えど翠芭を弾き飛ばすような真似はできず、両者は完全に動きを止めた。
時間にして数秒。けれど取り巻きの騎士達にとって恐ろしいほど長い時間だっただろう。均衡を破ったのは翠芭。聖剣の力を高めると悪魔の剣を弾き、剣を差し込んだ。
狙いは悪魔の胸部。一瞬対応に遅れた敵は翠芭の刃を受ける――が、かすめただけ。
即座に翠芭は追撃を仕掛ける。執拗な彼女の動きに悪魔は後退を選択し、大きく距離を置いた。
翠芭はそれでも前に出ようと足を――だがここで、彼女は立ち止まった。
「……罠?」
誘っているようにも感じられた相手の気配。よって翠芭は攻撃中断を選択する。立ち止まり一定の間合いを置いて剣を構え直すと、悪魔もまた動きを止めた。
どこかの戦闘による影響か、物音とわずかな振動が響く。上はレーネ達を信じる他なく、今は目の前の敵を片付けるしかない。
翠芭は呼吸を意識的にゆっくりにする。精神を落ち着かせ、悪魔がいつ仕掛けてきてもいいように体勢を整える。
――ふと気付けばずいぶんと手慣れたものだと感じた。魔物と実践を繰り返してはいるが、それでも決して十分とは言えない。だが現在、魔神の力を所持する悪魔と対等に戦っている。
聖剣の扱いに慣れてきたためか、それとも脅威だと体が認識し、聖剣がより上手く扱えるよう呼び掛けているのか。
どちらにせよ、翠芭としてはありがたいと感じる――次は魔物からの攻撃が先だった。一瞬のうちに翠芭へと刃が差し向けられ、翠芭は感覚だけでそれを弾く。
派手な攻撃を繰り出すこともできるのだが、今の翠芭にはそれをしようとすると思考が持って行かれてしまい、悪魔に対応ができなくなる。悪魔もまた派手な勝負をする気はないらしく、発する魔力とは裏腹に剣術勝負とある。
とはいえ、翠芭としては好都合――悪魔の攻撃を弾き続けると、一瞬だが隙が生じた。それを翠芭は即座に察知し剣を突き込む。刃が悪魔の体に入り、一気に貫き通そうとする。だがそれを防ぐべく悪魔は後退した。
(今のでも足りないか……)
もし悪魔に剣を叩き込むのなら、手段は二つ。一つは翠芭の攻撃が当たるよう動きを止める魔法などを行使する。とはいえ魔神の力を有する相手に動きを「止める」魔法が通用するのかという疑問がつきまとう。
一方もう一つの手段は、翠芭がさらに速くなること。今まで以上に魔力を高め、剣戟を見舞う。現実的に考えるのならば後者の策がいいはずだが、翠芭は少し迷った。
自分がさらに速度を引き上げ仕留められるのか。かといって動きを拘束するような魔法をこの場で即座に使えるとは思えない。
(選択肢は、ないに等しいか……)
まだ霊具の扱いが未熟であるため、手札がほとんどないのは事実。もしこの場に雪斗がいたのなら「焦るな」と助言するところだろう。
翠芭は一呼吸を置いて、魔力を高める。それに悪魔は気付いたようで、機先を制すべく剣を振った。
当然翠芭は即応し、避ける。追撃の剣もかわしながらさらに魔力を剣に注いでいく。
それと共に体が自然と全身をも活性化させる。一瞬自分の体が操られているかのような感覚に陥り、すぐさま引き締める。もし攻勢に出たらそれこそ火を噴くように攻め立てる――そんなイメージを頭の中で描きながら、悪魔の攻撃を弾く。
現状、翠芭としては霊具を完全に制御できず内心では必死に制御しているような状況。例えるなら指示を聞かず走り回る暴れ馬の手綱を握っているようであり、今はどうにか制御しようとしている段階。
これが制御できるのはいつの日になるのか。どこか焦燥感にも似た感情が生まれたが、翠芭はそれを振り払い一転攻勢に転じた。魔力を解放すると同時、体が急速に軽くなった。そして自身の思い描くとおりに剣が薙がれ、悪魔へと殺到する。
それは一瞬の出来事。悪魔は魔力を高めた翠芭の動きに対応できず、聖剣の刃が悪魔へとしっかり入った。
途端、叫ぶ悪魔。効いていると認識した翠芭はさらなる攻勢に転じる。頭の中で想像した通り、火を噴くように――連撃を悪魔へと叩き込む。
気付けば体が操られている感覚が消えていた。目の前の敵にだけ集中し、思考が鋭敏化し、世界のありようが目の前の敵だけになる。
戦いの中で、霊具の力を引き出せるようになってきたのか――そう翠芭が思った直後、悪魔の剣が迫る。最後の抵抗か、動きはやや鈍かったがそれでも一瞬でも気を抜けば間違いなく自身の体に突き刺さるであろう、一撃。
けれどそれを翠芭は見切って避ける。次いで体がスムーズに反撃に移行。攻撃により隙が生じた悪魔へ、渾身の一撃を振り下ろす。
結果は――刃が突き刺さり、光が刀身から悪魔へと注がれる。聖剣の力をフルに使ったとは言えないが、それでもあくまで魔神の力を所持しているだけの悪魔にとっては、脅威であるはずだった。
直後、雄叫びが上がる。それは自身を鼓舞するためのものではなく、断末魔にも似た悲鳴であった。
そして悪魔は再度剣をかざそうとする。しかしその刃が届くことはなく――とうとう、滅び去った。
「……倒した」
呟きながらも信じられない思いが翠芭の心の中に宿る。そこで聖剣を見据える。魔力は滞りなく注がれ、まるで何年も使い続けていた一品のように手に馴染む。
これが霊具の力を完全に制御した証――かどうかはわからないが、少なくとも今まで以上に使いこなせているのは間違いなかった。
「……お見事です」
近くにいた騎士が言う。そこではたと気付く。
こうして聖剣の力を活用していることがわかれば、いずれ戦場に立つ――ただやはり恐怖はない。翠芭はなんだか奇妙だと思いながら、悪魔が立っていた場所に目を向けた。
気配は完全に消滅し、敵がいた痕跡はどこにもない。翠芭はここで小さく息をついた後、
「倒しましたが、残る敵を――」
「それについては報告が。上階にいたディーン卿達は無事制圧したと。なおかつこの城に仕掛けられていた力も喪失したようです」
ならば、これで終わり――そう理解すると両肩に疲労感がのしかかる。
思った以上に疲弊している。こればかりは仕方がないと思いながら、騎士へ尋ねた。
「わかりました。私は合流すればいいでしょうか?」
「そうですね。上階の戦いが先に決着したようなので、こちらへ向かっているかもしれません。すれ違いを避けるためにひとまず待ちましょうか」
翠芭は頷き、今後どうなるかを思考してみた。
城への襲撃――アレイスの仕業であることは疑いようもなく、脅威だとして彼を追うことに注力するだろう。
雪斗は騒動を片付けたらそちらへ注力するはず。ならば自分は――そうして考える間にクラスメイトがやってくる。
無事だったかと声を掛けられる間に、一つ翠芭は思う。こうして戦い、また仲間として共に戦っていたからこそ、雪斗は前回召喚された面々と絆で深く結ばれていたのだろう。
自分達も同じようになるのだろうか――そんな呟きを胸中で発しながら、翠芭は仲間と共に部屋を出た。




