風の力
ゼルと相対――無謀とも思える千彰の行動だったが、次の瞬間貴臣としてもこれしかないと感じていた。
彼が防御して、自分が攻撃を――杖に収束した魔法。これを撃ち込めば、相手は――
ゼルが剣をかざす。動きを捉えることはできるが今の貴臣に避けるような余裕はない。
対する千彰はどうか。真正面から迫る刃。だが剣戟は、千彰に狙いを定めたかと思うと、軌道が一気に逸れた。
「なるほど、その霊具ですか」
納得したかゼルは大きく後退する。
「厄介な霊具ではありますね。しかしその霊具には欠点もある……物理攻撃においては強力ですが、魔法攻撃についてはそれほど耐久力もない」
ゼルが剣を振り、青き刃を生み出す。問答無用で迫るそれに対し、千彰は真正面から迎え撃った。
風が――彼の力が、刃を一時押し留める。当の千彰は厳しい表情ではあったが無理だ、という不安になるような表情は見せていない。
「――このっ!」
そして腕を振り払うと、ゼルの刃が消えた。彼の霊具により、相殺に成功する。
「一つ防いだからといって、勝ったと思わないことです」
ゼルがさらに刃を生む。さらに追撃に三つ目を放とうとした時、千彰は防御ではなく刃へ向け直接攻撃を仕掛けた。
風を大砲のように撃ち出す――真正面で風が炸裂し突風となり、さらに青い刃が弾け、風と共に四散する。相殺したが、ゼルは立て続けに刃を放とうとする。
千彰はそれに対し風を幾重にも生み出して対抗する。その表情はがむしゃらの一言であり、ここでやらなければという強い決意に満ちていた。
その一方で貴臣もまた、杖を構えいつでも魔法を放てるよう体勢を整える。タイミングを見極めなければならない。避けられたら終わり、攻撃が当たっても耐え切ってしまえば終わり。確実に戦闘不能にしなければ――
ゼルがさらなる刃を放ち、なおも千彰が風で消し飛ばす。しかしやがて、千彰が苦しい顔をした。
「これ、は……」
「どうした!?」
千彰の変化に貴臣が問う。すると、
「問題はその霊具の特性にあります」
そうゼルが解説した。
「霊具を所持していた人物と知り合いだったのでよくわかります。その霊具は風の力を自在に操ることができますが、きちんと制御しなければ魔力を浪費する。霊具を所持して日が浅いのならば、なおさらです」
ゼルは涼しい顔で青い刃を生み出す。一方、千彰についてはさらに表情が苦しくなっていく。
「渾身の一撃を見舞いたい……と思うところでしょうが、あなたは避けられると考えていることでしょう。だからこそ自分が食い止め、背後の彼にトドメを任せる……解答としてはそれで正解ですが、霊具を完璧に使いこなせていないあなたには難しい問題でしたね」
「……そう、かな?」
そこで千彰は不敵に笑う。ハッタリかと思ったが、全身に力を入れたのがわかった。
最後まで抵抗するつもりらしい――が、果たしてどこまで耐えられるのか。
(援軍を期待するのは難しい……となると、状況は非常にまずい)
もし千彰が耐えられなくなったら、なりふり構わず攻撃を仕掛ける必要がある。ならば少しでも可能性があるタイミングで――
「貴臣」
そこで、心を読むかのように千彰は名を呼んだ。
「任せろと言っても説得力ないけどさ……ま、見ていてくれよ」
何か策があるというのか――貴臣が訊く前に千彰は動く。
その最中、貴臣はしかと理解する。
彼の表情。それは紛れもなく、笑みだ。先ほどとは違う。苦しさはない心からの笑み。
「……何やら、吹っ切れた様子ですが」
そんな表情を見てゼルは考察する。
「しかし状況的に不利であることに変わりはない」
「そうかもな!」
叫び、青い刃を風で弾く。するとここで変化が起きた。千彰の風が収束し放たれると、青い刃と相殺どころかわずかながら押し返す。
その変化にゼルもまた気付いた様子。これまで圧倒していた状況から盛り返そうとしている雰囲気を見て取り、目を細め警戒を示した。
「馬鹿な……なぜさらなる力が――」
彼の言葉と同時、貴臣はおぼろげながら理解する。
おそらく千彰はこれまで制御に腐心してきた。信人のような武器ではなく魔法を扱う霊具であるため、操作すること自体難しかった。
しかし、千彰はゼルと戦うことで制御法をつかんできた――それだけではなく、的確に相手の攻撃に応じることすらできるようになった。ゼルが語っていた内容はおそらく千彰の霊具を所持していた前任者の情報。けれどもしかすると千彰は、その人物よりも上手く扱えているか、あるいは個人で霊具の扱いが変わるということなのか。
皮肉にも、ゼルは戦闘を通じて千彰を覚醒させてしまった。そして、風を操ることができるようになり、千彰の表情に笑みが生まれた。
「そらっ!」
豪快に風を放つ。今度はゼルが防御する番だった。風を青い刃で防ぎ、立て続けに到達する風を、同様に薙ぎ払っていく。
このまま押し込めば、貴臣の援護がなくとも――と最初は思ったが、それは違うと貴臣は呟く。いくら扱いに慣れ始めたとはいえ、魔力を消費し続けていることは間違いない。
今の状況はおそらく長くはもたない――そう確信した直後、千彰の動きがわずかに鈍った。
ゼルはそれを見極め、差し込もうと動く。ほんの一瞬の変化。それを見定め対応する様は、まさしく百戦錬磨の強者だった。
ただ、それと同時に貴臣は直感する。これは、相手に魔法を当てる最大の好機であると。
千彰が即座に対応し、風を用いて攻撃を弾こうとする。だがゼルが収束した魔力はこれまでと比べ多い。もし双方がぶつかりあったら、どうなるか予測できない。
だからこそ、貴臣もまた動いた。足を一歩前に出し、杖をかざす。
それにゼルも気付き、瞳は多少驚いた様子。けれど攻撃は止めない。中途半端な位置で止めてしまえば千彰と貴臣の攻撃を両方食らう羽目になる。
よって彼もまた前に出た。そして青き刃が――それも、これまでと比べ大きく、貴臣達を飲み込むような刃が、真正面に生まれた。
それに対しても、千彰は吠えて腕を前に突き出し風を出す。巨大ではあるがそれを相殺しようというのか。
貴臣は彼を信じなおも前に出る。距離を置いて当たるとは思えない。近距離、いやゼロ距離が望ましい。
刃が眼前に迫る。しかし『空皇の杖』の影響か、まったく不安や恐怖はない。だからこそ貴臣はさらに足を前に出す。数瞬後、その刃が身に入ってもおかしくない距離。
そこで、千彰が渾身の風を放った。真正面に存在する刃を押し留め――それどころではない。押し返す勢いを伴い、突風が吹き荒れた。
今だ、と貴臣は心の中で呟き、杖を突き出す。ゼルに当たれば良かったが、まだほんの少しだが間隔がある。しかしやるしかない。
「い、けぇ……!」
真正面にまばゆい光が生まれた。それが杖から真正面に撃ち出され、巨大な光の塊となって真正面を駆け抜ける。
一時視界が完全に白く染まった。反射的に目をつむろうとして貴臣はどうにか堪えた。ゼルから反撃が来るかもしれない。目を背けるわけにはいかない。
「貴臣!」
そこで千彰の声。貴臣も真意を理解し、足を後ろへ動かす。遅れて千彰も後退し始めた。杖から魔法は解き放たれた。あとは結果を見守るだけ。
貴臣は油断せず、次の魔法を撃つ準備を行う。たださすがに最後の攻防で千彰も限界に近づいたか肩で息をする。先ほどのような攻防をもう一度できる状態ではないかもしれない。
もしこれでダメだったら――そんな考えを抱く中、次第に目の前の光が消え始めた。




