浸食する存在
霊装騎士団の隊員と共に翠芭が現場に駆けつけた場所は、以前雪斗と接した訓練場だった。
「これは……」
騎士の一人が呟く。広間の中央、そこに天井に届く大きな黒い柱が一つ。いや、柱というよりは樹木と表現するべきかもしれない。
それは脈打ちこの城に侵食しようと胎動している。そこで翠芭はまず聖剣の力を借りて魔力を探る。
最初に感じられるのは、体表面を覆う強固な外殻。翠芭自身聖剣を握っているからよくわかる。相当な力を込めなければ、おそらく破壊できない。
加え樹木から生える枝のような黒から、魔力が漏れ出している。それがこの空間内の異常さを引き立たせ、霊具などを用いなければおそらく正気ではいられないだろうと察することができた。
「この城そのものに攻撃をするつもりか……?」
騎士の一人が告げる。翠芭もおぼろげながら理解できる。
黒い樹木は少しずつではあるが建物に根を張るように浸食を始めている。放っておけば当然、これが城を覆い城内に存在する結界などの機能を破壊。そればかりか中にいる人間に危害を加えるかもしれない。
「……速やかに、破壊しましょう」
翠芭は剣を構える。騎士達は援護すべく戦闘態勢に入り――翠芭は、駆けた。
また同時に魔力を刀身に集めていく。直後、樹木が反応し枝がしなり鞭のようになって襲い掛かってくる。
だがそれを翠芭は即応し、速度を変えることなく弾いた。騎士達も対応はできており、そう激しい攻撃というわけでもない様子。
そして翠芭は樹木に肉薄し、聖剣で幹の部分を一閃する。強固な外殻によって一時抵抗はあったが、翠芭の剣は樹木を両断することに成功した。
騎士からどよめきが生じる。それと同時に樹木が一気に力を失い、斬った場所から灰へと変じていく。
「……魔物の妨害はありませんでしたね」
翠芭が呟くと、騎士は頷いたが、
「この城の結界などを破壊する役目を担っているようですが……それでスイハ様、気付いていますか?」
問い掛けに翠芭は何をと返答しようとして――察した。
目の前の敵に集中していたためわからなかったが、城の場所からさらなる邪竜の気配が。
「どうやら、一箇所だけではないようです」
「となると、私達の役目は……」
「ええ、この黒い木のようなものを破壊して回る……魔物についても、この木の影響を受けて新たに出現していておかしくない」
翠芭はなるほどと胸中で呟く。こうして聖剣所持者に対し時間稼ぎをすると。
ディーン卿達の最終目的は不明だが、少なくとも翠芭とは戦いたくないためこうして樹木を生成した。戦闘能力などは持たないが、放置すれば城側に多大な被害が出る。なおかつ樹木ではない、攻撃能力を持った魔物がいるかもしれない――邪竜の力を抱えている以上、翠芭が出向く他ない。
「ならば急ぎましょう。素早く木を破壊し、レーネさん達の所へ戻りましょう」
翠芭の提言に騎士達は誰もが頷き、行動を開始する。
訓練場を抜け廊下を進む間に、魔物の気配に加え邪竜の力を持った存在も感知。それも複数であり、心底厄介だと翠芭は思う。
なおかつ、魔物はどうやら上階へと進んでいる。その狙いはおそらくレーネやクラスメイト達か。
「まずいですね、これは」
騎士が呟く。レーネ達が魔物とはいえ挟撃される形であったなら、かなり危険だろう。
リュシールも退路の確保は何より最優先事項と述べていた。魔物が襲来すればそれが崩れてしまう――
その時、下からやって来た騎士五名と合流する。翠芭と共にいる騎士はそこで協議し、退路確保と後詰めという意味合いのためにレーネ達と分かれた場所まで行くことに。
「ではお願いします。私達は邪竜の力が存在する場所へ」
「はい」
騎士達はやりとりを済ませ、改めて移動を開始。手近に感じられた場所へ赴くと、そこには先ほどと同様黒い樹木が。
即座に翠芭が迫る。枝による反撃も来たが、難なくさばき一撃を繰り出した。それにより樹木は上下に分かれ、消滅という結果に。
「ディーン卿と言えど、さすがに攻撃能力まで多大に持たせることは無理なようですね」
と、これは霊装騎士団の一人のセリフ。
「アレイスと手を組みこの木を仕込んだはずですが、城に干渉する能力を優先した結果、他の能力を大きく喪失した……ただ、おそらく私達だけでは破壊することができなかったかもしれません」
一見すると楽勝だが、それは翠芭がいての話、ということだろうか。
「ここは制圧しました。他の場所へ――」
さらなる騎士の言葉と同時、邪竜の気配が増えるのを翠芭は感じ取る。
「数が多い……これはもっと急ぐ必要があるのか……!」
騎士が苛立ちの声を上げる。倒して倒しても新たに現れるというのは、さすがに面倒なのは確か。
「ともかく、進みましょう」
そこで翠芭は騎士に呼び掛ける。焦ってもロクなことはないし、むしろまずことになる可能性もある――そうした意図を込めた翠芭の言葉に対し、騎士は何かしら察したようで、
「わかりました。すみません、気が立ってしまいました」
「いえ、大丈夫です」
来た道を引き返す。三つ目の気配についてはそう遠くなかったため、すぐに発見。撃破することに成功。ただ次からは下の階と上の階の二択。
どちらを選ぶか――という選択肢に対し、騎士は先に出現した敵を狙うと提案する。
「時間が経てば城へ浸食する度合いが高まる。敵を倒せても城に後遺症が残ればかなり大変です。よって先に出現し浸食度合いが進む個体を優先的に撃破し、被害を抑えるべきです」
「そうですね、私も賛同します」
翠芭が続く。それで方針が決まり、先に出現していた個体――下へと向かう。
進む間に他の騎士とも合流し、魔物の掃討速度が増していく。ここで翠芭は思う。
(このまま騎士が戻ってくれば、そう遠くないうちにディーン卿はやられることになると思うけど……)
黒い樹木が計略なのか聖剣を持つ者をおびき出しているのかわからないが、この調子で倒していけば、そう経たないうちに殲滅できるだろう。
(その短い時間が欲しいということ?)
疑問はあったが、樹木は聖剣でなければ倒せないとなれば、今はそちらに注力しなければならない――なおも出現する魔物達を殲滅しながら、翠芭はひたすら目的地を目指して突き進む。
下の樹木を破壊した後、今度は上――その時、新たな変化が生じた。
突然、城が一瞬だけ揺れる。
「っ……!?」
それと同時に翠芭は理解する。城の上階に新たな気配。しかもそれは今までの樹木とは異なる性質を持つ存在。
「……これまではあくまで前哨戦だった、ということでしょうか」
騎士の一人が呟く。翠芭は胸中で「かもしれない」と呟きながら、まずは当初の目標だった樹木を破壊。そして強い気配が存在する場所に。
そこは、ダンスホールのような広々とした空間だった。その中央に、樹木とは異なる黒い悪魔が一体、立っていた。
見た目は城内で見かけた敵とほぼ同じ。とはいえ翠芭は内に秘める魔力が尋常ではないと把握できた。
「……あの悪魔は、ひと味も二味も違うようです」
騎士が警戒を示す。中には圧倒的な魔力に触れ、首筋に汗が伝う者までいる。
(……この悪魔が生成されるまでの、時間稼ぎだったということ?)
翠芭はそうした推測をしながら、剣を構える。強大な魔力を所持してはいるが、聖剣が不安を取り除いている。
今あるのは使命感――絶対に倒さなければという、強い感情。
「……行きます」
けれど翠芭はその激情を押し殺し、冷静に言葉を紡ぐ。直後、悪魔が雄叫びを上げ、戦闘が始まった。




