城内での戦い
悪魔の技量は外にいる魔物よりは強かったが、翠芭達の能力ならば難なく応じれるくらいのものだった。
翠芭は聖剣の力を制御しながら悪魔を一体撃破する。斬った感触は外にいる魔物とほぼ同じ。つまり防御力はそれほど高くない。
「はっ」
信人の声が聞こえた。翠芭が視線を転じると槍を豪快に振り二体まとめて滅する彼の姿が。さらにその隣には千彰が。風を用い突撃しようとする悪魔を押し留め、逆に風の刃を叩き込んで倒した。
その奥でレーネやマキスも戦う――特に目を見張ったのがマキス。悪魔へ肉薄したかと思うと一瞬で背後に回り、連撃によって悪魔が滅び去った。
――彼の霊具の名は『月の刃』。一瞬で背後に回るほどの移動力上昇に加え、立て続けに放たれる剣戟は悪魔の体を深く抉り、消滅していく。
悪魔を一撃で滅することはないが――翠芭は魔力を視線で捉えることでおぼろげながら理解する。一撃で倒すことはできるが、確実性をとり俊敏さを生かしてあえて連撃で勝負しているようだ。
翠芭はさらに悪魔を撃破し、クラスメイトに視線を移す。貴臣についてはサポートに徹するつもりなのか、杖を構えながら戦況を窺う形。一方で花音については、今日の魔物討伐で得た力――といっても炎の球を生むくらいの能力――で信人達を援護していた。火球は威力もそれなりらしく、悪魔に触れると爆ぜて大きくダメージを与えていた。一撃とはいかないが、悪魔の体勢を崩すには十分な一撃だった。
そうして戦いを続け――エントランスにいた魔物の殲滅はおよそ五分ほどで完了。翠芭達を含めクラスメイトの面々は息をつき、一方でレーネとマキスの二人が周囲の状況を確認する。
「よし、増援や魔物が生まれる仕掛けなどもないな」
そこでマキスは転移魔法陣がある部屋へ駆け寄る。直後、扉が開き霊装騎士団を始めとした面々がエントランスを制圧し、城の門を開けた。
「入口は確保した。町中ではこの襲撃で色々と混乱していると思うが、ひとまず町中からも騎士が来られるな」
「敵としては退路を断たれた状況ですよね?」
貴臣が訊く。レーネは首肯し、
「とはいえこの城に入り込んだ以上は、元より無事に帰ろうとは思っていないだろうが」
「それは一体?」
「ディーン卿がここにやって来た動機は、間違いなくアレイスに操られて、だろう。魔神の影響を受けているのならば、ダインの一件しかり合理的な理由を考えるのは到底無理だ」
「この城を襲撃して以降のことは考えていないと?」
「そうだ。アレイスの捨て駒にされたといったところか……さて、マキス」
「はい」
生真面目に応じるマキスに対し、レーネは指示を送る。
「ディーン卿を外に出さない処置はしたが、現状あの方を止めるのは霊装騎士団でも難しい」
「承知している……ともあれ、やるしかないだろう」
彼の言葉にレーネは「そうだな」と応じ、
「スイハ達、よく聞いてくれ。ディーン卿達と正面から戦える大々的な戦力はこの場にいる面々しかいない。霊装騎士団の中には特級霊具使いもいるが、現状でここにはいない。戻ってくるまで待つのもいいが、ディーン卿達が何をするかわからない以上、できるなら彼らの所へ急行したい」
「私達なら、対応できると?」
スイハが質問すると、レーネは深々と頷いた。
「霊具を高レベルで扱うことができるスイハ達ならば、十分いけると思う……魔物と戦ってきたことを思い返し、霊具の力を存分に用いれば、勝機はある」
「……わかりました」
体に緊張が走ったが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「進みましょう……案内をお願いします」
「ああ」
レーネとマキスが先頭に立ち、城の上階へと進んでいく。その途中で翠芭達は一度クラスメイトと合流することができた。
全員無事であり、またディーン卿が襲撃した時点で素早く避難したため、彼から攻撃なども受けていないとのこと。
クラスメイトに被害がなかったのは不幸中の幸いと言うべきか。後顧の憂いはなくなったので、翠芭達は前進を選択する。
「陛下がいる場所か、あるいは他に狙いがあるのか……宝物庫については物理的に破壊することは無理だろうから、陛下の所へ向かおう」
レーネは語りながら前へと進む。途中幾度か悪魔と遭遇して戦闘になるが、全て難なく対処することができた。
「順調、と言いたいところだが……ディーン卿達はどこにいる?」
レーネは呟きながらも前へ進み、やがて十字路へ到達した。
真っ直ぐ進めばジークがいる避難場所へと到達する。ただここに来てそちらにいないとわかる。気配は、左右にあった。
「どちらかが罠か、あるいは従者であるゼルとは別行動しているのか……」
「単独で動いているのなら、こちらとしてもやりやすいが」
マキスが言う。確かにと翠芭も心の中で同意するが、一つ呟いた。
「どちらかに向かって行って、片方を倒してもう片方を……とはたぶん、いかないですよね」
「例えば右に全員が進み、戦うとすれば……まあもう片方が向かってきて挟撃されるだろうな」
語り、レーネは嘆息した。
「ディーン卿とゼルに挟まれた形で戦うとなれば、彼らの能力もあってかなり辛いな……かといってこの戦力を分断して果たして勝てるのか」
霊装騎士団もいるが、レーネの口上から決定打を与えられるのが翠芭達召喚された者達だけであると考えている様子。
「ともあれ、気配だけでは誰がいるかわからない……さて、どうするか」
「援軍を待ちますか?」
騎士の一人が問う。順調に下から上へ制圧している状況。このまま待っていても――
「いや、ディーン卿が動いている事案だ。まだ魔物を生み出す策があってもおかしくないと思う……あまり悠長にはしていられないな」
レーネは左右の廊下を見回し、
「賭けには違いないが、やるしかないな……マキス、二手に分かれるぞ」
「構わないが、召喚された方々はどうするんだ?」
「戦力を均等にしよう。まずスイハを――」
その時だった。ドクン、と通ってきた廊下の方角から、魔力を感じ取る。
しかもそれは、今までにないくらい大きなもの。また同時に、翠芭はあることに気付いた。
聖剣から放たれる魔力が、濃くなっている。
「これは……」
「……なるほど、三つに分断する気か」
レーネが口を開く。
「というより、聖剣を握る者に対する作戦だろうな……ディーン卿と言えどさすがに聖剣所持者と真っ向から戦うことはしないか」
「この気配は……」
「間違いなく邪竜のものだ。こうなればスイハが応じるしか選択肢はなさそうだ」
翠芭の体に緊張が走る。次いでレーネは一つ提案した。
「ディーン卿の差し金で間違いなく、時間が経過すれば似たような存在を生み出すことができるかもしれない」
「ではどうするんですか?」
翠芭の問いにレーネはまずこの場にいる面々を見回す。
総数は翠芭達を入れて二十名ほど。隊を組むとすれば七人前後になるのだが――
「……召喚された面々は全部で五人。とはいえ全てを託すつもりはない」
そこでレーネは霊装騎士団の一人に指示を出す。
「君はスイハと共に邪竜の気配がする方向へ」
「はい」
「スイハ、申し訳ないが彼らの援護と共に、後方の敵をまずは倒してくれ」
不安はある――けれどやるしかない。
「わかりました。倒した後、すぐに左右のどちらかに駆けつければいいんですね?」
「ああ。残る四人の召喚者達も、分けよう」
組み合わせは、信人と花音。そして貴臣と千彰という組み合わせ。信人達は通路の左、貴臣達が右を担当することに。
「私は左、マキスは右で頼む」
「わかった」
「あまりに唐突な展開だが、このまま悠長にしていれば十中八九大惨事になる……援軍は来るはずだが、それより先に交戦を始める。行くぞ」
彼女の指示と共に、全員が動き始める。そして翠芭は、邪竜の気配がする方角へと走り始めた。




