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黒き剣

 レーネ達が動いている間に雪斗は外に出て、風に当たり――本当に帰ってきたのだと改めて自覚する。


「……いや、帰ってきたというより舞い戻ってきてしまった、かな」


 呟きながら雪斗は一つ気付く。そういえば制服のままだし上履きのままである。


「ま、いっか……どうせ戦いになったら変わる」


 歩き始める。現在雪斗がいるのは城門を抜けた先。町は北を断崖絶壁の山、東西と南を堀に囲まれ跳ね橋を上げれば何者も侵入できない構造――と言いたいところだが、魔物相手となれば事情は違うし、王都を包囲されればまずいことになる。

 雪斗が転移した場所はそうした堀の前。既に連絡がいっているようで、雪斗を見て驚きとどよめきが上がった。


(一年しか経っていないし、俺の顔は当然憶えているか)


 正直、雪斗自身はやりにくいと感じる――確かにこの世界で雪斗は剣を振るい、魔物を倒し続けた。それにより名声を得て、この町で自分の名は知らない者はいないくらいにはなっている。

 強さを手にしたという自負はあるが、あの戦いは一人で勝利したわけではない。だから雪斗自身はなんとなく違和感がある。それに彼らの視線は前回召喚された『聖剣』を握る勇者を見るようであり――


(……その勇者は、今回誰になるのか)


 雪斗はクラスで過ごしていて、確かに一際強い魔力を所持している人物がいることは知っていた。順当にいけばその人物が勇者――『聖剣』を手にし、迷宮奥深くに存在する魔物を倒す存在となるだろう。


(でもまあ、なんとかなるか……俺一人でも)


 前の戦いで得た力があれば、単独でも――


「その辺りはこの戦いが終わった後、改めて話し合いだな」


 呟いてから雪斗は足を動かす。街道が道なりに進んでいて、そこに多数の騎士や兵士がいる。

 加え真正面には、黒い魔物の群れ――いや、群れではなく軍と形容した方がいい数。


「――ユキト様」


 そうした中、一人の騎士が雪斗へ声を掛けてくる。


「事情は伺っております。既に兵へ連絡済みであり、どのようにでも動くことができます」

「わかりました。では、後退し俺が討ち漏らして町へ向かおうとする魔物を迎撃してください」

「……討ち漏らす?」

「はい。前線に出て俺一人で戦いますので、突破してしまった魔物を倒してください」


 軽く告げた内容に、騎士は絶句する――が、すぐに表情を戻した。


「……お一人で、大丈夫なのですか?」

「はい」


 返事をしてから雪斗は右手を振って剣を生み、刀身を確認。太陽光に照らされ異様な輝きを見せる黒い剣を眺め――

 雪斗は前に行くより先に、周囲を見回した。騎士がざわつく間に街道の隅の方に雪斗の腰くらいの高さがある岩を発見する。


「少し失礼します」


 騎士へ一言述べてから、雪斗はまず岩へと歩む。何事かと騎士達が見守る中で、その岩の前で立ち止まった。


 そして剣を掲げる。試し切りかと兵士達は思ったかもしれない。

 だが、雪斗はそれを思いっきり振り下ろし、打ち付けた――剣の腹で。


 当然切れ味もあったものではなく、ガアンと軽快な音を響かせただけで何も起きない。周囲の人々が何をしているのかと視線を集める中で、雪斗は気にせずもう一回。岩に剣を打ち付ける。

 再び鳴り響く軽快な音。駄目押しとばかりにもう一発岩に叩き込んだ後、雪斗は作業を止めてじっと漆黒の剣を見据える。


 そして、


『――何!? 何が起こったの!?』


 突然、剣から少女の声が聞こえてきた。


「おはようディル、よく眠れたか?」


 そこで間髪入れずに雪斗は問う。


『へ? うんまあ、そうだね――』

「俺としてはこんなことが起こったのに悠長に寝ていたという事実に半ば呆れているんだが」


 一息でそう告げると、当の剣――ディルは沈黙する。周囲の状況を確認しているのだと雪斗は推測し、


『――何でこっちの世界に戻ってるの!?』

「反応が遅いぞ!」


 思わずツッコミを入れた。次いで口から盛大なため息。


「まったく……召喚されても剣を出しても目覚める気配すらないとは……どうなってるんだよ」

『あははは、何も気付かず寝ていたよ。さすが私』


 剣がどうやって寝るのかというツッコミは無粋なので雪斗は一切しない――というより、そんな疑問はとうの昔に済ませている。


『で、何? またあの悪役大臣様がやらかしたの?』


 雪斗は苦笑い。戦場に似合わぬ軽口だが、こうした性格の彼女がいたから、鬱屈とした迷宮でも耐えられたのだと思うと、無碍にはできない。


「……間違ってはいない。詳しい事情を訊こうと思った矢先、魔物が襲来したので俺は今ここにいる。で、お前を起こすためにわざわざ岩に剣を叩きつけた」

『丁寧に扱ってよ』

「寝ているお前が悪いだろ」

『むう……ま、いいか。今は魔物を完膚なきまでに叩きつぶして事情を聞こうって段階なのね』

「そういうことだ。早速だがやるぞ」


 周囲が呆然とする中で雪斗は改めて魔物に向かい始める。騎士や兵士が視線を送ってくる中、無言で彼らの間をすり抜け、最前線に辿り着く。


「ディル、武装する」

『いいけど……全力でやるの? 見た感じ武装しなくてもいけそうだけど』

「これからまた戦いが始まるわけで、勘を取り戻さないと。感じられる魔力から考えれば、数は多いけど手頃な相手みたいだし」


 少しずつ迫ってくる魔物の群れは絶望そのものと言っていいが、雪斗は恐怖などまったくなかった。


『なるほど。よし、久しぶりの全力戦闘だね』


 そうディルが告げた瞬間、魔剣から黒があふれ出す。

 それは一瞬のうちに雪斗を取り巻き――晴れた時、装備が一新されていた。


 まず両腕には腕に巻き付く革を模した小手。鎧はなく体を覆うのは黒衣――動きやすさを優先した物で、足にはブーツ。

 それらの装備全てが漆黒で統一され、見た目は人間に畏怖を与えるようにも思える。だが、


「――黒の、勇者」


 後方で誰かが呟いた。雪斗にとっては前回の戦いの際、数え切れないほど聞いた自分の異名。


 彼らからの視線には畏敬の念が込められていた。再召喚によって現れた黒の勇者を誰もが畏怖し、また同時に世界を救った英雄として称えている――この姿に注がれる熱視線は一年前と何ら変わっていない。時代が進めばもしかすると、伝説になるかもしれない。


 けれど雪斗の反応は、苦笑いだった。


「異名、あんまり好きではないんだけどな」


 黒はともかく、勇者という称号は――『聖剣』を手にしていた人物だけに贈られるものだと、雪斗は今でも思っている。


『私は称えられてもいいと思うけどなー』


 ユキトの呟きに対し、ディルが口を挟んだ。


『それだけの功績を上げたわけだし』

「どうなんだろうな」

『よく言うよ。さて、準備はできたよ』


 眼前には圧倒的な魔物の群れ。種類は豊富で、統一感はまったくない。


「筋骨隆々の悪魔に鎧を着たスケルトン……トロルらしきやつもいるし、後方にはミノタウロスっぽいのもいるな」

『見た感じだと、魔物達が群れを成して町を襲っているのかな?』

「レーネの話によると襲撃は以前にもあったみたいだし、誰かが魔物を操っていると考えた方がしっくりくるな」

『操る?』

「情報が少ないから誰の仕業なのかは不明だけど、誰かが魔物を操り王都に差し向けているってことだ」

『あれは敵の総大将が率いているのかな?』

「魔物の質から考えてそれはないだろう。総大将の部下が指揮している可能性が高い」


 そこまで述べると、雪斗は口元に手を当て、


「やっぱり前と状況が違う……前回は迷宮の主である『邪竜』が魔物を操って大陸を蹂躙していたが、今回の魔物は何かを求めて動いている……世界の危機かどうかはわからないが、色々と裏がありそうだな」

『なるほどね。じゃあどうするの?』

「迷宮の中から敵は現れていないから、まずは外だ。総大将を倒し、さっさと魔物を黙らせよう」


 そんな会話を成した時、正面から数頭の狼が迫ってくるのを雪斗は確認する。

 体毛が赤い狼で、通常サイズと比べ倍近い体格を持つ――体当たりを食らうだけで並の人間は吹き飛び、下手すれば体が引きちぎれるかもしれない。


「先鋒ってところかな……さて、始めよう」


 そう呟きを発し――雪斗は魔物の軍へと足を踏み出した。


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