戦友との戦い
先んじて動いたのは雪斗。ダインが反応するより早く、剣を地面に突き立てた。
それと共に生じたのは結界。雪斗達を広く覆うドーム状のものであり、半透明の結界は雪斗達と外とを完全に隔離する。
ダインは動き回るため本来ならば範囲を狭くして動きづらくするのも選択肢ではあったが、雪斗はそれを避けた。もし結界が近ければそれに幾度も触れ、破壊し脱出する可能性を考慮した。アレイスの策ならばそういう手を持っていてもおかしくない。広範囲ならば逃げに徹しても雪斗が対応できる余裕がある。
「まずは逃げられないように、ってことか」
「お前はここで必ず元に戻す」
「いいねえ、その決意。なら俺は、元に戻されない内に仕留めないと」
「できると思うか?」
「前の戦いを思い出せばそっちが油断でもしない限り無理だろうが、できるだけやってみるさ!」
ダインが走る。それと同時に彼の体に魔力がまとわりつき、霊具『次元刀』の力が発動したと雪斗は悟る。
まずは挨拶代わり、とでも言わんばかりの勢いで向かってくる。それに対し雪斗は剣を構え、近づくのを見計らって一閃した。剣閃は綺麗な弧を描いてダインの体に触れる――が、手応えがまったくない。
「さすがだな」
ダインは横へ逃れる。彼からまだ攻撃はしない。
「攻撃した瞬間、終わりそうだな」
「ならあきらめて逃げる算段でも立てるか?」
「冗談言えよ。俺がどの程度この能力を維持できるか明瞭に把握しているくせに」
ダインは笑う――彼自身の魔力量は人より多少多い程度。ただ『次元刀』に使用する魔力自体はそう多くないため、長期戦でも対応することはできる。
ただし、雪斗の継続戦闘能力はその遙か上をいく。長期戦になって負けるのはダインであり、能力が尽きる前にどうにかしなければならない。
「ま、出方を窺うなんて真似していても埒が明かない。ここは一気に攻めるとしようか」
宣言した矢先、ダインは雪斗へ肉薄。突撃の鋭さは雪斗自身、過去の戦いぶりと比較してもさらに上だと感じた。
けれど、応じる手法としてはどれだけ鋭くとも同じ――すなわち、能力が解かれた直後に剣を振り、反撃で倒す。
結界で戦場を囲っているため、逃げることはできない。この状況下でダインが勝つには短期決戦が望ましい。決着は、一瞬でつくか――
ダインの剣が迫る。次元干渉で刃が雪斗の体の中に入り込めば能力を解除できなくなる。つまり寸前で能力を解除する。
狙いは胸元。といっても急所は狙わない。雪斗を始めとした霊具使いは心臓や首から上といった攻撃を食らったら致命的になる場所については重点的に守っている。ダインの持つ『次元刀』ではその防壁を破ることはできないと、彼自身自覚しているが故の攻撃。
雪斗は剣の軌道を読んで魔力を高め、構える。反撃で倒せるとはいえ、使い慣れた彼の能力切り替えは一瞬。相手の刃が触れた瞬間、即座に反撃に移る――それは一瞬の出来事であり、雪斗も神経を尖らせた。
そしてダインの刃が触れた――直後、雪斗の斬撃がダインへと叩き込まれる。
「――っと!」
直後、バギンという金属音が鳴り響いた。何事かと思った矢先、雪斗の視線は捉える。
彼の胸元に剣を差し込んだが、何か硬い物によって阻まれた。
それが何であるかを理解した直後、ダインの剣が振り抜かれ即座に能力を発動。虎口を脱する。
「さすがに、一筋縄ではいかないか」
やれやれといった様子でダインは呟いた。雪斗は斬られた部位を確認。攻撃は受けたが衣服に傷はついていないし、例えば毒のようなものも付着していない――もっとも雪斗にそうした攻撃は通用しないが。
「次はもっと踏み込んで仕掛けるしかなさそうだな……しかし、その衣服をどう突き破るか」
ダインが淡々と語る中で雪斗は何が起こったのか理解する。先ほどの斬撃の感触。それは、
「……体を何かで覆っているな?」
「ご名答。といっても魔神の力じゃないぜ。俺の弱点を補おうと色々やった結果だ」
彼は左腕の袖をまくった。そこに見えたのは褐色の皮膚ではなく、真っ黒い金属のような素材。
「霊具ではない、魔法道具の一種だ。魔力を込めることにより変形する特殊な金属。強度も結構あって、そちらの剣だって防げるというのは大きいな」
ダインは語りながら衣服を戻す。
「ユキトもわかっているはずだが、俺の欠点は攻撃する場合どうしても能力を解除する必要があること。これはどう頑張っても覆せないため、攻撃中自分の身を守る手法を考えなければいけなかった。本当なら邪竜との戦いで作りたかったんだが、間に合わなかったんだよな」
「特注品ってわけか」
「ご名答。まあこれで保護されているといっても、ユキトの全力を防げるとは思っていないさ。けどまあ、そちらは俺を殺そうとしているわけじゃなく、止めようとしているわけだろ? どうしたって力も緩む……厄介だと思うぞ?」
雪斗は静かに息をつく。確かに面倒な処置だ。
ダインを戦闘不能にさせるためには、まず金属鎧の強度を見極める必要がある。それを把握し、彼が死なないレベルの斬撃を叩き込む必要がある。
雪斗とディルならばその解析は時間があればできる。先ほど斬った感触もあるため、ディルは真っ先に精査を始めているだろう。ただ、ダインもそれは承知しているはずで、
「行くぞ!」
突撃。再び同じような構図で、狙いもまったく一緒。雪斗はそれに対し神経を集中させ、その動きを見極める。
だが、先ほどと流れが違う――寸前に至っても短剣から能力が消えない。
何をするつもりかと思った矢先、ダインは能力を解かないまま横へ逃れようとする。フェイントだと認識した矢先、ダインの剣は胸元から雪斗の左腕へと迫る。
能力解除の瞬間を見極めようとした雪斗はタイミングを狂わされ、攻撃ができずに左腕に刃が入る。負傷することはなかったが、それでも一方的に攻撃されたのは確かであり、
「おっと、これもダメか」
とはいえダインとしても傷を負わせられないという点ではまずい展開。ただ彼の目はまだ輝き、次はどういう手で応じようかと戦略を立てていることがわかる。
「ま、時間はたっぷりある。とことんやろうじゃないか」
「……そっちは俺に攻撃を当てるだけで精一杯みたいだが」
「ここまでは俺の戦術が通用するのかという確認の意味合いもあったからな」
ダインの魔力が高まる。二つの攻防で、勝機がある――それを判断して本気になったようだ。
「乱を起こした時、ユキトが来ることは察していた。対策を立てていないなんて思っていないだろう?」
「……まあな」
次からは攻撃を受ければそれだけ傷となって返ってくるだろう――ユキトは思考し始める。
ダインの能力切り替えは一瞬であるため、相手に一太刀入れるためにはある程度神経を集中させる必要がある。しかしダインは裏をかこうと動くはず。けれど雪斗としてはまず能力の発動解除を見極めなければ攻撃すら当てられない状況。対応が一歩遅れてしまうのは仕方がない。
本気を出せば、ダインとてさすがに耐えることはできず一撃で戦闘不能になるだろう。けれどそれをすれば最悪彼自身が犠牲になる。そうしないためにさらに加減を見極める必要があり――
「……これが敵の狙いか」
殺意がないことを利用した策――ダイン相手には精密な動きを要求されるのも、この策を効果的にしている。
「アレイスも上手く考えたな……なるほど、ダインと戦わせるわけだ。こんな手法、ディーン卿なんかでは実行できないからな」
「悠長に語っているが、どうするんだ?」
ダインが問う。短剣に収束した魔力を見れば、場合によっては雪斗の衣服を突き破ってくるかもしれない。
(怪我をしても戦いながら治療はできるが……無駄に負傷する必要はないな)
そう結論づけた雪斗は、呼吸を整え、
「なら、こうしようか」
告げた直後、ダインもまた動き出した。




