交戦開始
クラスメイト達が鍛錬に勤しむ中、雪斗は出立から数日後、傭兵ダインが待つ戦場へと辿り着いた。
そこは平原であり、やや遠方に山脈地帯が見える。
「お待ちしていました」
出迎えた騎士に雪斗は手を上げて応じ、
「戦況は?」
「魔物が断続的に出現していますが、ひとまず対応はできています。傭兵ダインはまだ動かず、さらにディーン卿達も屋敷の外から出ていません」
ひとまず、本格的な交戦前に辿り着いた――雪斗はそう心の中で呟いた後、
「わかりました。ダインの動向を調査し、彼を見つけ次第即座に応戦します」
騎士は一礼し「お願いします」と述べる。そして雪斗はディルに指示をした。
「で、索敵はやっていると思うがどうだ?」
『いるね。ここからそう遠くないよ』
「なら早急に片付けるべきだな。ディーン卿の動きも気になるから」
リュシールから魔神の力を取り払う魔力をもらってはいるが、三人同時に相手をして全員にそれぞれ力を行使する――というのは大変であるため、できることなら各個撃破して片付けたいと雪斗は思う。
「けどディーン卿とゼルは基本二人一組だからな……まあいい。ひとまずダインからだ」
『雪斗がここに来たってことはすぐにわかるよね?』
「だとは思う。ディーン卿達が警戒していないはずがないからな」
どう応じるつもりなのか――疑問に思いながらも足は前を向く。
「よし、では向かおう。案内してくれ」
『了解』
雪斗は走る。騎士達がそれを見て驚く中で、目標へ向かって突き進む。
「ダインに動きはあるか? たぶん俺の動きを彼も察していると思うが」
『いや、変化はないよ……というか、もしかすると迎え撃とうとしているのかもしれないね』
「何か仕込んでいるのか、それとも自分に有利な戦場か……」
会話をする間にも該当の場所へ到達。平原の一角、草木もほとんど生えていないような荒れ地の地点。そこに、褐色の肌を持った男性がいた。
格好は以前と変わっていない。しかし一つだけ明確な違いがあった。彼の瞳。その左側が赤色に変化していた。
「……その目は、アレイスから力を受けた影響か?」
「そうだな」
淀みなくダインは答える。
「もっと変わっているイメージでも持っていたのか?」
「いや、霊具をまだ使っていると聞いた時点で身体的な変化はないと思っていたけどね……」
そう答えた後、雪斗はじっとダインを見据え、
「こういう再会になってしまったが、一応言っておくよ。久しぶりだな」
「ああ、まったくだ。こんな形で再会とは、俺も予想していなかったさ」
「なぜ力を得た? アレイスの要求でも飲んだのか?」
「俺が力を得たのは、それこそ罠にはまったからさ」
肩をすくめるダイン。罠に掛かったという言動に対し、怒りなどの感情はない様子。
「この国で魔物討伐を行っていた……ディーン卿の依頼を受けて一緒に、その折にどうやら仕込まれたらしい」
「なるほど……そういうことなら他にも罠に掛かった人間はいそうだな」
「だろうな。さて、こうして俺は魔神の影響を受けてしまったわけで、ユキトを倒さなければならないわけだ」
「勝てると思っているのか?」
単純な疑問。力の差は歴然としているはずだが――
「俺だって以前よりも強くなっているさ。ま、できる限りやってみよう。それにそっちは気付いているんだろ? 俺のことはまだ救えると。なら少しばかり手を抜いてくれるだろうし」
「……アレイスは、その辺りも考慮して作戦を組み立てているのか」
「そういうことだ……もっとも俺がユキトに勝てるとアレイスは微塵も思っていないだろう。ただそれでも俺はやらなきゃならない。個人的にはさっさと解放してほしいんだが、体が言うことを聞かなくてさ」
「面白い状況だな。頭は冷静で、自分の意思があるにも関わらず、魔神に従うとは」
「ああ、奇妙な話だ」
笑うダイン。その表情に負の感情は一切ない。
「不本意ながら俺もこういう立場になってしまったわけだが、やりたかったことはやっておこうかとも思っている」
「……やりたかったこと?」
「こういう機会でもなければ、ユキトと戦うなんてないだろう? 訓練ではなく、本気の打ち合いは、さ」
――もしかすると、ダインは過去に雪斗と全力で戦ってみたいと思ったのかもしれない。
「そうか。こっちとしては大迷惑だが」
「そうだろうが、付き合ってくれ……といっても、ユキトにとってみれば俺は前座かな?」
「ディーン卿の前にって言いたいのか?」
「ユキトとしても本命はそっちだろう?」
ダインの問いに雪斗はそうだなと心の中で呟く。
ある意味、彼との戦いが試金石的な意味合いになっているのは事実。魔神の力を身に受けてしまった存在がどういう変化をもたらすのか。加えてリュシールから託された技法がきちんと通用するのか。
ダインが腰から剣を抜く。といってもその長さは長剣の三分の一ほど。短剣といっても差し支えないそれこそ、彼が持つ霊具『次元刀』だ。
加えて雪斗から目線を外さないまま左手を軽く振る。それと共に平原にいた魔物達が咆哮を始めた。
「操れるのか」
「操るというより、魔神の魔力を拡散させて高揚させている、という表現が正しいな」
ダインが応じる。さらに彼は笑みを浮かべ、
「魔物を作成する役目を担ったのはディーン卿だ。俺やゼルがなぜ力を持てなかったのかは不明だが」
「……魔神の力を与えるにしても、所持する霊具や体質などによって変化するのかもしれないな」
「なるほど、面白い考察だ。で、こういう状況になったわけだがユキトはどうする?」
「決まっている」
雪斗は剣を構える。魔物は騎士達に任せ、ダインの相手をする。
それが正解だと言わんばかりに、ダインは満足げな笑みを浮かべた。
「ま、そういうことだな……さて、それじゃあ始めようじゃないか」
「必ず元に戻すぞ……ダイン」
「できるものなら」
そう告げた直後、ダインが走る。それに雪斗も魔力を高め応じ――戦いが、始まった。
* * *
とある建物の一室、室内には二人の男性がおり、窓は閉め切られ気配を押し殺しているような状況。
そうした中、片方がピクリと身じろぎした。
「――主人」
「ゼル、ダインが動いたか」
「はい、どうやら黒の勇者と交戦を開始したようで」
その言葉と共に、相手――ディーン卿は暗い部屋の中で笑みを作った。
「さて、ここからが重要だが……果たしてアレイスの仕込んだこの作戦、彼らに通用するのだろうか?」
「正直なところ、私は懐疑的です」
「私もそう思うが……まあ考察は無駄かもしれん。そもそもアレイス自身が失敗を前提に作戦を立てている可能性もあるからな」
「それは、つまり――」
「何か大きな策を行うために私達は捨て石にされた、ということだ」
そう語るディーン卿ではあったが、さして興味もなさそうな雰囲気だった。
「ユキトを始めとした者達は私達をどうにか解放しようとするだろう。そうした処置をするにも準備がいる。その時間でアレイスは何か策を……ということだろう」
「何が目的なのでしょうか?」
「わからないな。ともあれ今の私は策を実行するのみ……やれやれ、魔神を憎む感情は残っているというのに、魔神に従い行動するとは……厄介な話だ」
肩をすくめるディーン卿に対し、ゼルはどこまでも険しい表情をしていた。
「では、私達も動くとしよう。ゼル、準備を始めてくれ」
「了解致しました。しかし彼らは驚くでしょうね」
「そうだな……ここからは彼らの頑張り次第となる」
ディーン卿は、部屋の扉に手を掛ける。
「作戦開始だ……この戦いが無事に終わることを祈ろうじゃないか――」




