それぞれの戦い
先陣を切った悪魔を信人によって瞬殺された結果、敵である悪魔達がにわかに警戒を始めた。とはいえ逃げ出すようなことはせず、戦意は失っていない。
「魔力溜まりの周辺は魔物達のテリトリーだ。ヤツらからしたら私達は部外者……自分の住処を脅かす存在といったところか」
レーネが淡々と語る間に新たな悪魔が突撃を開始する。それに反応したのは、千彰だった。
「さて、どうなるか――」
彼自身霊具の効果がどのように発揮されるか、見極めたい様子。そして悪魔は明確に彼を標的にして、襲い掛かる。
だが間近に迫った瞬間、悪魔の動きが鈍った。いや、何か見えないものに押し留められたか、足が完全に止まった。
「これは……」
「チアキが持つ霊具の効果だ。使用者を守る風の防壁」
翠芭はじっと千彰を見据える。確かに彼の周辺に風が舞っているのが魔力などの気配でわかる。
「その霊具は操作がやや難しいが……基本的な操作は問題なさそうだな」
レーネの問いに千彰は頷き、手を振った。払いのけるような仕草をした直後、悪魔が突如吹き飛んだ。
同時、その体が風の刃によってズタズタに引き裂かれる。悪魔は反撃どころか身じろぎ一つできぬままに刃を身に受け、消滅した。
次いで千彰はもう一度腕を振る。それによりさらなる風の刃が飛び、後方で今まさに突撃しようとしていた悪魔に直撃した。
機先を制した形となり、悪魔は何もできず崩れ落ちる。
「その霊具の一番の問題点は、常時魔法攻撃であるため味方を巻き込みかねない点にある」
千彰が二体目の悪魔を倒した直後、レーネが解説を行う。
「例えばノブトが持つような霊具ならば、武器に力を収束することで味方に当たることを防ぐことができるのだが、チアキが所持するような魔法のみの霊具ではそれも難しい」
「つまり、周囲に注意しろってこと?」
「そうだな。とはいえ霊具をある程度使いこなせた時点で攻撃範囲なども感覚で理解できるはずだ。どんな状況でも暴走せずに能力を維持する……その辺りがその霊具を扱うコツだな」
彼女が語る間にさらに悪魔が突撃してくる。ここで翠芭は動いた。前に出て聖剣を構えると、剣先に力を集める。
まるで自分の手足のように聖剣に力を注ぎ、悪魔の動きを見極める。敵の一挙手一投足が理解でき、相手が腕を振り上げ鋭い爪で引き裂こうとしているのが明確にわかった。
翠芭はそれを受けようと決断すると、体もそのように動く。振り下ろされた爪を剣で受ける。ガキンと固い音が鳴り響いた直後、悪魔の爪が、割れた。
聖剣の力にどうやら耐えられなかったらしい――悪魔がそれにより後退の意思を示した直後、翠芭は間合いを詰め一閃する。右足を踏み出し勢いを維持したまま横薙ぎ、悪魔は斬撃を身に受け、一瞬のうちに消滅する。
「翠芭は問題ないようだな」
レーネはそう評する。先日雪斗と行った鍛錬を思い返せば全然だと思うが、悪魔相手に問題なく動けているのは確か。
「さて、残る二人だが……どうする?」
彼女の視線は貴臣と花音に向けられた。そこで動いたのは貴臣。杖に力を集め、魔力を高め――放ったのは、真っ白の光弾。
それが悪魔へ問答無用に突き刺さる。結果、悪魔は無抵抗のまま滅んだ。
「……魔法には大別して三つの種類がある」
そこでレーネが説明を加えた。
「一つは私達人間が開発した魔法。もう一つが霊具の中に存在している魔法。最後が霊具の力に基づいて所持者が使用するオリジナルの魔法だ。どれが強いというわけではないが、霊具の中に仕込まれた魔法を垂れ流すよりも、そこにアレンジを加えた方が強くなる傾向があるな」
「僕のやり方次第ってことですか」
「そういうことだ。さて」
レーネの視線が最後に花音へと向けられる。とはいえ彼女は短剣の扱いを学んだだけで、霊具そのものの力は教えられていないはず。
「……カノについては、こちらも手探りだからな。魔物を目の当たりにしてどう思った?」
「その、短剣から力が湧き上がっているせいなのか、全然怖くないです」
「霊具の所持者は恐怖感が薄れるからな……今はひとまず魔物と対峙しても恐れない、とわかっただけでも収穫だろう。恐怖し身がすくんでいる状況と平常とでは、逃げる時だって動きが雲泥の差だ。ひとまず魔物と相対しても問題はない……不安はないということを今日はその身に刻み込んでくれればいいさ」
花音は頷く。戦わないでいいのかという気持ちが表情から読み取れるが、レーネは優しく微笑んだ。
「さて、敵の数も減ってきた上に、霊具の感触は実戦でさらに理解したことだろう。ここからは君達が判断して動いてくれ。もし危ない状況になったら、私達が援護しよう」
レーネが言う。それに信人と千彰がいち早く反応し、前に出る。
それを援護する構えを見せる貴臣。そして翠芭は、先ほどの攻防を思い出し、一度深呼吸をする。
(この剣を扱うためには――)
動き出しながら思考する。雪斗は翠芭をあまり戦わせないようにする様子ではあるが、聖剣を握った以上は相応の働きをしなければならないだろうと翠芭は自認する。
自分にどこまでやれるのか、期待に応えることができるかという不安はあったし、また聖剣を手にした以上は自分こそがクラスメイトの中でしっかりとしなければならないという自覚がある。そうした事実とどう向き合うのか――翠芭は内心考えながら、戦いに身を投じることとなった。
程なくして、魔物の討伐は完了する。訓練で剣を振るのとは大違いで、実戦だからこそ色々と学ぶこともあった。
「さて、ここでの戦いは終わったが……まだいけるか?」
レーネが問う。翠芭達が一斉に頷くと、
「ならば引き続き、魔物の討伐を行うとしよう。一度城へ転移し、別所へ移動する。ダインとの戦いが終わるくらいまでは、この調子で戦闘に慣れていくことにしよう」
「それが終わったらどうするんですか?」
翠芭の問いにレーネは少し思案し、
「敵であるアレイスの目的がわからないが、この王都ひいては迷宮の何かである可能性はある。よってスイハ達には守護役的な意味合いで城にいてもらう方がいいだろうな」
「外に出ることはない、と」
「タカオミだけはリュシール様との兼ね合いで外に出るかもしれないが、もう少し先の話だろう」
そう述べた後、レーネは手で転移魔法陣がある方角を示した。
「それでは戻るとしよう……もう一箇所くらい討伐を行えば昼くらいになる。魔物の出現は二箇所だけだったはずだから、その後は訓練をしてもらうことになるな」
「もし魔物が現れたら討伐、ってことですね」
「その通りだ……戦闘を重ねていけば見えることも出てくる。今後強い敵と戦う際も、この経験が必ず役に立つだろう」
レーネの顔は、一行の戦いぶりを見て問題ないと判断したか、悲観的な感情は見受けられなかった。
――このまま魔物の討伐を繰り返していけば、霊具の扱いも慣れてくる。その先にあるのはより激しい戦いだとしても、恐怖はそれほど感じない。
(もし私がこれ以上みんなの役に立つためには……それこそ、雪斗みたいに転戦する必要性があるのかもしれないけれど)
果たして自分にそれができるのか。疑問はあったが口には出さない。
一方で雪斗の姿が頭の中に浮かび、
(今、どうしているのかな……もう既に戦いを始めている?)
情報がいまだに来ないが、もしかしたらもう――そんな予想を抱きながら、翠芭はクラスメイトと共に城へと帰還した。




