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騎士

「この剣は、前回召喚された際に手に入れた物だ」


 告げながら雪斗(ゆきと)翠芭(すいは)へ剣をかざす。


「色々あって……俺はこの世界で得た力をそのまま維持して元の世界へと戻った」

「ずっと、隠していたってこと……?」

「そうなるな」


 雪斗は肩をすくめる――召喚されてから異質な出来事の連続で理解が追いついていないのか、彼女はただ呆然と立ち尽くす。

 雪斗も次の言葉が出ず、少しの間沈黙したが、


「――二人とも」


 それを破ったのは新たな来訪者。貴臣(たかおみ)だった。


「クラスのみんなをひとまず部屋に入れたけど……えっと――」


 彼は雪斗へ視線を移し、逡巡する。


(……さすがに名前で呼ぶのは無理か)


 雪斗という名前で呼ぶほど親しくないのだから、仕方がない。とはいえ沈黙も嫌なので、雪斗は翠芭と同じく助け船を出すことにする。


「ひとまず世界の危機、という状態ではなさそうだ。話をして作戦会議を開き、どうするか考えるくらいの時間はある」

「そ、そうか……えっと、これからどうすれば――」


 雪斗へ尋ねようとした矢先、ガチャガチャという金属音めいた足音が聞こえ始めた。それを聞いて、雪斗は一言。


「……レーネだな」

「え?」

「知り合いの足音だ」


 断定した雪斗に対し、残る二人は開け放たれた扉の先にある廊下に目を移す。

 少しして、部屋の前に立ったのは――白銀の鎧を着た女騎士。


「……ユキト」


 綺麗な女性だった。金髪を結い上げ琥珀色の双眸を持つ彼女は、もし元の世界ならば誰もが振り返るほどの美貌の持ち主なのは間違いない。ただそんな女性が首から足のつま先まで鎧で覆っている――翠芭達が息を呑んだのを雪斗は察したが、それは彼女の容貌のためか、それとも重厚な鎧を身にまとっているためか。


「――久しぶり、レーネ」


 そんな二人をよそに、雪斗は発言した。途端、騎士――レーネはひどく悲しげな表情を浮かべる。


「すまない……私達が、本来なら止めるべきだったのに……」

「グリークの独断だろう? それならどうしようもないし、悔やむ必要はないさ」

「ユキト……」

「ただ、申し訳なく思うのであれば、今回召喚された面々を手厚く迎えてくれ」

「無論だ、そこについては心配いらない」


 頷くレーネ。そこで雪斗は翠芭達が自身に視線を向けていることに気付く。説明が欲しいらしい。


「……彼女は俺が懇意にしていた騎士。魔物の討伐隊における一員で――」

「今は副隊長だ」

「あれ、昇進したのか……と、そうだ。レーネ、あの戦いからどのくらい経っている?」

「およそ、一年だ」


(元の世界に戻ってから経過した時間と同じか)


 雪斗はその情報を頭の中に刻み込み、


「それで、レーネ。現状確認だけど、『迷宮』から魔物は出現しているのか?」

「迷宮内にはわんさか魔物がいる。けれど、外には出ていない」

「前の召喚とは状況が違うな……となるとグリークが主導で俺達を召喚し、その目的は――」


 推測を口にしようとした時だった。突如、窓の外から、獣の雄叫びのようなものが聞こえてきた。

 翠芭や貴臣はビクリとなり、雪斗は視線を窓の外へ向ける。


「……今、のは?」


 不穏なものを感じ取ったのか、翠芭が口を開く。それと同時レーネが、


「現在、外部にいる魔物が町へ向け押し寄せている」

「動いているのは外側だけか。敵の詳細などはわかっているのか?」


 雪斗の問い掛けにレーネは首を左右に振った。


「現在調査中だ。その調査をしていた際に、グリーク大臣がユキト達を召喚した」

「……魔物襲来が実は大臣の仕業、とかはないよな?」


 そんなことをする理由は本来ないが――するとレーネは肩をすくめた。


「ない、と思いたい」

「絶対に違うと断言できないのが悲しいな」

「そうだな……策謀巡らせるあの方ならやりかねないと思ってしまう」

「相変わらずというわけだ」


 レーネは苦笑する――雪斗が剣を振るっていた前回の戦いの時もそうだった。グリークの行動は、雪斗にとっても面倒だった。


「ま、その辺りは置いておこう。いずれ王と話をしてその辺りのことも確認しておく」


 雪斗は思考を切り替える。


「レーネ、俺のことは騎士団とかに連絡しているのか?」

「ああ、そこについては大丈夫だが……どうした?」

「早速戦いが待っている……一応元の世界で剣を振っていたりはしたけど、こちらも一年経っているから腕が鈍っているのは確かだ。少しは戦闘の勘を取り戻さないといけない」

「襲撃してきた魔物を追い払うと?」

「可能なら全滅させてくるよ」


 サラリと言ってのけた雪斗の言葉に、翠芭や貴臣は驚き沈黙。

 対するレーネは、別な反応を示した。


「……魔物の質はそれなりに高い。数までは報告を聞かなければわからないが、数度あった襲撃ではそれなりに厄介な敵だったし――」

「レーネ」


 雪斗は名を呼び、女騎士の言葉を止めた。


「腕が鈍っているのは認めるが――俺が負けると思っているのか?」


 それは感情を入れない、純然たる問い掛けだった。

 レーネは一時沈黙する。少しの間雪斗と視線を重ね――やがて、


「……これについては愚問だったな。わかった、ユキトに任せる。顔はみんな知っているから、自由にさせてもらえるはずだ」

「了解。転移魔法陣は?」

「使える。場所は前と同じ所だ」

「わかった。えっと、八戸さん、陣馬さん。俺は少し外に出るから、クラスのみんなが変に動かないよう言い含めておいてくれ」


 一方的に告げ、雪斗は廊下に出た。そして一人で迷い無く歩き出す。


(久しぶりの戦闘、か……)


 雪斗の頭の中に、過去の記憶が蘇る――この世界に召喚された時のことを。


(まさかまた、こんな風に戦うことになるとは……)


 心の中で呟きながら、雪斗は右手に握り締める漆黒の剣を一瞥する。


「……やれやれ、だな」


 声に出してから一度雪斗は剣を消す。そして前を向き――目的地へと歩み続けた。



 * * *



 雪斗が去ってからしばし沈黙していた翠芭は、やがてレーネへと向き直った。


「あの……私達は、どうすれば」

「心配いらない。魔物は群れを成しているが、ユキトの力ならば敵ではない」


 力強い口調だった。それは雪斗という人間を信じて疑わない様子。


「えっと、彼はどういうことを――」

「より正確に言えば、彼だけではない。君達と同様の人数が一度に召喚された」


 レーネは無念そうに目を伏せながら、言葉を紡ぐ。


「説明してもいいが……長い話になるな。ユキトは大丈夫とはいえ、さすがに観察はしなければ――」


 そこでレーネは何かを思いついたようだった。


「そうだ。二人とも、ユキトの戦いを見るか?」

「え?」

「王都周辺を観察できる魔法道具がこの城にはある。この世界で何をするために呼ばれたのか、その目で確かめてみることも必要だろう?」


 そう述べたレーネは、一度廊下を見回し、


「もっとも召喚された全員で、というのは無理だな。混乱もするから……君達二人が代表という形で、確認するということでいいか?」


 その問い掛けに、翠芭はやや躊躇いがちに頷いた。ただこれは頭の整理が上手くできていないこともあり、半ば流されるような形となっている。


「では、ついてきてくれ」


 レーネが先導。翠芭と貴臣は一度互いに顔を見合わせ――やがて、彼女に追随した。

移動する前に、まずクラスメイトの状況を確認。問題はなく、ひとまず部屋で待機するようお願いして、改めて移動を始める。


「目的地へ向かう前に、ユキトがなぜあんな力を持っているか説明しよう」


 カツカツと具足の音を響かせながら、レーネは語り始める。


「グリーク大臣によって前回、ユキトを含めた者達が召喚された……人数はほぼ同じ。君達で言うところの『一クラス分』の人数だ。なぜ一クラスなのか……それは召喚魔法陣の規模がそれ以上にも以下にもならないからだ」

「あの、なぜ私達が?」

「私も召喚の詳しい理論はわからないが、グリーク大臣いわく、力ある存在をこちら側から探知して、その人物を呼び寄せるようにしているらしい。つまり召喚によって本来求める人物は一人。他は悪い言い方をすると、オマケみたいなものだ」

「つまり、私達の中にそれだけの力を持った人が?」

「誤解ですよ」


 翠芭の言葉に続き、貴臣が否定する。


「俺達に、そんな力はありません」

「それは君達が自覚していないだけだ……この世界には君達の世界にはない『魔力』という概念がある。君達はその魔力保有量が、この世界の者達と比べ遙かに多い。私からすれば、君達はまぶしいほどに力を所持しているのがわかる」


 レーネはそう語る――けれど翠芭にとっては信じられない内容だった。


「これについては、実際に戦ってみれば自覚できるはずだ……話を戻そう。君達と同じような形で召喚されたユキト達だが、今回よりも状況は切迫していた。何せ、町が襲われていたのだからな」


 ――あの綺麗な町並みが。翠芭は先ほど窓から眺めた幻想的な光景を思い出す。


「彼らは追い立てられるように武器を手に取ることになってしまった……事態が逼迫していた状況で、彼らにとって不幸以外何者でもなかったが、私達もまた必死だった……今思えば、他にやり方はあったはずだが」

「それで、どうなったんですか?」

「……彼らが手に取った武具は、この世界で『霊具』と呼ばれる物だ。特別な力を持つ物で、中には手に取るだけで自在に体を動かし、戦えるようになる物もある……ユキトを始めとした面々は霊具を手にし、その魔力の高さを生かして戦った……当然彼らに戦闘経験など無かった。しかし」

「勝利、した?」


 まさか、と思いながら翠芭が問うと、レーネは首肯した。


「我らが求めていた人物は一人……しかし彼らは全員、霊具を完璧に使いこなせるほどの魔力を有していた……結果として彼らの奮戦により町は救われた。けれど、すでに魔物は大陸各地に散っていた。よって彼らもまた転戦し……」


 そこまで述べた時、翠芭達の目の前に大きな扉が現れた。それをレーネは開くと、中には数人の男性がいて、何やら作業をしている。

 教室より少し小さいくらいの広さで、中央には何やら複雑な紋様が描かれている。


(魔法陣、かな……?)


 翠芭がそんな推測をしていると、レーネが手近にいた男性に問い掛ける。


「勇者ユキトを観察したい。できるか?」

「はい」


 指示に男性は答え、手を魔法陣へかざす。すると陣の中央に光が浮かび上がった。


「……結果として、世界は救われ紆余曲折あったがユキトを始めとした面々は元の世界へ戻った」


 そうレーネは述べる。


「今回はどうなのか……その点については色々と考えなければならない。けれど一つだけ――あなた方に危害を加えるようなことはしないと約束する。そこだけは、信じてくれ」


 彼女が続けた時、光の奥に像が浮かび上がり、翠芭はユキトの姿を目に留めた。


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