王道の剣術
光が、ユキトの真正面で溢れた。しかしそれは一瞬の出来事であり、光が消えた場所には一体の魔物が立っていた。
それはユキトがカイをイメージしたものではあったが、姿は異なっていた。言うなれば、白い騎士。全身を鎧によって固められた、純白の騎士だった。
「見た目は……カイそのものを再現というのはできなかったかな」
ソラナが言う。どうやら彼女の魔法によってこうした姿になったようだ。
「人間の表情とか、精密な部分を再現するのは厳しかったし、より強い魔物というのをイメージした結果、騎士になっちゃったけど」
「十分だ、ありがとう」
ユキトは剣を構える――目前にいる魔物は当然ながらカイではない。だが、頭の中で思い浮かべた邪竜と戦う彼の姿。それによって、大地から魔力を吸収し生まれた存在は、ユキトが強敵だと考えるほどの敵へと昇華した。
「……カイの技量がどれほど再現されているかわからないが」
ユキトは呼吸を整え、騎士を見据える。
「抱える魔力量を考えれば、さすがに加減するわけにはいかないか――」
騎士が、動いた。王道かつ正道と呼べる剣術は、小細工一つなく真っ直ぐにユキトへと襲い掛かる。
それにユキトは真正面から応じた。ディルの魔力をまとい受けた斬撃から感じられる重さ――ユキトは口の端に笑みを浮かべた。
「さすがだな、ソラナ――」
声を上げると同時に騎士の剣を弾き、反撃に移る。渾身の一振りは上級クラスの魔物であっても瞬殺するほどの威力が出ていたはずだが――騎士はそれを、受けた。
金属音が魔力樹の周辺にこだまする。魔力が迸り、構築された結界の中で荒れ狂う。
その戦いは、周辺にいたスイハやイズミが目を見張るほどのものだった。さすがにカイを完璧に再現できたわけではない。しかしユキトと騎士が行う戦いは、まさしく邪竜との戦いを切り取ったかのような、激しいものであった。
途端、ユキトと騎士が剣を幾度と激突させる。凄まじい速度による応酬は、弾ける魔力と伴いながら激突する度に勢いが増していく。
ユキトは剣を幾度も交わしながら騎士に隙がないかを見定めていく。しかし、真っ直ぐかつ王道の剣術は一分の隙も見いだせない。
(……カイの動きを完璧に再現できているわけじゃないし、いくら聖剣使いと言えどカイはここまで愚直に真っ直ぐというわけじゃない。けれど、逆にシンプルかつ王道の剣術だからこそ、隙が出にくい)
ユキトは異世界における邪竜との戦いで、様々な人間から教えを請うた。ディルを手にする前の霊具や、ディルが持っていた技術によって剣を容易く扱うことはできたが、それでもさらに技術を高め霊具を使いこなすべく鍛錬は欠かさなかった。
そうした中、騎士からもっとも技術に関して教えてもらった――教本などを読んだ経験もあるのだが、目の前の騎士はそうした教本通りの動きをしているようにも感じられた。
(むしろ、基本に忠実……ただ、カイをイメージしたことによって抱える魔力量が膨大であるためか、攻めも守りも完璧に近い)
動きに揺らぎがなく、人のように駆け引きで欺くのも難しい。しかしそれでも剣術の型自体にどうしたって隙などが生じることがある。それを狙うことも考えられたが、膨大な魔力によって剣術そのものの隙すらも鎧を堅くし防御能力を高めるなどして対策している。
(これはソラナがより強い魔物を、とイメージしたことによる結果か……? ともあれ、相手にとって不足はない。さすがに『神降ろし』を使用すれば、状況が覆ってしまうだろうけど――)
ユキトは考えながらあえて踏み込んだ。今だ隙を見いだすことはできなかったが、それでも攻めに転じることで状況の打開を図ろうとした。
刹那、その行動に対し騎士の動きが僅かに鈍った。それはとても僅かなものであったが、極限まで集中力を高めたユキトにとっては、大いに価値のあるものだった。
(今だ――)
そう心の中で呟くと同時に放った斬撃は、騎士の防御を抜いて体に到達した。全身鎧ではあるが、剣戟によって鎧が抉れ、まとっていた魔力も大きく喪失する。
騎士はそこで反撃に移った。守勢に回っていては勝てないという判断か。あるいは消耗が思った以上に激しかったため、このままでは負けるとした決死の攻撃か――どちらにせよ、それはこれまでと変わらぬ基本に忠実としたものであったが、攻撃を食らったことで魔力そのものに揺らぎが出ていた。
それは本来戦局を変えるほどの変化ではない――が、今のユキトからすれば極めて大きな変化。
そしてこれは、ユキトが勝負を決めるだけの影響があった。
「ふっ!」
騎士の反撃にユキトは声を発しながら応じる。再び激突した両者の刃。直後、ユキトはそれを受け流し反撃に出た。非常に流麗かつ、騎士へ最短距離で吸い込まれていく剣戟。
刃は騎士の胸元に到達すると、剣が鎧を駆け抜けた。そこでさらに魔力が減少し、ユキトは頃合いと判断し、さらに魔力を高めトドメの一撃を――繰り出した。




