夢――とある激戦
――雪斗は元の世界に戻って以後、時折召喚された時の戦いを夢に見ることがある。それはほとんどが凄惨なもので、雪斗としてもあまり思い出したくない記憶。けれど鮮烈であったからこそ、まぶたの裏に潜み、雪斗に思い出せとその光景を見せてくる。
再召喚されて仲間と共に過ごした夢は一度見た。そして次に見た夢は、戦場の夢。それも特に激戦だった、とある戦いだった。
「……ずいぶんとまあ、酷い状況だな」
雪斗は立ち尽くし、背後から声が聞こえる。一つの戦いが終わった――周囲には死屍累々の魔物の死骸。
魔物は基本的に倒せば塵と化し消滅していく運命だが、邪竜は違う魔物も生み出していた。魔物は魔力を源としているが、そこにどういう方法なのか肉体を加え、強化した。結果、確固たる肉体を持っているが故に、死体が残る魔物が登場した。
そうした個体は塵となる魔物よりも強い。ただでさえ迷宮の力を基にした魔物であり強いというのに、さらに強化されたのだ。兵にも多くの犠牲が出て、それらに対抗するのは決まって霊具使いだった。
「しかし、とうとう抑えきったか……さすが黒の勇者だ」
さらに声。雪斗はそこでようやく首を向ける。視界に映ったのは、短剣を逆手に握った褐色肌の男性。身なりは傭兵――というより盗賊に見間違うくらいのもので、騎士や兵士に混ざって戦うその姿が奇妙だと感じたのを雪斗は憶えている。
「どのくらいの魔物を倒したか、憶えているのか?」
「……百体くらいまで数えて、以降はカウントしていない」
「そもそも百までいくのがおかしい」
そう評する男性。そこで雪斗は、
「……ダインはどうなんだ? 何体倒した?」
「精々二十体くらいだよ。ユキトと比べる方が間違っている」
「けれどその二十体は全て敵に指示を与える指揮官級、だろ?」
――男性、ダイン=マイダルの霊具は特殊で、その特性により彼は敵陣深くに斬り込み、指示を与える魔物を屠ることを主な活動とする。
肉体を持つ魔物は強い代わりに命令を受け付けにくいという短所も存在している。肉体を持つため自我を持ち、時に邪竜の指示であっても反発するというわけだ。
塵となる魔物は指揮官を失っても手近な存在に攻撃を仕掛ける。だが肉体を持つ魔物は、酷いときには攻撃を停止し戦場から逃れようとするケースもあった。だからこそ、ダインのような指揮官だけ狙いを定めるという戦法が有効だった。
「俺と役割は違うけど、この戦いを勝利に導いた立役者だと思うよ」
「――とはいえ、ユキト殿がいなければ戦線は崩壊していた」
そこで声が。雪斗がさらに視線を転じると、そこに二人の男性が。
共に黒を基調とした衣服を着ている。片方は長身の紳士で、年齢は四十前後くらいだろうか。
もう一人は紳士に付き従う従者といった案配。紳士の一歩後方に立ち、肩まで掛かるくらいの黒髪を揺らし鋭い眼差しが周囲を警戒していた。
「……ディーン卿、どうしましたか?」
雪斗は紳士――ディーン卿へと尋ねる。彼はこの戦場となった場所の領主だ。
「魔物は殲滅できた。よって戦場を確認して回っている所だ……しかし、肉体を持つ悪魔か。処理するのも一苦労だな」
「俺はおそらく明日にはここを離れなければなりません。事後処理は手伝えませんが」
「わかっている。これを渡しに来た」
彼は懐から書状を取り出す。雪斗はそれを受け取るとすぐさま封を切り内容を確認。
「……今度は北らしい」
「転戦か。大丈夫なのか?」
「戦うことはできます。明日には出発しますから、寝床を用意して欲しいんですが」
「わかった。早急に良い部屋を用意しよう。ゼル」
「はい」
後方に控える従者が応じる。そこでダインが肩を回し、
「はあ、やっと休めるな……」
「ちなみにダイン、お前を連れて行けと指示があるぞ」
「なにい!? おいちょっと待てよ。俺はユキトみたいに無茶できるわけじゃねえぞ!?」
「そう書かれているんだからあきらめろ」
雪斗の言葉にがっくりとうなだれるダイン。そこで雪斗は、
「ちなみに書状には報酬を倍にすると書かれている」
「よしユキト! 行こうじゃないか! 新たな戦争へ!」
いきなり声を張り上げ彼は拠点へと向かう。それを見たディーン卿は苦笑し、
「彼の事は任せてくれ……ユキト殿、あの方を任せていいか?」
あの方――とは、雪斗達から少し離れた場所で立ち尽くす人物のことを指す。雪斗がそちらに目を向けると、魔物の死骸の中に黒髪の女性が背を向け立っているのが見えた。
「……もしかして、彼女の様子を見に?」
「そうだ。大事なお方だからな……そんなお方が戦場に出なければならない事態……早く解消したいものだ」
告げた後、ディーン卿は従者のゼルと共に戦場を後にする。そこで雪斗は女性へと歩み始めた。
魔物の死骸をよけながら突き進んでいると、風に女性の髪がなびいた。長さは腰まで届くほどで、容姿は一言で表せば大和撫子――もっとも、この世界に東洋的な人種はいないはずなのだが。
「……大丈夫か?」
雪斗は近づいて声を掛ける。一方の女性は振り向き、やはりどこか東洋的な印象を窺わせる美貌を見せ、
「うん……そっちは?」
「どうにか、な」
「ごめんなさい、敵の多くがユキトへ行ってしまった」
「構わないさ。俺は戦うためにこの場にいるんだから」
彼女は俯く。もっと力を――そんな風に彼女は思っているのかもしれない。
「ともあれ、今は生き残ったことを喜ぼう……明日俺はここを離れるけど――」
「私も」
そう彼女は口を開く。
「私も、ついていく」
「……国境を越えるぞ?」
「それでも、私は戦う」
強い言葉だった――それは戦友として、ユキトと共に戦いたいという願いも含まれていた。
「……わかった」
雪斗はそう答える。やがて二人は歩き始め、ディーン達に遅れて戦場を後にする――
そこで雪斗は、目を覚ました。
場所はあてがわれた一室。グリークとの戦いが終わり、城へ舞い戻り一夜明けたところだった。
雪斗はしばし沈黙し、夢の中の光景を頭の中で思い浮かべる。
「……まさか、な」
ある予感がして一つ呟く。その時、ノックの音が。
雪斗はベッドから起き上がり扉を開ける。レーネがいた。
「おはようユキト……寝起きか?」
「ああ。どうした?」
「いくらか情報が入ってきた。アレイスは厄介な事態を巻き起こしているようだ」
「――ダインでも敵に回ったか?」
その問いに、レーネの目が見開いた。
「なぜ……わかった?」
「そうなのか。いや、単に彼が出てくる夢を見たんだよ。ファージェン平原の戦いを」
「あの激戦か……」
「もしかして何か予感があって、夢を見たんじゃないかと思ってさ……正解だったのか」
「ああ、そうだ。加えてディーン卿もおかしな動きをしている。ユキトの言う戦いは彼の領地だったな」
「そうだな」
「詳細は朝食後にでも……それともう一つ報告があるが、それも話し合いの席で」
「わかった」
承諾した後、レーネは立ち去る。そこで雪斗は沈黙を置いて、一言。
「当たってしまった……か」
今度の敵はどうやら霊具使い――戦友と相対しなければならないというのが、少し辛かった。
「ただ、ダインが寝返るとも思えない。もしかして洗脳されているとか……だとしたら、暴走を止める手段を考えなければならないな」
そうした結論を呟いた後、雪斗は気を取り直し朝食をとるべく支度を始めた。




