力の底
イズミに後のことは託し、本日の作戦は全て終了した。仲間達が帰って行く中でユキトは組織の建物に残り、一つ作業を始める。
『改めて、大変そうだね』
作業中、ユキトはディルの声を聞く。彼女の姿はなく、頭の中に直接響いている。
『ただすぐに魔物が現れることはないから、そこは不幸中の幸いかな?』
「時間の問題ではあるけどな……」
ユキトは応じつつ、作業を進める――場所はツカサやタカオミが霊具などを分析するのに使っている部屋。その一角にあるテーブルを一つ借り、イズミが作成した腕輪型の霊具について検証を行っていた。
「以前出現した魔物は映像に映らなかったが、竜くらいの規模になると関係なくなっていた……魔力が十分に存在する今なら、テレビカメラだろうがスマホのカメラだろうが全てに映り込むはずだ」
『その段階になるまでに、私達は霊具を強化して態勢を整えないといけない……か。ちなみにユキト、それは何をしているの?』
「邪竜やカイと戦うのに備えて色々やっておきたい……ということで、準備をしている」
そう言いながらユキトは腕輪に魔力を込める。それによって腕輪そのものが透過し、手に感触はあるが目には見えなくなった。
「魔物が出現し始めたら、こういう準備をする余裕もなくなるからな」
『やれることはやっておこう、というわけか』
「……ディルについても、検証はしておきたいんだけどな」
『検証?』
「魔力樹が出現してから、世界は激変した。見た目に違いはないが、魔物が生まれるほどに魔力が増加した。霊具は周囲の環境によってもその能力が変化する。なら当然、ディルだって影響があるはずだ」
『なるほど、その検証をやっておきたいと』
「そういうこと。ただ、やるにしてもちゃんとデータをとらないと意味はない。ツカサに協力してもらう必要があるかも」
『……ユキト、カイに勝てなかったから、もっと強くなろうと?』
ディルの質問にユキトは手の動きを止めた。
『カイを止めることができたら、騒動は起きなかったかもしれない……そんな風に考えてる?』
「……実際は、違うのかもしれない。邪竜とカイが手を組んだ時点で、魔力樹が生まれた際の対策はとっていたかもしれない。仮にあの時、俺が勝利したとしても魔力樹を破壊し、情勢を覆す手段は、残っていなかったかも」
『私はそうだと思う。きっと、分岐点は別のところにあった』
「俺達が……カイの真意に気づけなかったこと。それが敗因だけど、これは気づきようがなかったというのが結論だろうな」
だとすれば、どうあがいても打開することは――ユキトは胸中で呟きながら、作業を進める。
「でも、邪竜の行動を捉えることができていれば、あるいは邪竜の一派と遭遇した際に、対処できていれば……間違いなく未来は変わっていた。カイと邪竜は交渉をした。その交渉のテーブルは、ある程度邪竜が力を得たことに起因している。だから、俺達が邪竜のことを捕まえることができなかった。それが最大の敗因だ」
『……そうだね』
ディルの返答を聞きながら、ユキトはそれでもなお作業を進める。まるで邪竜に対する怒りを静かにぶつけるかのように。
『ねえ、ユキト……私達は継続して修行を積んでいくというのは賛成だけど、具体的には? 以前にも話し合ったけど、状況が変わっているし方針とか改めて決める?』
「まずはカイとの戦いに備え『神降ろし』の技法をさらに強化する。カイは一時的ではあるけど、全力の俺を覆すだけの力を得た。それはつまり、俺の能力がこの世界において絶対的でなくなったことを意味している」
『それに、邪竜は私達の対策をさらにやってくる』
「そうだ。単独における戦闘能力……霊具における神級クラスは、戦争どころか世界そのものを変えるだけの力を持つこともある。カイやスイハが握っていた聖剣は間違いなくそうだ。ディルがそれに並び立てるかはわからないけど、異世界で幾度となく絶望を跳ね返した実績がある。ならば邪竜とカイは俺のことを徹底的にマークするはずだ」
『それを打破するだけど力を得る……でも、根本的に私の力が増すかどうかはわからないよ?』
「ああ、そうだな。霊具は、使用者に呼応して成長する可能性がある……特級霊具が天級霊具になるみたいなケースもあったが、ディルにそれが適用されるのか……ただ、俺は別の考えを持っている」
『それは?』
ディルが聞き返すと、ユキトは一度作業の手を止めた。
「……ディルの能力を俺は現在、十全に発揮できているのかという疑問。もしかすると、検証していけばさらに伸びしろがあるかもしれない」
『成長ではなく、まだ完璧に力を引き出せていないかもしれない、ってこと?』
「そうだ」
『そんな都合良いことあり得るかなあ?』
「俺はディルを握っていて感じることがある。力の底……それがまだ先にあるんじゃないかって。この感覚が正解なのかわからないが、可能性はあると思うよ……だから、魔物が姿を現す前に、改めて検証はしておきたい――」




