皮肉な話
「世界全体の概況についてはひとまずまとめた。なら次は、俺達の状況だ」
ツカサはここで視線を変える。会議室ということでホワイトボードが設置してあり、ペンを手に取って書き始めながら説明していく。
「現在の戦力について。イズミが霊具を制作したことで、最初に召喚された面々と、ユキトが再召喚された時のメンバー全員に霊具は行き渡っている。なおかつ、普段から持ち歩いても問題ないよう迷彩処置や、携帯できる物に変化させるといった機能も付与しており、全員が緊急事態の対応にもすぐ動けるような状態にはなっている」
「けどまあ、さすがに学校を抜け出すなんて無茶は本来したくないけどな」
ユキトの言葉にツカサは首肯しつつ、
「一度や二度なら大丈夫だろうが、それが頻発すればさすがに面倒なことになるだろう……ただ、状況的に背に腹は代えられないという話でもある。一応、幻術を用いて誤魔化すという手段も用意はしているが」
「生活に支障は来すな」
「だが、魔物が現れるのであれば仕方がない面もある」
ユキト達は一時沈黙する。まだ魔物は出現していないが、いずれ魔力樹を中心に生まれ始め、世界中に跋扈することは現段階でもわかる。現れた魔物を倒すため駆け回る――そんな未来も覚悟しておかなければならない。
「魔物が出現した際にやるべきことは、出現場所の把握と即座に現地へ入ることができるように足の確保だ」
ツカサはホワイトボードに文字を書きながらさらに続ける。
「転移魔法については構築している。現在も特定場所に移動できる手段を確保しているが、これを上手くやればこの場所から好きな位置に移動、さらに帰還も可能になる」
「異世界で行われていた転移魔法を超えているな」
ユキトは邪竜と戦った世界のことを思い出す。あの世界で転移魔法は存在していたが、特定の位置に移動できるといったものであり、で場所を自由自在に指定というのは不可能だった。
転移を行う霊具があれば可能だが、それはあくまで単独か、数人程度の移動しかできない。しかしツカサの転移魔法は、構築できれば好きなように移動ができる――
「元々、異世界でその辺りを上手くできないかという理論は考えていた」
と、ユキトの言葉に対しツカサは応じる。
「邪竜との決戦前にある程度形にはなったんだが、日の目を見ることはなかった。まあ、迷宮を攻略し始めて以降はそこまで転移をすることもなかったからな。必要性が薄くなり理論だけ構築して放置だったんだが」
「とうとう役立つことになると」
「皮肉は話だが……それに、もう一つの皮肉もある」
ツカサは苦笑。ユキトとイズミが眉をひそめると、彼はさらに語る。
「魔力樹だ。理論は構築しても霊脈から魔力を吸い上げて転移魔法を起動させる必要があった。その吸い上げをどうするか、という点については課題が残っていたんだが」
「魔力樹の存在によって、解消されたと」
「ああ、地底に存在する多大な魔力を地上付近まで引き上げている……魔物が大量に出現するだろう、という最悪な可能性を俺達は想定しているが、それと引き換えにこちらも今まで実現が難しかった手法を大量の魔力によって実行できる」
確かに皮肉な話だ、とユキトは思う。
「転移魔法については、十日もあれば構築はできる。俺達はこの組織の建物に来れば、魔物が出現した位置へ移動はできるだろう」
「転移魔法の範囲は?」
「魔力樹が形勢されている場所でならどこでも可能だ。そして、魔物の発生も魔力樹が生まれている場所のみに限定されると考えれば……」
「なるほど、実質魔物がいる現地へ向かうことについては支障がないと……ただそれ、海外もいけるのか?」
「可能だ。距離が長くなれば転移魔法を起動させるための魔力量は多くなるが、魔力樹による恩恵があれば地球の裏側にも行ける。ただし、魔法陣に装填する時間が長くなるが……十秒ほどか、五分ほどかという違い程度だ」
「なら、大丈夫そうか」
「移動については、なんとかなる。ならば次に必要なのは索敵……魔物の居場所を即座に把握するための手段」
「それも、魔力樹の生成によって改善される……か?」
「ああ」
頷くツカサ。どの表情はどこか憮然としたもの。
「魔力樹が発生した場所であれば、魔力樹のネットワークを使用して魔物の動向を探ることができる。ただそれは、逆を言えば魔力樹が発生していない場所は、距離が遠ければ観測が難しい」
「魔力樹がなければ地球の裏側は難しいと」
「この場所にいながら世界全てを観測、という場合は一工夫必要だな」
そう語るツカサの目はやる気に満ちていた――つまり、魔法でそれを実現させる、という強い意思を見て取ることができた。




