真紅の瞳
ユキトは可能な限り魔物を素早く倒し続ける――が、それでもなお魔物は追いすがってくる。
その数を目の当たりにしてユキトは新たな疑問が生じた。質は決して高くない。しかし、これほどの個体数を確保しているのであれば、これを用いて地上へ侵攻してもおかしくないはず。
(俺を食い止めるためだけに、こんな魔物を……?)
それをする意図がやはりわからない。ユキトは思考しながらもさらに魔物を倒していく。
魔物はいまだ減る様子はなく、無限とも思えてしまうほどの数だが――
「ディル、魔物の数は減っているか?」
『間違いなく減ってはいるし、どこかで魔物を生成している様子もないけど……』
ユキトはここで懐からスマホを取りだして時間を確認する。洞窟に侵入してからおよそ三時間が経過しようとしていた。
「圧倒的とも言える数から確かに時間稼ぎはできている……ディル、現状のペースだと魔物を倒すにどれくらい掛かると思う?」
『うーん、少しずつ底は見えてきたから、あと数時間といったところかな?』
「夕方くらいまでには対処できそうかな……」
ユキトはさらに魔物を屠る。ここでディルは、
『ねえユキト、これだけの魔物についてだけど……』
「ディルも疑問に持っているみたいだが、解明は難しいな。それこそ、邪竜に尋ねないと無理だ」
『そうだよね……』
「何か思いついたか?」
『そういうわけじゃないけど……仮にユキトをここで食い止めるために用意されたものであるなら、その時間で邪竜は何をしようとしているのか……』
「邪竜に言わせれば俺が地上に出た時、それがわかるって話だが……まあ、魔物や魔法という存在を公にする、ということなんだろう。でも」
『カイ達がいる』
ディルの言葉にユキトは頷く。
「そうだ、だから問題はない――」
そう言いかけた時、ユキトは徐々に近づいてくる魔物の気配――今までの個体とは大きく異なる力を持つ存在に気付いた。
「総大将のお出ましか?」
『しかもかなり特殊みたいだね』
「特殊?」
『感じられる気配から察すると、他の魔物を取り込んで強くなったみたい』
ディルが解説する間に当該の魔物が見えた。人型かつ漆黒の個体。頭部から角が生えており悪魔を彷彿とさせる。
そして暗闇でもはっきりとわかる真紅の瞳――ユキトと目が合った瞬間、悪魔は咆哮を上げた。
「これまでの個体とは明らかに違う……!」
『来るよ!』
悪魔が疾駆する。予備動作がない中で一気にユキトへ迫るほどの動きと速度であり、
(強い!)
ユキトはそう確信すると同時に迎え撃った。放たれた拳を真正面から受け、ユキトは衝撃からその膂力を把握する。
それと共に周囲の状況もにわかに変化してくる。やや距離を置いた場所に新たな個体。しかし、その代わりに洞窟内にいる魔物の総数が明らかに減っている。
(量より質という方針に切り替えたか?)
もっとも、それを邪竜が指示しているのか魔物が独断にやっているのか――ユキトは魔力を刀身に込める。次いで悪魔の拳を弾くと、距離を詰め一閃した。
悪魔は両腕を交差させて防御の構え。だが、ユキトの斬撃はその腕を両断し、悪魔は倒れ伏す。
「強い……けど、魔力を込めれば一撃だな」
『この調子なら数が増えても問題なさそう?』
ディルが問い掛けると同時に新たな悪魔。そしてユキトはそれを一目見た瞬間に先ほどの個体とは異なっていると瞬間的に悟った。
(何か特性が変わっている……俺の戦いぶりを見てアップデートしているのか?)
拳と剣が激突する。それをユキトは受け流すと斬撃を繰り出す。悪魔はそれを防御し、先ほどと同様の構図となり――今度は悪魔の腕が両断されず、どうにか受けきった。
『さっきよりも固いね』
「ああ、魔物が自分達の判断で戦術を変えているのかもしれない……が」
ユキトは追撃を仕掛ける。それと共に悪魔はとうとう耐えきれずに滅んだ。
(……とはいえ、これは邪竜の思惑通りになっているのも事実)
ユキトはそう考える。敵の目的は時間稼ぎであり、こうした個体がさらに出てくれば面倒なことになる。
それと同時にユキトは気配を探る。魔物の気配は確実に減っている。悪魔が周囲の魔物を吸収し質を高めることでユキトが意図しない形で戦場が変化を始めている。
それと共に、先ほどとは異なり終わりが見えてきたとユキトは悟る。
「……ディル、このまま押し切るが、いけるか?」
『あともう少しってことだね……とはいえ、まだ多少は時間が掛かるかもしれないけど』
その言葉にユキトは小さく頷きながら、
「邪竜の時間稼ぎというのがどのくらいのものなのかわからないが……想定外の速度であると信じたいな」
そう呟いたユキトだったが――もし、邪竜が罠を仕掛ける際に考慮していたユキトの能力が異世界における戦いであるとしたら。
(さすがに全盛期と比べると……いや、今はとにかく信じて戦うしかない)
そう心の中で声を発しながら、ユキトは接近する悪魔に対し剣を構えた。




