邪竜の執念
「ここからは勝負だ……お前が迅速に魔物を倒せるか、それともこちらが望むだけの時間を稼ぐことができるのか」
時間稼ぎ――ユキトはそれを行ってどんな意味があるのかまだ判然としない。だが、ロクでもないことをしようとしていることだけは、明瞭に理解できた。
「……俺の能力を把握していたことから、こういう手段に出たわけか」
ユキトが言う。すると邪竜は肩をすくめた。
「そういうことだ。ま、正直そちらの力を勘案すれば時間稼ぎ以上のことはできないとわかっているさ。可能な限り準備をしていたが、どこまでもつのか」
魔物の気配が全方位から感じられる。ユキトは呼吸を整え迎え撃つ構えを見せる。
「能力を駆使すれば、数日でも戦い続けられる力……戦場で幾万もの魔物と戦い続けた経験がある以上、ここに集中させた魔物の数など、さして多くはないかもしれないが」
「……時間稼ぎをして、何になる?」
ユキトは問う。答えが返ってくるとは思っていなかったのだが、
「それは地上に出てみればわかることだ」
邪竜はそう応じた。
「ここからは時間との勝負だ……世界に変化があるのならばこちらの勝ちというわけだ」
「……どんな企みがあるのかは知らない。しかし、俺だけここに誘い込んでも仲間達がいる」
「そうだな」
邪竜はあっさりと答える。同時に含みのある笑みを見せた。
――ユキトは目を細めた。邪竜は自分以外にも仲間達、ひいてはカイのことも考慮に入れているはず。となれば、
「……例え攻撃されても、そちらの戦力で勝つことができると思っているのか?」
「思ってはいないさ」
邪竜はそんな返答を行った。
「戦力差は歴然としたものだ。想定以上の力を持っていると言わざるを得ない……こちらの目的が単純に殲滅するだけであったなら、とっくの昔に頓挫していただろう」
「実際は違うと言うのか?」
「そうだ。私の目的が明瞭となっていない……狙いがどこにあるのかを悟らせなかったこと。だからこそ、今日こうして黒の勇者を捕らえることに成功した。情報戦においては、ひとまず勝ったと考えていいだろう」
そう述べながらも邪竜の表情は厳しくなる。
「もっとも、代償はかなり大きかったが……限界まで黒の勇者を食い止めるために用意した魔物達……本来ならば世界を蹂躙するために使いたかったが、仕方がない」
その時、とうとう魔物がユキトへ向け襲い掛かってきた。即座にそれを迎撃し始め、そうした中で邪竜は笑う。
「さて、そろそろ消えることにしよう。果たして世界は変わるのか……地上に出た時、どうなっているか楽しみにしていてくれ」
「断る!」
ユキトは叫びながら邪竜へ迫る。だが幻影であった邪竜はあっさりと姿を消し、周囲には魔物だけとなる。
包囲する形で魔物達は進撃してくる。そこでユキトは剣を握り直した後、
「ディル……気合いを入れ直す」
『わかった。身体強化を可能な限り……切り札は使うの?』
「あくまで『神降ろし』は最終手段だ。あれを使って強引に魔物の数を減らすことができるけど、さらなる後続がいるかもしれない」
『ん、なら現時点でやれる強化だね』
ディルが告げると同時、ユキトは体が軽くなった。同時、剣を振り抜き魔物を倒す。斬撃の速度などは強化前と比べ相当増し、魔物の撃破ペースが一気に上がる。
「ディル、地上の方で異変があるか確認できるか?」
『……地底内しか調べることはできないね。ここに繋がる地上への道がいくつもあるみたいだけど、その全てが塞がれている』
「俺を閉じ込め、徹底的に地上の情報を取らせないようにしているのか……」
――洞窟に入って時間的にはおよそ数時間程度。それだけの時間で果たして何ができるのか。
ユキト自身疑問ではあったのだが、邪竜の顔に張り付いた笑みを考えると、既に準備を済ませ後は動くだけという状況であるのは間違いない。
(なら、世界を激変させるような何かが今、地上では起こっている……?)
考えられるとすれば魔物の存在を世界に認知させること――しかし、カイ達がそれを阻むはず。
(俺のことは観測していて、ここに閉じ込められたことで異変を察知しているはずだ……であれば、邪竜の目論見が何であれ対応し始めているはず)
仲間達は動けているはず。邪竜の目論見通りにはなっていないとユキトは考えつつ、
(邪竜としては俺がここを素早く抜け出すことがもっとも予想外の出来事だろう)
「ディル、一気に魔物を殲滅するぞ」
『了解』
宣言と共にユキトは剣を振る。それで近づいてきた魔物を滅ぼし、さらに足を前へ。
剣を一閃するごとに魔物の数が減っていく。けれど地底の奥底からさらなる魔物――ユキトは邪竜が作戦を成功させるために相当な準備をして、その執念さを理解する。
(けれど、俺だけを閉じ込める……何をするつもりだ……?)
疑問を抱きながら、ユキトは剣を振るい続けた。




