地底の戦い
魔物の数が減ってきたタイミングで、ユキトはディルに魔力を注いで周辺にいた魔物をまとめて粉砕した。戦いの間に洞窟内の強度を確認し、ある程度派手な攻撃をしても問題ないと判断したためだ。
斬撃による衝撃波が洞窟の壁面に当たる。しかし魔法で掘削された洞窟は一切傷つくことなく、魔物だけが消滅していく。
「……よし、地底へ向かう」
『了解』
ディルの返事が聞こえると共にユキトは大穴の中へ身を躍らせた。下降すると共にユキトは大きな魔力を知覚する。
ただそれは巨大な魔力の塊があるというわけではなく、群れが集結しているという雰囲気であり――やがてユキトは地底へ到達する。明かりで照らされた範囲には固い岩盤のような地面しかない。
そして、極めて広い空間かつ、周囲には大量の魔物――同時にユキトは剣を構える。
「ディル、他に出口がないか探してくれ」
『もうやってる……かなり広い空間だけど、抜けられる場所はあるみたい』
会話をする間にユキトは魔物と交戦を開始。狼を模したものから猿を模したものなど、主に動物を象った個体が中心であり、動き方も獣のそれだった。
それをユキトは容赦なく剣を一閃することによって一切合切滅ぼしていく。広い空間であるためもはや加減は必要ないとばかりに、迫り来る魔物を一瞬の内にたたきのめしていく。
洞窟内で交戦を開始した時とは一変、圧倒的な攻撃力によって魔物の数が減っていく。霊脈によって魔物を生成しているが、現在は数が増えていない。ならば、短時間で魔物を全て倒し、改めて出口を探すか元来た道を引き返し塞がれた岩を破壊すればいい――
『――ユキト』
そこで、ディルの声がした。ユキトは勢いよく剣を振り抜き魔物を一蹴した後、動きを止めた。
ディルが何を言いたいのか把握した。ユキトは真正面――そこに、気配を感じ取った。それは先ほどまで存在していなかった気配。そして、ユキト自身幾度となく感知したことのある、あの気配。
「……邪竜」
「君のために用意した罠だ。楽しんでくれたか?」
そう告げると同時に姿を現した――邪竜。人間の姿をとっているのを見てユキトは、
「配下を使って受肉したというわけか」
「推測はしていただろう? さて、魔物を用いての攻撃は足止めすらできないな。やはり君を真正面から倒す、というのは難しいようだ」
邪竜が語る間にユキトは剣に魔力を集める――とはいえ、邪竜へ攻撃するようなことはしない。理由は明白で、目前にいる邪竜は幻影であるためだ。
「唯一、異世界での戦い――その能力を持っている君を相手にするには、さすがに今の体では不可能だな」
「……こうやって姿を現した以上、逃げ場はないぞ」
「そうか? 幻影とはいえ間近で気配をつかんでも、本体と気配が同じとは限らないだろう?」
――ユキトは目を細める。邪竜は狡猾であり、居所を隠そうと思えばいくらでも手を考えつく。であれば、こうやって姿を現しても問題ないと判断したということであり、実際にユキトが探しても見つけることは困難、ということだろう。
残っている魔物がユキトへ向けにじり寄る。とはいえ一斉に襲い掛かってきてもユキトの敵ではない。よってユキトは魔物には目もくれず、ただ人の形をした邪竜にだけ目を向け続ける。
「さて、こうやってここに誘い込んだのは……話がしたかったからだ」
「何?」
そして唐突な発言。ユキトは信じられず聞き返す。
「俺が聞く耳を持つと思っているのか?」
「普通に考えれば話をする理由はない……が、こうして互いに顔を合わせたのだ。少しくらいは会話をしてもいいのではないか?」
「興味はない。そちらが何を語ろうと嘘だろうし、時間稼ぎが目的だろう」
ユキトの言葉に邪竜は――笑う。
「まあ、さすがに無理か」
「俺をここに誘い込んで戦力分析でもしたかったんだろう?」
「そこについても正解ではある……大量の魔物による攻撃で手傷くらいは負わせるかもしれないと考えたが、甘かったようだ」
魔物はなおもにじり寄る。そしてユキトはそれ以上話をすれば容赦なく叩き切るとばかりに、刀身に魔力を注ぐ。
「……まあいい。では用件を一方的に言おう。はっきり言うと、ここへ誘い込んだのは別に君に害を及ぼすためではない。どれだけ困難があろうとも黒の勇者は突破し続ける……それはこちらが一番わかっている」
そう語る邪竜だが、顔には笑みが張り付いている。
「だからこそ、目的は他にある……単純だ。この罠自体が、この地底へ縛り続けるための時間稼ぎだ」
「……時間稼ぎ、だと?」
「そう、罠だとわかっていても魔物がいるのならば野放しにはできない。故に、ここまで来るのはわかっていた。そして」
ゴウン、と大きな音がした。それが何を意味するのか、ユキトは克明に理解する。
「……後続が来るとわかっているのなら、地上へ出るよりも魔物打倒を優先するだろう」
先ほどの音は、地底からのもの。どうやらさらなる魔物を用意していた。
加え、さらなる轟音――これは地上から。どこかにある入口を塞いだに違いなかった。




