白の剣
「貴臣……成功したか」
雪斗が小さく呟いた時、グリークはわずかに首を向け一瞥し、
『王都の方角だな。空へと放つ魔法……何の意味がある?』
「わからないだろうな、あんたには」
雪斗はそこで剣を構えながら、名を呼んだ。
「レーネ! 結界を解け!」
思わぬ指示。当然レーネは反発する。
「ユキト!? 何を言っている!?」
「俺を信じろ! いいから結界を解け!」
『やけになったか? それともあの光を見て何か変化があったのか?』
その時、空へと伸びていた光が弾け、青に吸い込まれた。雪斗はそこで再度レーネに指示を送ろうとしたが、寸前に彼女が結界を解いた。
「ユキト、一体――」
レーネは問おうとしたが、口をつぐんだ。理由が即座にわかったためだ。
直後、グリークの表情に亀裂が走る。そして周囲を見回し、
『何だ……!? この気配は……!?』
辺り一帯に生じ始めた魔力。しかしそれはグリークが放つ刺々しいものではない。優しく穏やかで、包み込むような力。
「――お前に力を与えた主君は、このことを知らなかったんだな」
そう雪斗は告げる。対するグリークは彼を見返し、
『どういう意味だ?』
「もし知っているのなら、『空皇の杖』で天に呼び掛けるような行為を野放しにするはずがない」
『天に呼び掛ける、だと?』
聞き返した矢先、今度はグリークの足下で変化が生じる。突如地面が発光したかと思うと、それがグリークの足に巻き付き、身動きをとれなくした。
「なっ……!?」
虚を衝かれたグリークは黒弾の収束なども忘れ、足に視線を注ぐ。そこで雪斗は前に出た。光は天に呼び掛けたことによる援護――これを逃さず、滅する。
剣を両手で握り、左手に存在している力を解放する――変化は一瞬だった。肘から先の衣服が真っ白に染まり、かつ剣が黒ではなく白になる。
グリークはその変化に対し瞠目した。そして反撃する余裕もないまま――雪斗の剣が大臣の胸へ突き込まれる。
「がっ――」
うめき声。それと同時にパキンと乾いた音がして、黒い鎧がはがれ落ちた。急所を突き込まれて魔力が制御できなくなった――これで魔力を供給されても問題ないはず。
グリークが倒れ伏す。それと同時に刀身に存在していた白がはがれ、左腕も元に戻った。
「……終わったか。ディル、平気か?」
『その白い力によって私に影響があるかもしれないってこと?』
「ああ。一気に仕掛けないと駄目だったから不安だったんだが……」
『平気平気。なんかその力が注ぎ込まれてむしろ気持ちよかった』
「……気持ちよかった?」
『なんだか安心するっていうか、優しく包み込まれるっていうか』
「そうか……その調子だと切り札使っても特に問題はなさそうだな」
『切り札? まだ何かあるの――』
『……これで、終わりだと?』
グリークが呟いた。視線を雪斗へ向け、半ばにらみつけながら続ける。
『馬鹿な、この私が……』
「残念だが終わりだよ。胸を刺されても出血すらしていないからまだギリギリ生きているが、あんたは直に死ぬ」
その時、雪斗はグリークを見下ろしながら、
「あんたがいなくなることで国も混乱する……が、心配はいらない。天に呼び掛けたおかげで心強い味方ができる」
『味方……?』
応じたグリークに対し、雪斗は沈黙した。それと共に周囲に風が生じ、柔らかい魔力が雪斗の体を撫でる。
次に発した言葉は――大臣にあてたものではなかった。
「……まさか、こんな形で会うことになるとは思わなかったよ。久しぶりだ」
「ええ、久しぶりね」
女性の声が響いた。騎士達が何事かと視線を注いだ先は、雪斗の隣。
そこにいつのまにか、女性が一人立っていた。真っ白いローブに加え、空色の髪を三つ編みにしている姿。この場にいる誰もが見覚えのある人物。その名は、
「……リュシール、様……?」
レーネが掠れた声で告げる。当の彼女は、
「ええ、久しぶりね。レーネ」
笑みを浮かべる彼女――リュシール。邪竜との戦いで消えたはずの魔法使いが、そこにはいた。
「なぜ、あなたは……どういう、ことなのですか?」
「私は邪竜との戦いで消えてはいなかったということ」
そう言いながら彼女は一歩グリークへ近づく。
「ユキト達と別れてから、どうにか敵を打ち破り最深部へ赴いた。その時点で『白の勇者』すら倒れ伏し、残るはユキトただ一人だった」
解説しながら、彼女は雪斗へ視線を送った。
「私は決戦前日に『空皇の杖』で天へ呼び掛け、地上へ降りてくる際に封じた力の一部分を回収し、それを雪斗に託した。その結果、彼は邪竜を倒すことができた」
「彼女は竜族であると自称していた」
続いて雪斗が語り出す。
「そして建国当初から国を支え続けた……でもそれは違う。彼女は竜族ではない……正真正銘、天神そのものだ」
驚愕の言葉に、レーネも絶句するしかない。
「魔神の力が封印されていた迷宮を見守るため、リュシールは地上へ降りてきた……だったっけ?」
「そうよ。もっとも力の大半は空へ残すしかなく、あくまで王の家臣として活動していたから、迷宮が復活することを止めることができなかったけれど、ね。邪竜が侵攻した際も思うように戦うことはできなかった……けれど『空皇の杖』を得て、ようやく力の一部分を取り戻すことができた」
「そして俺に力を渡し、邪竜を撃破。その後彼女は天へと帰り、眠りについた」
雪斗は解説した後、リュシールへと問い掛ける。
「力は戻ったのか?」
「完全ではないのよ。さすがに一年足らずでは無理だった。取り戻すのに時間が掛かるのだけれど……大臣を滅するには十分な力よ」
リュシールは消えようとしているグリークへ目を向けた。
「ユキトのおかげで眠りから覚め、帰って来られた。後のことは任せなさい、グリーク」
『……最後まで、この私の邪魔をするか、リュシール……!』
ギリッ、と奥歯をかみしめるグリーク。それにリュシールは笑顔で応じる。
「あなたは私のことが嫌いだったわね。権力争いにおいて邪魔者だったから仕方がなかったけれど……あなたのやってきたことは全て私が受け持つわ。安心して消えなさい」
――普段こんな物言いをしない彼女からすれば、ずいぶんと辛辣な言葉。そうこうする内にグリークの体が消滅していき、
『……ふざけるなよ』
ドクン、と一度魔力が鳴動する。それを見た雪斗は即座に剣をかざし、拘束されたグリークへ最後の一撃を加えるべく動く。
再度鼓動のような鳴動。それと共に雪斗はグリークの頭部へその剣を突き立てた――
刹那、頭部が粒子へと変わりグリークの姿が完全に消滅する。残ったのは彼が身につけていた紫のペンダントのみ。
これで終わった――そう思った矢先、またも魔力の鳴動が起こった。内心驚きながら視線を転じると、その根源はペンダントからだった。
ならば標的をそちらへと思った矢先、持ち主のいないペンダントが輝きを発し、黒い魔力がわだかまる。
「ユキト……! 何が起きている!?」
レーネが瞠目しながら問い掛ける。雪斗もまた理解できないままリュシールへ視線を送った。
「グリークは消えた……けれどなぜ魔力が残っている?」
「魔力を注ぐ相手がペンダントになおも注いでいることに加え、一つ思い違いをしていたようね……力に取り込まれた瞬間、ペンダントそのものが本体となっていたのよ」
語る間にも雪斗は地面に落ちたペンダントへ斬撃を叩き込む。だが、無傷。
そうこうする内にペンダントから黒が離れ形を成す。なおかつペンダントは力をなくしたかボロボロに崩れ――雪斗が剣を構えると同時、黒が人間のように変じた。




