猶予期間
「とはいえ、さすがに何もしないというわけではない」
邪竜はなおもカイへと語っていく。
「時間が経てば霊具の開発を進めるそちらに有利となるからな……こちらも様々な策を用いて準備をする。しかし、まずは白の勇者カイの答えからだ」
「……白の勇者、か」
カイは苦笑する。聖剣はこの世界にない――あれがあるからこそ、カイは白の勇者と呼ばれていた。
「今の僕は勇者ではないな」
「しかしあの世界で――全てを賭して、人類のために戦っただろう」
どうやら邪竜は、カイが戦っていた事実を評価しているらしい。
「その事実がある以上、今の境遇がどうであろうと白の勇者であることに変わりはない」
「そして……僕の考えも変わらないと」
「そうだ」
「……ならば一つ疑問だ。なぜそこまでして僕を?」
「無論、それが私の目的……その達成の近道であるためだ」
明瞭な邪竜の返答に対し、カイは押し黙る。
「私がこう述べる理由は、理解できているはずだ」
「……僕は最後の最後でそちらの望む答えを提示しない可能性があるのに?」
「だが、手遅れではない」
カイはそこでこれみよがしにため息をつく――それと共に、邪竜へ向け呆れた視線を向けた。
「まさか、ここまでするとはね」
「少なくとも交渉の余地がないわけではなさそうだな……いや、揺れているか」
「ああ、そうだな。そこは認めよう……僕自身、記憶を取り戻し聖剣には至らずとも霊具を手にして思うことがある……だが」
と、カイは眼光を鋭くする。
「こうして顔をつきあわせて話をするために、エリカ達を襲った……怪我はなかったにしろ、その事実は変わらない」
「ああ、それは間違いない」
「正直、僕が敵意を向けている時点で答えは決まっていると思うけれど」
「果たしてそれはどうか……白の勇者、そちらの行動次第で今、この戦いに終止符を打つことができるぞ」
「……何?」
「魔力解析に秀でた者か、黒の勇者がここに来ることになれば、私の魔力を発見し、それを基にして居所をつかむことができるだろう」
邪竜はそう語ると、カイへ笑みを浮かべた。
「現在この空間は結界によって隔離されている……それと共に会場内には魔力が満ち、なおかつ霊脈から魔力が噴出し続けている影響で、今私達がやっているこの話し合いについては露見していない」
「多大な魔力が徒となったか」
「そうだな。だからこそ……邪魔が入らないように、ここで話をしようと考えた」
邪竜はそこまで語ると、笑みを戻す。
「だが、魔法による連絡はできる……すなわち、そちらが結界を破壊しながら応援を呼べば、それで勝負は決まるかもしれない」
――カイが邪竜と会話をする間にユキト達がこの場へ到着し、その魔力を捕捉する。それを利用できれば敵の拠点なども割り出すことが可能である。
「さすがに仲間を呼ばれてしまった場合は交渉決裂だ。次に私が動く時を期待してもらえればいい」
「……何?」
「プランを変更するということだ。こちらが今回の作戦だけをやるためにリソースを費やしている、というわけでないことは予想できるだろう?」
邪竜からの問いにカイは再び沈黙する。
もし、カイがここで即刻断れば邪竜の動きは活発になる。それがどれほどの影響を世界に与えるのか――
「……脅迫まで加わってくると、さすがに反発すると思うのだけど」
「そうか? 白の勇者、そちらの確固たる意思は、私が動くことで変化する程度のものなのか?」
さらなる問い掛けにカイは再び口を閉ざす――何から何まで、邪竜は読み切っている。
「私が何を言いたいのかは理解できるはずだ。答えは……そうだな、一ヶ月を期限にしよう。その間はこちらも動くことを控える」
「つまり、僕らが捜索することも難しいと」
「そうだな。具体的にどこを拠点にしているのかは言えないが、見つけ出すのはおそらく不可能に近い……まあ、そちらは異世界での戦いで多数の不可能を可能にした。それを踏まえれば一ヶ月待つということ自体、懸念はあるが……リスクが一つ二つ増えたところで大して変わりはしない」
「あくまで、目的達成を優先か」
「その通りだ」
カイは邪竜を見据える――そして、今の自分の気持ちを考える。
記憶を取り戻した時から、考えていることはあった。しかしそれは決して実現不可能ではない――が、目の前にいる存在、邪竜ならばできる。
だからこそ、邪竜は――カイはなおも邪竜と視線を合わせる。
「こうして話をしてみて、一定の成果は得たようだな」
やがて邪竜は納得したように声を上げた。
「一ヶ月後、そちらの家にでも伺おう。無論、それに乗じて罠を張るのならこちらも相応の応対をするまでだ……少なくとも一ヶ月、何もしない。戦うつもりであるなら、最後の猶予期間だと思ってくれ」
そう述べた瞬間、邪竜の姿は消えた――その一方でカイは、どこまでも動くことができなかった。




