黒と闇
先手は雪斗。真っ直ぐ放たれた剣戟には十分な魔力と、刀身を覆う漆黒がグリークへと放たれる。だがそれを相手は、腕を伸ばすことで対抗した。
まさか、受ける気か――雪斗を知る騎士達は誰もが驚愕したに違いない反応。そして刃がグリークの腕に触れ、魔力が拡散。軋んだ音を上げたが腕は無傷だった。
『私に宿るのは邪竜の力だ』
グリークは雪斗の剣を受けながら告げる。
『黒の勇者であっても、この力に抗えるとは思うな』
即座に雪斗は剣を引き戻して後退する。そこで今度はグリークが反撃。左手を突き出すと、手のひらから黒弾を生み出す。
「あれは……」
呟きを発すると同時に黒が射出された。弾丸にも速度で飛来するそれに対し、普通ならば何もできず直撃するところ。
だが雪斗は反応した。右に足を向け回避したかと思うと、黒弾が雪斗の立っていた場所に直撃。
刹那、轟音と漆黒が天へと昇るべく噴き上がる。巨大な黒柱と呼べるものが、レーネの結界に当たり、黒を撒き散らす。
「ぐっ……!?」
レーネの呻きが雪斗にもはっきり聞こえた。見れば黒が結界を突き破ろうとしている。
だがそこへ、他の騎士が援護に入った。結界に手を触れ魔力を注ぎ、硬度を引き上げるような形となる。
気付けば場にいる騎士全員で結界の維持に入った。レーネも地面に突き立てた剣に魔力を注ぎ、少しでも強度を引き上げるように懸命になる。
そうしているうちに黒が収まっていく……どうにか外部へ拡散されずに済んだが、結界の維持だけでレーネは膝をつき、肩で息をし始めた。
「レーネ、大丈夫か!」
「……どうにか、な」
その返事は力がない。加えて結界の維持を行った騎士達も疲労の色が見えている。
――たった一度の攻撃。それで雪斗を除く騎士達全員が窮地に追いやられた。戦う力はおそらく残っていないだろう。
『素晴らしい力だ』
対するグリークはそう評価する。
『絶対的な魔法防御能力を持つ騎士レーネですら、助力無しでは防げない……これ一発で町くらいは簡単に破壊できるだろうな。そして彼らにもう一度耐えるような余力もない』
グリークはそう言いながら手のひらにさらなる黒弾を生成しようとする。
『どうする? 勇者ユキト』
「……ま、選択肢は一つしかないな」
間合いを詰める。次放たれたらレーネは耐えられず、結界が壊れ雪斗以外の者達は全滅する。
ならば、放つ前に仕掛ける他ない。
雪斗の剣がグリークへ入る。全力の一撃は多くの魔物を屠ってきた剣戟だったが、グリークは耐える。
『これが、黒の勇者の一撃か』
淡々と呟いたグリーク。次いでその右手に黒弾を生み出す。
『もし私でなければ消え失せていたな。では反撃といこう。この距離ならばかわすことすらできまい?』
ゼロ距離の攻撃――だが狙いは雪斗だけであるため、これはこれで都合がいいとさえ雪斗は思った。
(結界に狙いを定めていたら厄介だったが、まずは目先の俺からって話か)
とはいえ危機的状況は継続している――それは無論、雪斗自身ではなく周辺の騎士達のこと。ただ、
(左手に眠る力を剣に収束させればどうにか……ただ問題はグリークに対する魔力供給が止まっていないこと)
もし仕留められなかったらさらに魔力が送られてきてグリークを蘇生するはず。なおかつ雪斗の技を踏まえた上で戦うことになる。
(そうなったらレーネ達が危ないな。やるなら確実に決めることができるタイミング。あるいは……)
雪斗は城の方角へ目をやった。貴臣が空へ杖の力を解き放ってくれれば、状況は容易く覆る。
(それまで時間を稼ぐか、それとも――)
『終わりだ』
思考する間にグリークの宣告。同時、黒弾が放たれ雪斗の視界が漆黒に包まれた。
* * *
闇に飲まれていく雪斗の姿を見て翠芭は無意識のうちに息を止めた。凄まじい力の応酬――間近で魔力を感じることができなくとも、光の先にある光景が異常なものであると翠芭も認識することができる。
「増援はまだか!?」
周囲でジークが叫ぶ。だが報告は「全力で移動しているが間に合わない」というものだった。
「魔法を駆使しても時間が掛かる距離……グリークと手を組む存在が予め雪斗を仕留めるべく用意した戦場というわけか……」
苦々しい口調でジークは呟く。そうした中で翠芭は思考を巡らせる。自分にできることはあるのか。
(でも……もし今から向かったとしても、私にできることなんて……)
どこか歯がゆい思いも存在する。戦うと自分の意思で決めたはずだが、それでもどうにもならない現状――
変わり果てた姿となったグリークへ視線を戻す。闇が弾け彼の真正面を包み雪斗の姿を覆い隠しており、
『ははははは! 素晴らしい!』
哄笑がはっきりと聞こえた。自らの攻撃を見て興奮さえしている。
『邪竜の力とは黒の勇者さえも凌駕する――』
その時、漆黒が急速に溶け始めた。何事かと思った矢先、黒から雪斗の体が飛び出してくる。
黒弾の威力を大半喪失させてから、グリークへと仕掛けた――翠芭が理解すると同時、彼の剣が相手の体へ刻み込まれる。
『ぐうっ!?』
無防備だったグリークに刃が入る。呻いた以上は多少なりとも効いたようだが、それでもまだ相手は倒れない。
『やはり一筋縄ではいかんか……!』
反撃黒弾を再び生成しようとするが――その手へ向け雪斗の刃が飛んだ。
途端、黒が弾け霧散する。黒弾がまずければ最初から作らせなければいい――そういう目論見を翠芭は理解した。
「とはいえ、状況としてはまずい……!」
ここでジークは声を発する。
「ユキトが全力で畳み掛ければグリークを始末することも難しくはない……そう思うが、騎士達が足かせになっている」
「足かせ……?」
翠芭の呟きにジークは一度視線を転じ、
「先ほどの黒い魔法……あれが再び弾ければ結界などたちまち破壊される。レーネの疲弊具合を見ればおそらく黒を止められず飲み込まれるだろう。犠牲を避けたいユキトとしては相手の攻撃をまず防ぐことが優先であり、攻撃が二の次となっている」
そう言いながらジークは光へと目を戻した。
「とはいえグリークのあの力がそう長くもつとは思えない。時間が経てば援軍が到着することを踏まえれば、ここであの攻撃を防ぎ続ければいいのかもしれないが――」
ジークの言葉と同時、光の奥でギシリと音が鳴る。何事かと思い翠芭が凝視すると、グリークの周囲にさらなる黒が生じた。
『魔法のように形を成すのではさすがに分が悪いようだな。まあ当然か。そちらは魔力、技術全てが完璧であるのだから』
黒がグリークの体にまとわりつく。そして彼の体を中心に魔力が高まっていく。
『だが私の体内から魔力を発するならば、防ぐことはできまい』
雪斗は剣を構える。剣の構え方を見て、翠芭は最初の戦いで見せた大技だと察する。
『その技で相殺するつもりか?』
問い掛けに雪斗は応じない。グリークもそこで問い掛けを止め、魔力を一気に解放する。
それと共に雪斗の剣が振り抜かれた。地面を伝い驀進する黒の斬撃が、同じような色合いをしたグリークの体に触れ、爆ぜる。
轟音。そして結界の中全てが一時漆黒で満たされる。もし雪斗が負けていたら結界が破壊されてしまう可能性が高かったが、レーネの表情に変化はなく、グリークの攻撃は結界に影響がなかった様子。
雪斗が全ての攻撃を相殺した――やがて漆黒が消える。技を出し終えた雪斗とグリーク。そして両者とも外傷は一切ない。
『見事だ。しかしこれで終わりというわけではないぞ』
あくまで余裕の表情を崩さないグリーク。
『なおかつ、今の攻撃もしかと把握した……私の限界はまだ先だ。ついてこれるか?』
「そのセリフ、そっくりそのまま返す」
あくまで淡々と応じる雪斗。次の技を放とうと剣を構える。だが、
「……っ」
彼の視線が動いた。その視線の先は、王都のある方角。
「あ……」
光を通し――また翠芭は体で気配を感じ取る。光の先に見える映像。そこに、上空へと伸びる一筋の白い光が見えた。




