茨の道
「――なぜ、彼女の狙うのか、か?」
場所はホテルの一室。そこで会話をするのは二人の男性。
一方は邪竜の信奉者であるヒロ。指示を受けて潜伏し、今はこの部屋で寝泊まりして指示された仕事をこなしている。
そこに現れた男――否、リュオと名乗る人間の姿をした邪竜。そんな相手にヒロは疑問をぶつけた。
「確かにその点について説明はしていないな」
「……理由を話さないのは、俺達が捕まって情報を取られるのを防ぐためか?」
「そんなところだ。ミリアなどは作戦内容を聞いて面白がり、理由も聞かず嬉々として作戦遂行のため準備をしているが」
「あれはミリアが例外っていうだけだ。普通人間というのは、理由というものを求めたがるものさ」
「そこは理解しているが、話すことはできないな」
できない――それを聞いてヒロは一度押し黙る。
「無論、ヒロが言ってみせた理由も含まれる。相手方は既に霊具を得ている。自分達の手で作成した物である以上、私が戦った時と比べれば能力は雲泥の差だが、それでもこの世界において脅威となったのは間違いない」
そうリュオは語ると、ヒロは質問を行う。
「その結果、心を読む魔法でも生み出されるってことか?」
「ああ、それを懸念している。こちらの作戦……その目的を知られれば面倒なことになる……というより、奴らは目的を達成させないため全力で阻止しようとするだろう」
「まあそれなら仕方がないか……」
「それに、もう一つ理由がある」
リュオはなおも語る。ヒロが言葉を待つ構えを取ると、
「お前達も作戦内容を聞けば、眉をひそめて否定的な意見を出すだろうからな」
「……それは、あまりに荒唐無稽過ぎるからか?」
「いや、どちらかというと多大なリスクが存在する……この私が消滅するという、な」
――ヒロは驚いた。まさかこの作戦にそれほどのものがあるとは思ってもみなかった。
「今まではただ潜伏し活動をしていただけだ。しかし今回、私も動く」
「とうとう対決か?」
「戦闘に入るかはわからない……が、私は戦わずして作戦を成功させることができると考えている」
「……今回、あの人物を狙ったのはそうした意図がある?」
ヒロの問い掛けにリュオは「まさしく」と応じる。
「そうだ。もしかすると標的となっている人物は、推測しているかもしれない……あの襲撃の意図を」
「どんな意味か興味はあるが……何もかも終われば、話してくれるのか?」
「そこは約束しよう」
「わかった。なら、作戦を成功するべく頑張るしかなさそうだ」
ヒロの言葉にリュオは笑う。次いで、
「この作戦が終われば、いよいよ奴らと全面対決に発展する」
「俺達も十分な力を得て、戦うことになるか?」
「そこについては最終手段だな。基本方針としては戦わない。戦闘になる可能性があっても、退却を優先する」
「……それでいいのか?」
「そもそも、現有戦力においてはどれだけ魔物を生み出そうとも向こうが圧倒的に優位だ」
断言。リュオは現状を冷静に分析している。
「自分達の手で作り上げた霊具……私がいた世界で戦っていた時から能力は低くなったにしろ、その戦闘経験は身の内に残っている。奴らは必ず、現状に適応した霊具を作成し、ベストを尽くすだろう」
「なんだか、ずいぶんと敵さんを信頼しているな」
「想定を上回る力を持つ……幾度となく逆境を跳ね返してきたのだ。そのくらいは考慮する」
邪竜は自ら敗北した事実を受け入れ、勝利しようとしている。
「そして時間が経てば経つほどに差は間違いなく広がっていく……魔物を大量に生み出して町を蹂躙することはできるかもしれないが、現状ではそれが成功する可能性も低くなっている。既に魔物の動きを観測するシステムを整えているだろうからな」
「……俺達に勝ち目はないのか?」
「現状では」
「だが作戦が成功すれば……というわけか」
「作戦そのものも賭けではあるし、それが成功してももう一つ賭けに勝たなければならない」
リュオは述べる。それを聞いてヒロはずいぶんと綱渡りだと思いつつ、
「つまり、そのくらいのことをしなければ奴らには勝てないと」
「その通りだ」
「茨の道というわけだ……もしあんたの望む展開となったら、この先どうなる?」
「いよいよこの世界に真実を明かす」
つまり――魔物、魔法、魔力という存在を世界に知らしめる。
「そして全てを支配するべく……本格的に動き出す。ヒロ達は、そのための要だ」
「つまり、それまでは絶対に生き残れというわけか」
「そうだ。ただ敵がいるから手駒に引き入れたわけではない……世界の支配において重要な役割を担うからこそ、引き入れた。いずれミリアなどにも語るが、そこは肝に銘じておけ」
ヒロは頷く。そしてリュオは説明は終わったとばかりに部屋から出ようとする。
そこで、
「……最後に一ついいか?」
「何だ?」
「俺達を選んだのは理由があるのか?」
リュオはその問い掛けに対し振り返り、こう言った。
「当然だ。なぜ力を与えたのか……その理由は、いずれわかるだろう――」




