魔物の顕現
「……あれ?」
先にユキトに気付き声を上げたのはミナ。
「お久しぶりです……偶然ですね、こんなところで会うなんて」
「ああ、そうだな」
ユキトは頷きつつ、どう説明したものかと考える。その様子はどうやら伝わってしまったらしく、ミナは首を傾げエリカは眉をひそめている。
ここでユキトが口を開くよりも先にメイが進み出た。彼女の口から適当に説明を施す――のだが、
(魔力が膨れ上がっている……)
ユキトは周囲を見回す。人気はない。そして今いる場所は空き地のような広々とした空間。
遊具などもなく、公園の敷地は街路樹によって囲われているような形。結界によりユキト達以外の人は皆無となっており、戦闘になっても問題はない。
メイが事情を説明する間に、ユキトは気配を探る。魔物の気配は明らかにユキト達へ近づいている。加え、それがどうやらこの広場で形を成そうとしている。
「……どこかで、イベントでもやっているのかな?」
そんな中でエリカが呟くのをユキトは耳にした。あまりにも人がいない状況に、違和感を覚えたらしい。
その辺りについてはさすがにメイも語れないため「どうかな?」と応じる。
このままメイがミナ達を引き連れ公園の外へ出られれば良かったのだが、それをすると当然魔物も気配も動く。ユキトは気配に注意を払いながら、じっとその時を待つ。
そしてメイ達が会話を開始しておよそ二分後――ギシリ、と空気が軋むような音が聞こえた。
「……え?」
それはミナも気付いたらしい。幻聴か何かかと周囲を見回す姿。しかし自分達以外に人がいない公園では、音を発する原因は皆無。
ここでミナは空を見上げた――鳥の鳴き声すら聞こえないため、不思議に思ったのだろう。そこでもう一度ギシリ、と音がした。それにより今度はエリカも反応する。
「何か……音がした?」
そうした言葉の直後だった。グオッ、と風が吹き荒れる音がしたかと思うと、魔力が公園の中心に収束を始める――魔力をそのものを感じ取ることができないミナとエリカだが、それでも何か起こっていることは認識したらしく、公園の中心を見据え動かなくなった。
「……二人は私の後ろに」
メイが言う。場合によっては映画の撮影などと誤魔化すことができたかもしれないが、彼女はやらなかった。狙われているかもしれない、という事実を踏まえれば出現する魔物を倒しきちんと説明しなければならない。だからこそ、嘘でその場しのぎをすることはない。
「ユキト、お願い」
「ああ」
返事の直後だった。もう一度音がした直後、とうとう魔力が形を成す――ミナやエリカはあまりの光景に言葉を失っている。
もしこれがモニター越しであったなら、なんてできのいい映像だと思うところだろう。けれど、目前の光景は紛れもなく現実。そして風が止んだ時、魔物が顕現した。
「な――」
声がした。ユキトはミナとエリカ、どちらの声なのか判然としなかったが――ここでユキトは目の前の魔物に意識を集中させる。
大きな魔物だった。獅子と想起させる形をしているが、それを何倍もでかくしたくらいであり、色も黒と赤を混ぜ込んだ奇っ怪なもの。当然、この世界に存在している生物でないことは一目瞭然。
そもそもこの世界の人から見れば無から出現したもの――魔物が吠える。大気を震わせるほどのものであり、ミナかエリカか、どちらかが悲鳴を上げた。
そして魔物は突撃する――魔力量は確かに脅威ではあった。これまで出現した魔物において、比較できるとすればユキトが戦った竜。あれに比肩するほどではないが、それに次ぐ存在だと断定してもいい。
(確かに凶悪だ……邪竜の一派が生み出すにしては相当なリソースを注ぎ込んだとは思う)
大気中の魔力を収束させ生み出したというプロセスを含め、ユキトはそう考察する――しかしそれでも、ユキトにとって目前に迫る脅威は、相手ではなかった。
迫る魔物に対しユキトは腕を振る。それと共に出現したディルから魔物を凌駕するほどの魔力が溢れ、巨体へ向け一閃した。
魔物は――ユキトが発したその力の大きさに驚いたか、攻撃が到達する寸前で足を止めようとした。ただ、さすがに巨体の勢いを完全に止めることはできず、ユキトの剣戟は魔物へ届き、頭部が斬られる。
だが、寸前で速度を落としたためか致命傷にはならなかった。魔物はまだ生きていたが、同時にユキトの剣を受けて吠える。そして後退しようとする。
けれどユキトはそれを許さなかった。魔物が及び腰になっている状況を理解し、足を前に出し間合いを詰める。次いで放たれた斬撃は一切淀みのない綺麗な軌跡を描いたもの。それが魔物の頭部を再び薙いで――巨体が、倒れ伏した。
短い戦いは終了し、ユキトは息をつく。それと共に、背後から声が聞こえた。メイがミナ達へ対し説明を始めた。それを聞きながらユキトは剣を消し、魔物がいた空間を見据え、警戒を続けた。




