鼓動と記憶
「最後……なんだが、背中、なんだけど」
「背中?」
メイが聞き返すとユキトは首肯し、
「位置的には、肩甲骨の間くらい……かな。いや、心臓の裏側、か?」
「……ほう、なるほどね」
なんだか言いにくそうにするユキトにメイは察した様子。
「やりにくそうだね、ユキト」
「さすがにこれはなあ……」
「うん、ユキトが言うのも理解できる……けど、やってもらわないと終わらない」
メイは表情を変えない――が、さすがに何をするのか理解しているためか、
「というわけで、後ろを向いて」
「……ああ」
メイへ背を向けるユキト。同時に物音が聞こえてくる。
ユキトはそれに耳を貸さないようにしつつ、メイへ告げた。
「処置をして以降、毎日一回くらいは問題なく魔法が動作しているかチェックしてくれ。それと、体力維持くらいの魔法は使っても問題ないから」
「魔法、使っていいの?」
衣擦れの音をさせながらメイが問い掛けてくる。
「さすがに攻撃魔法とかはまずいけど、幻術とか自身を強化する魔法くらいなら問題ないよ……さすがにそれがないと、この家から出るのも大変だし、体力維持の魔法だって必要だろ?」
「ん、そうだね」
「……イベントを乗り越えたけど、休める暇はないって感じだな」
ユキトのコメントにメイは「あはは」と小さく笑う。
「私の見立てが甘すぎたね……イベントによってテレビ出演とかの露出も増えちゃったし」
「人気が上がっている証拠だろ? 本来なら喜ぶべき話なんだけど……」
そこから先は言わなかった。少しの間沈黙が生じ、
「どうぞ」
メイが言う。ユキトは意を決して振り向くと、そこに彼女の小さな白い背中があった。着ていた上着で前は隠している状態で、彼女は肩越しに首を向けていた。
「これでなんとかなる?」
「十分だよ」
ユキトは右手に魔力を集め、目を凝らし魔力の集積点を見定め、手を置いた。途端、彼女の体温が伝わると同時に、あることに気付いた。
(……鼓動)
ユキトは魔力を注いだ。それによって心臓が大きく跳ねた――さすがに仲間だとしても肌を見せるのは緊張するだろう、ということで彼女の鼓動は相当速くなっていた。
ただ――ユキトはここで違和感を覚えた。それは彼女に対してではない。何か、こうして彼女の鼓動を確かめたことがあるような気がした。
「……終わりだ」
ユキトは一方的に告げると、もう一度彼女に対し背を向けた。それで彼女はいそいそと服を着直し、彼女が「終わった」との声でもう一度振り返る。
「調子はどうだ?」
「うん、熱はなくなった」
「風邪とかではないし、これで落ち着くはずだ……と思うけど、メイはそれこそ毎日忙しく動き回っている状況だ。何かあればすぐに連絡してくれ」
とは言うものの――ユキトは苦笑する。
「ただ、連絡して容易く会えるような状況でもないか」
「そこはなんとかするよ」
「……無理するな、と言われてもさすがに難しいか」
「まあね」
「なら、俺から言うことは何もない……後はメイ次第だ」
「ありがとう、ユキト」
――そうして彼女は家を出た。見送ることもなくユキトは自室の窓から彼女が去る光景を眺めていたのだが、
「……記憶」
ユキトは呟いた。先ほど抱いた違和感は果たして何だったのか。
(記憶を失っていることと関係しているのかもしれないな……)
とはいえ、ユキトはそれ以上思いだそうとはしなかった。そもそもその内容がメイにとってあまり触れられて欲しくない可能性もある。
(今日のことは忘れるとしよう)
それがいい、とユキトは思った。変に意識して仲間に悟られるのも困る。
(カイくらいには説明しておいた方がいいのか……? いや、だとしてもそれはメイの口から、の方がいいよな)
ユキトはそう結論づけ、先ほどの出来事を頭の隅へ追いやろうとする。
だが、鼓動だけが少し引っ掛かった。熱を持ち彼女自身かなり辛かったのかもしれないが――ただ単純に体調が悪かったから、とは違う気もした。
「……いや、やめておこう」
詮索するのはなし、とユキトは思い直し勉強でもするかと机に向かうことにする。
(そういえばまだディルが帰ってきていないけど……ま、いいか)
夜になったら戻ってくるだろう。彼女は部屋が閉じきっていてもここへ戻ってくることができる。
(メイについては処置を施したから、当面問題はないとして……引き続き仲間の鍛錬と、邪竜一派の捜索を続けるか)
自体が進展しているとは言えないが、それでも着実に進んでいる。ユキトは明日組織に顔を出そう、という結論を出し、その日は勉強に勤しむこととなった。
そして夜、夕食を済ませ風呂に入った後、ディルが戻ってきた。
「ただいま」
「楽しんできたみたいだな」
「まあね……って、どうしたの?」
「何が?」
聞き返したユキトに対しディルは、
「なんだか、悩んでいるように見えたから」
「……気のせいだよ」
そう返答しつつ、ユキトは眠る準備を始めたのだった。




